うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
重く暗い大気の中、バンジジェジュの皇城は炎と煙の中心に鎮座している。
鋼鉄の角材で組まれた漆黒の城だ。
そびえる様はまるで山。
黒煙と篝火(かがりび)に彩られた姿は、胎動する巨大な魔物を思わせる。
ならば、そこからあふれだす者たちは、魔の使いか。
悪意をかかげた黒き兵たちは、なるほど、そうと呼ぶのにふさわしい。
頭の上から足の先まで黒い甲冑に身を包んだ重兵たちが、城の口から吐き出されていった。
手には大槍。
あるいは銃砲。
縦横に並び、足波を揃えた隊列が、鉄靴を鳴らして進んでいく。
その数たるや、数百、数千。あるいはそれ以上。
街への報せがあらずとも、なにが起きたのかを推し測るのはたやすい。
いよいよ、大戦が始まったのだ。
この機こそを待っていた。
「……よし、行くぞ」
「ん」
『ヴォウ』
「ハイハイ」
うながす言葉に返ってきたのは、アルルゥ、ムックル、ニコルコの声。
闇に乗じ、煙に隠れ、鉄を焼く嫌な匂いを嗅ぎながら、某(それがし)たちは城の壁を乗り越えた。
予想していた騒ぎもなく、極めて平穏な侵入だ。
「ずいぶん静かだな。
警戒の兵すらほとんど見えないというのは
どういうことだ?」
「罠?」
「かもしれないな。
なにしろ相手が相手だ。
今までと同じ様にはいかないだろう」
「エエと、どうしましょう?
中止というわけには……」
「今さら出来るか、そんなこと。
皆もすでに動き出しているんだぞ」
「そう、ですね、ハイ……」
音をひそめた某(それがし)の声に、ニコルコは濁った返事を返す。
気持ちはわからないでもないが、ここにいたって止めることなど考えられない。
先に罠が待ち受けているなら、せめて派手に暴れるまでだ。
そうでなければ、あえて分断して侵入した意味がない。
分かれたそれぞれが囮となり、可能な者が目的を果たすのが、某(それがし)たちの定めた策だった。
個々の力を信頼しているからこそまかり通る、今や『ティティカルオゥル』のお家芸である。
だが、今回ばかりは流石(さすが)に考えた。
なにしろ、ティティカ姉の状態が普通ではない。
症状は薬で一時的に抑えられると言ってはいたが、その薬自体が致命的な劇薬なのだ。
できれば服させたくはなかったのだが……
「ですが、
ティティカ様のお気持ちもわかります」
「ニコちん?」
無駄に広い造りの城を息を殺して進む途中、一拍生まれた弛緩の時に、ニコルコがポツリとつぶやいた。
いつもの薄ら笑いを消した、深く、暗く、神妙な表情で、
「人は目的を定めて生きるモノ。
己のすべてを費やしてでも成し遂げたいことというものは、
誰にでもあるのではないでしょうか」
「……ニコルコ、お前……」
その真意を汲み取ることはできなかった。
鈍い爆音の響きに続き、突き上げるような揺れに襲われたからだ。
「なん、だ?」
「今の、カミュちー」
「見つかったのか?」
途端、にわかに城内が騒ぎはじめた。
無駄に広い通路と間を、現れた兵たちが慌ただしく通り過ぎていく。
太い柱が幸いし、身を隠すのに苦労はしなかった。
某(それがし)たちの見送りにも気づかず、城の兵たちは立て続けの爆音に向かって走りゆく。
アルルゥは不安を隠さなかった。
「うー、カミュちー」
「大丈夫だ。
ムティ殿もついているはずだからな。心配ない。
それより今は」
「行きましょう」
某(それがし)が促すより先に、ニコルコが走り出していた。
広く空ろな鋼の間を、迷うことなくまっすぐに駆けていく。
無機質な場に響くのは、無数の足音と鋼の悲鳴。
時おり聞こえてくる小さな爆音は、銃と呼ばれる兵器のものか。
聞くだけで冷やりとする高音に、それでもニコルコは止まることなく、某(それがし)たちを城の最奥にへと導いていく。
先には、血の爆ぜる皇(オゥルォ)の間があった。