うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
騒がしくやかましい数日の末、『ティティカルオゥル』一同はウペクペの都に辿りついた。
「おー」
アルルゥが感心したように声を漏らす。
小国ながらも、ウペキエの中心地は、皇都に相応しい賑わいを見せていた。
街行く人々を呼び止める商人たち。
荷を引き走っていく幾頭ものウマ(ウォプタル)。
路上の店々には商品が山と詰まれ、そして、瞬く間に動いていく。
人、物、金。
それらは動くことでこそ意味をもち、自らの価値を高めるものだ。
それは某(それがし)たち、戦う者もまた同じ。
「あまりキョロキョロするな。
田舎者だと思われる」
アルルゥを諌めながら、内心の興奮を鎮める。
某(それがし)も、これほど人の集まる場所は初めてだ。
口では注意しながらも、周囲を見回す目は止められずにいた。
「思いたい奴には思わせとけばいいじゃないか。
ほら、行くよ」
比べ、ティティカ殿はまったく平常を崩していない。
集まる衆目を気にもせず、往来を我が物顔で歩いていく。
それは見習うべき心持ちなのだろうが、しかし、なんというか……
「……ティティカ殿。
やはり、ムックルを連れて歩くのは
目立ちすぎなのでは……」
周囲のまなざしは某(それがし)の掲げる派手な旗でも、露出の多いティティカ殿の容姿にでもなく、アルルゥのまたがる巨大な虎にこそ向けられていた。
無理もない。
人ひとりを楽に飲みこめるような獣を前に、平静でいろという方が酷だろう。
雑踏の中、遠巻きの人々を引き連れて、ティティカ殿はむしろ楽しげだった。
「これがいいんじゃないか。
この世界、まずは顔が売れないと
仕事も引っ掛けられないんだから。
ほら、タイガも元気だして旗ふりな。
しっかり名前を覚えてもらわなきゃね」
ざわつく衆目を前に、笑顔を振りまく我らが団長。
なにを勘違いしたのか、周囲からは小銭が飛んできていた。
「いや、しかし、
こういう名の売れ方は」
「どんな形でも人の話に乗ることさ。
探し人も見つかりやすくなるってもんよ」
「え?」
探し人……
確かに噂が広まれば、アルルゥの姉上の耳にも届くかもしれない。
その一行として、某(それがし)のことも兄上に……
そこまで見越してムックルを都に入れたのか?
驚きのままに目を向ける。
ティティカ殿は近づいてきた男たちと、にこやかに言葉を交わしていた。
「これはこれは、
ティティカ様ではありませんか。
お久しぶりでございます」
「おや、チキナロじゃないか。
奇遇だねぇ、こんなところで」
「ええ、ええ。
昨今このあたりは実入りがいいもので」
細い目をした男が、頭を下げながら両手を揉み合わせていた。
後ろに連れた少年ともども、立派な荷箱を背負っている。
流れの商人、というところだろう。
よく知った相手のようだ。
ティティカ殿は時折こちらを気にしながらも、親しげに言葉を交わしていた。
「……いつものは扱ってるかな?」
「はい? はいはい、
もちろんでございますよ。
ニコルコ」
「はいな」
「おや、新しい子だね」
「ええ、ええ。
不肖の弟子というところでして」
「ニコルコと申します。
どうぞご贔屓に」
名を明かし、小柄な少年が前へと出てきた。
細目の商人よりもさらに腰が低い。
細長い顔と丸い耳は、すばしっこいネズミを彷彿とさせた。
「ティティカ様ご所望の品は、
こちらでございますね」
「ああ。
ちょいと待ってておくれ」
どうやら話がまとまったらしい。
ティティカ殿はそう言い残すと、小さな商人に連れられて茶屋の一つに姿を消した。
だが、待てとこんなところに放りだされても、周囲の目が痛い。
思わずアルルゥへ視線を向けると、こちらは衆目など気にもせずに、キョロキョロと街を見回し続けていた。
そこに、細目の商人が近づいていく。
「これはこれは、アルルゥ様ではありませんか。
お久しぶりでございます」
「お?」
アルルゥは小さく首を傾げた。
ムックルとガチャタラが小さく唸り威嚇するが、細目の商人はおどけて受け流す。
「ミキュームも元気そうで。
しかしあまり人目には
触れさせない方がよろしいですよ。
なにぶん珍しいものですので」
「……おー、チキナロ」
「ハイ。思いだしていただけましたか。
ええ、ええ。城では色々とお世話になりまして」
「城?」
思いがけない言葉に、つい反応してしまった。
アルルゥと城?
暴れて引き立てられでもしたのだろうか?
今度は商人、チキナロの方が首を傾げていた。
「おや、お侍様は護衛の方では?
アルルゥ様は――」
「んーん。トラはゴハン作るヒト」
「ああ、お付の方で」
「違う!」
平然と語るアルルゥもアルルゥだが、あっさり納得されるのはさらに腹立たしい。
そんなに某(それがし)には貫禄のようなものが足りないのだろうか。
……まあ、これほど派手な幟(のぼり)を掲げていては、旅芸人の一派と見られてもしかたないのかもしれないが。
しかし、それにしても……
説得の言葉を探している間に、ティティカ殿が戻ってきていた。
「おや、知り合いだったのかい?
その二人はアタシの仲間だよ」
「ほほう。では、
いよいよ雇兵団(アンクァウラ)をお立ち上げに?」
「そうだよ。
旗だって立ててあるじゃないか」
「おお、なるほど。
旅一座ではなかったので」
……やはり、そんな風に見えるのか。
頭を抱える某(それがし)の様を笑い飛ばしながら、ティティカ殿は言葉を続けていく。
「まずは宣伝しないとね。
目立つだろう?」
「ハイ、探すのには困りませんね。
では、しばらくはこちらでお仕事を?」
「そのつもりだよ。
まぁ、探すのはこれからだけど」
「おやおや、それでしたら。
ワタクシがお世話させていただきましょうか?」
調子よく進む話に、どうにも不安がこみあげてきた。
ティティカ殿のあまりに気楽な様子と、どうにも得体の知れないチキナロの雰囲気に、言い知れぬ悪寒を覚える。
「仕事の紹介はありがたいが、
義に反するようなものはお断りだ」
「おや。トラ様は
エヴェンクルガの武士(もののふ)様で」
「某(それがし)はタイガだ!」
激昂にきょとんとしながらも、チキナロは即座に笑顔を向けてくる。
いかにも営業用の笑みは、やはりどうにも胡散臭い。
「ハイハイ。お任せください、タイガ様。
決してエヴェンクルガの名を汚すようなものは
回しませんとも」
自信ありげな言い分を、この時、確かめておけばよかったのだろう。
某(それがし)はこの日から、数多の雑務に追われることとなった。