うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・13~ 北の国・侵入

 

 寒風の吹き荒(すさ)ぶ、荒涼たる山の懐。

 険しい腕(かいな)に抱かれた、火と煙を吐き出す都市。

 昼も夜もなく響く音は、金床(かなとこ)を叩く槌の音。

 規則正しい鋼の音は、街中に並ぶ兵やウマ(ウォプタル)、道を進み行く隊列と共に、聞く者にたゆまぬ緊張を強いらせる。

 それがこの街、この国が持つ気風なのだろう。

 鋼の強国にふさわしい、重く冷たい雰囲気に、いつの間にか心身が萎縮していた。

 あるいは、隠れ忍ぶ身がそんな想いを抱かせるのかもしれない。

 長く短い旅を終え、『ティティカルオゥル』はバンジジェジュの都への侵入を果たしていた。

 今は人目を避けるため、朽ちた軒の一つに身を隠している次第。

「やれやれ、まいったねこりゃ。

 ずいぶんと厳重に警戒してくれちゃって、まぁ」

「雇兵団(アンクァウラ)一つ相手に

 大層な手配をかけたものだ」

「まぁ道中から予想はしていましたが。

 むしろ近隣にまで出回っておらずに助かりました。

 あの仮装行列でよくぞここまで辿りついたものだと……

 いてっ。

 なんだアルルゥ、なぜ殴る」

 無言の拳をさばきながら、現状の幸と不幸を天秤にかけてみる。

 手配の理由はよくわからないが、追手がかかるのは始めから覚悟していたことだ。

 それが皇都へ辿りつくまでなされなかったのは、むしろ僥倖(ぎょうこう)と言えるだろう。

 身を潜めることもさほどの苦ではない。

 どうせ、長く続ける気はないのだから。

 気がかりは、むしろ……

「さて、どうしようかね。

 目的は目の前だけど、

 一筋縄じゃいかないよ?」

 ティティカ姉が口にした提起は、問いかけというより確認のようだった。

 自慢ではないがこの『ティティカルオゥル』、城に乗りこむことにかけては慣れたものである。

 だが、今回は流石に分が悪い。

 こちらの接近が知られている以上、守りは相応に厳重なものが敷かれているであろう。

 それでも自分は行くと、ティティカ姉は口調で告げていた。

 某(それがし)たちは退くも向かうも自由だとも。

 まったく、今さらな話である。

「アルルゥ、行く。

 おねーちゃん探す」

「私もだ。

 あの女がいる以上、退くわけにはいかん」

 即座に答えたのはアルルゥとリネリォ殿。

 間を置かず、残る面々も次々と同意を示す。

 ここまで来て臆する者など場にはいない。

 当然、某(それがし)も。

「無論行きます。

 ティティカ姉こそ無茶をしないでください」

「おや、アタシの心配をするとは

 タイガも偉くなったもんだね」

 気さくな笑顔からは苦痛の欠片もうかがえない。

 だが、一刻の予断もできぬはずだ。

 その身は、吐き出した血の分だけ細っているようにすら見える。

 それでも、ティティカ姉を止めることはできなかった。

 逃れえぬ死を前に、微塵も揺るがぬ瞳を見せられて、武士(もののふ)たる某(それがし)が止められようか。

 ティティカ姉の覚悟は、決して動かないだろう。

 ならばせめて、その目的を速やかに果たさせるのが義というもの。

 皆も同じ想いでいるはずだ。

 そんな一同の様に、ティティカ姉はまた笑う。

「それじゃまぁ、

 そういうことで行っとこうか。

 ニコルコ」

「ハ、ハイ……

 それでは」

 うながされたニコルコが語り始める。

 声はいつもの軽薄な口調ではなく、やけに神妙なものだった。

「多少ですが情報を仕入れて参りました。

 やはり、今回も仮面の女が裏にいるようです。

 今までと一つ異なる所は、

 どうやら確かに城にいる、

 ということでしょうか、ハイ」

「あいつがいるのか……

 他の連中は?」

「申し訳ありません、そこまでは……

 何分、他の話ばかりが

 大きく聞こえてくるもので」

「他の話?」

「ハイ……

 そろそろ、大きな戦が行われる、と」

 告げられたに、一瞬だけ動揺が広がる。

 考えていなかったわけではない。

 だが、意識している余裕がなかったのも事実だ。

 苦戦を強いられているという噂は聞いていたが、事態がそこまで進んでいたとは。

「トゥスクルとの、か?」

「ハイ、イエ、ハイ、

 他の国とも一緒に。

 連合を相手に、だそうです」

「ほう。

 よほど自信があるとみえる」

「それだけの兵力を相手に勝つ気でいると?

 いかにバンジジェジュの力が強大だとて、

 それはあまりに傲慢なのでは」

「他にもなにか隠し玉があるのかもしれないね……」

 進む会話の剣呑さに、声が自然と沈む。

 それが、エルルゥ殿の活躍に直結すると連想したからだ。

 思わず隣を見てしまう。

 アルルゥは小さな拳を固く握り、唇を強く噛みしめていた。

 心を揺らしている様子はない。

 アルルゥも成長をとげている。

「バンジジェジュも決戦と考えているようです。

 周辺属国のみならず、

 本国兵力の大半を動因しているとか」

「……逆に、都と城は手薄になるか。

 狙うならそこだね」

「出兵の直後を狙って侵入すると?

 しかし……」

「例の女がいるとすれば皇(オゥルォ)の側だよ。

 ネグネウロ、いや、グゼイゼの奴なら

 決して前線なんかにゃ出ない。

 大丈夫、目的の連中は必ず城にいるさ」

 大きな決断をあっさりと下すティティカ姉の目には、決死の覚悟が宿っていた。

 もはや当たり前となった表情に、今さらなにを言うつもりもない。

「……ティティカ姉」

 ただ、命を賭すその理由だけは、きちんと知っておきたかった。

 雇兵団(アンクァウラ)を旗揚げし、某(それがし)たちを集めたのは、つまり――

「ん?」

「あらためてお聞きしておきます。

 ティティカ姉の目的とは……」

「……フフ。

 もうすっかり言い慣れたね、

 その呼び方も」

 だが、思い描いたわずかな杞憂は、しょせん杞憂でしかなかった。

 姉と認めたその時と、彼女はなにも変わっていない。

 今までも、そしてこれからも、この人を信じ続けていける。

 行いが道を外れているのなら正すのが某(それがし)の役目だが、そんな必要などありはしない。

「期待に応えられずに悪いんだけど、

 さして珍しくもない理由さ。

 目的はただの復讐だよ」

 リネリォ殿とテルテォを見ながら、ティティカ姉は自虐めいた笑みを浮かべる。

「アタシの一族と神の山を奪い尽くした裏切り者、グゼイゼの首を頂くことさ」

 それは、過ちだとは知りながらも抑えがたい衝動と、それすらも虚ろに視るような笑みだった。

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