うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・11~ 北の国・特訓

 

「本気でいきますわよ。

 死なないでくださいませ?」

「来い」

 ギシギシと低く聞こえてくるのは、絞り上げられる握りの音か。

 剛剣を背まで引いたカリンを前に、某(それがし)もまた覚悟を決めた。

 ギリヤギナの渾身が目の前で高められていく。

 幼いとはいえ、カリンの全力はテルテォの膂力すら凌ぐ。

 まともに喰らえば、痛みすら感じる間もなく肉片と化すだろう。

 振り下ろされることが分かりきっている剣を前に、しかし逃れる道はない。

 逃げては意味がないのだ。

 某(それがし)は、自ら頼みこんでカリンに剣を握ってもらったのだから。

 握りの絞られる音が止む。

 練りに練られた全力が、立ち昇る闘気を炎に変えた。

 カリンの言葉に偽りはない。

 一撃は、某(それがし)を殺す気で落ちてくる。

 絶対の死を前に硬直しようとする筋肉を、静かな呼吸で速やかに解いた。

 視るべきは剣ではなく、心。

 まずは、向けられた殺しの意を察することに集中する。

 ゆるやかに進む刻の中、

 緊張に脳を焼かれながら、落ち来る刃の軌跡を捉えた。

 まっすぐな剣閃は躊躇いなく某(それがし)の頭蓋を砕き、そのまま首から胸と胴を縦に分断するだろう。

 そうさせぬための軌道を、脳裏に描く。

 刻む閃きは真の円。

 剛剣の力をわずかに逸らし、必殺の意から身をかわすように。

 刹那の乱れも許されぬ弧を定めた時、すでにカリンは動いていた。

 ゆっくりと、しかし瞬きの間で、剛剣が頭上に落ちてくる。

 恐怖による混乱が起きるより先に、剣を抜いていた。

 ゆるやかな時の中、ゆるやかに落ち来る鋼の塊に向け、円を描く刃も、またゆるやか。

 そして重なる、互いの一撃。

 

 衝撃と轟音は一瞬にして通り抜けた。

 

 いや、恐らくは抜けたのだろう。

 某(それがし)には、そのいずれを感じることもできなかった。

 刃を交えた瞬間に伝わりきた重さ、そのあまりの重量に両腕の感覚は一瞬で奪われ、全身は痺れに支配されていたからだ。

 残る五感もまた同じ。

 半ば失いかけた意識の中、悪夢めいた虚脱感に襲われていた。

 ゆえに、自身の因果を知ったのは、事が終わった数拍後。

 自分の鼓動に気づいた瞬間。

「あら、

 本当に捌かれましたわ」

 安堵と不満をないまぜにしたカリンのつぶやきを聞いた後だった。

 割られるはずだった頭はまだ在り、振り上げられていた剛剣が、今はない。

 ほとんど無意識で放った剣が、正しく軌道を逸らしたようだ。

「や、やった、のか……?」

「ええ。お見事ですわ。

 わたしは少し残念ですけど」

「残念てことは、ないだろう……」

 自分の声を聞いた途端、右側の痛みに気がついた。

 こそぎ落とされた肩の肉と、剛剣に抉(えぐ)られた地の穴にも。

 その深さたるや、某(それがし)が二人は埋もれられるだろう。

 滝のように流れる汗を自覚したのと同時に、剛剣がひょいと担がれる。

 カリンは平然と再びの構えを取っていた。

「さあ、もう一発いきます?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。

 少しだけ、休憩しよう。な?」

「……まあ、しかたありませんわね」

 心底不服そうなつぶやきを一つ漏らし、カリンは軽く素振りを始めた。

 身の丈の三倍はある剣を軽々と、先の不備を反省しながら。

 どうも目的を見誤っているような気がしてならない。

 某(それがし)の肉片を前に高笑いでもしたいのだろうか……

「ずいぶんとまた、無茶な特訓始めたね」

「あら」

「ティティカ姉」

 いつの間に来ていたのか、ティティカ姉が呆れた声を向けてきた。

 近くの木に座り背をもたれ、変わらず手酌で飲んでいる。

「訓練はいいけどさ、こんな所で死なれちゃ困るよ?

 カリンも、その辺は手心加えてやんないと」

「だって、本気でやれとしつこいのですもの。

 ですからわたしも、

 イヤイヤながら殺す気でやっているんですわ」

「イヤイヤ……?」

 とてもそうは見えなかったが、しかし、手加減をされては意味がないのも事実だ。

 兄上のまとう死の剣気は、カリンの全力でもまだ足りないのだから。

「ティティカ姉の言葉でも、

 それは従えません。

 某(それがし)は、

 もっと強くならなければなりませんので」

 多少は修羅場も抜けてきたが、まだまだ足りぬのは明白だ。

 いつまでも未熟を言い訳にはしていられない。

 次に見(まみ)える時は、死をもってしても止めてみせる……

「……そうか。

 成長したね、タイガも」

 覚悟を決める某(それがし)の耳に、聞こえてきたのは安堵のつぶやき。

 今までに聞いたことがないほど安らかな声。

「ティティカ、姉?」

 だが、気だるげに立ち上がったティティカ姉の表情は、いつもと変わらぬ笑みでしかなかった。

「ま、死なない程度にがんばんな」

「あ、はい……」

 そして、ふらふらと離れていった。

 千鳥足もいつものことで、どう判断したものかよくわからない。

 酒に酔っているだけなのか、それとも……

「なんだか変でしたわね、ティティカ姉様。

 いつものことと言えばそれまでですけど」

「ああ……」

 首を傾げるカリンの問いに、某(それがし)は答えることができなかった。

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