うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

180 / 235
~第四幕・15~ 北の国・対峙

 

 広すぎる皇(オゥルォ)の間には、濃密な死が満ちていた。

 転がる無数の鋼兵たちが垂れ流している、血の匂いだ。

 頭を、胸を、胴を、腹を、装甲もろとも貫いているのは、黒く強靭な鋼の矢。

 地に伏し動かぬ骸の数は、軽く五〇にのぼる。

 

 死屍累々の只中で、ティティカ姉は白き肌を血に濡らし、黒矢をつがえた姿で立っていた。

 腕を裂かれ、脚を斬られ、腹を刃で貫かれているにも関わらず、微動だにしない。

 赤と黒の地獄(ディネボクシリ)めいた中で、その姿はまさに死天之神(ヨミノシムカミ)。

 鋼の矢は狙いに違(たが)わず、的たる命を貫(つらぬ)くだろう。

 

 鏃(やじり)の先には憤怒の相を浮かべた、短い銃を構える男がいた。

「貴様、貴様っ、ティティカぁ!」

「様が抜けてるよ、グゼイゼ。

 父上と交わした忠義の誓い、

 忘れたわけじゃないだろう?」

「やかましいっ、このくたばりぞこないがっ!

 貴様ら一族がこのオレに味あわせた屈辱、

 今こそ晴らしてくれる!」

 あれがグゼイゼか。

 今の名はネグネウロ。

 バンジジェジュの皇(オゥルォ)にして北方の覇王。

 そして、ティティカ姉の一族を滅ぼした男だ。

 

 元は、国に仕える臣であったという。

 それが、姦計によって力をつけ、民を護る皇(オゥルォ)を裏切り、その一族を根絶した。

 奉る神山を切り崩し、その鉱脈を奪うために、だ。

 国を捨て、名を変えて、力と才覚を存分に揮い、ネグネウロは今の地位を手に入れた。

 それ自体は不義と断じえない。

 戦乱の世にあっては、さして珍しくもない話だ。

 強者が弱者の上に立つはごく自然な摂理。

 エヴェンクルガの裁に照らしても、殊更(ことさら)に罰することではない。

 だが、その摂理に従うのならば、踏みにじられることもまた覚悟して然るべきだ。

 

 積年の想いと強さを重ね、復讐の念を晴らそうとするティティカ姉を止めようと、某(それがし)には想えなかった。

 エヴェンクルガとしてではなく、今はただのタイガとして、その成就を見守るだけ。

 皆も、想いは同じなのだろう。

「ティティカ殿っ」

「抑えろ、テルテォ」

「しかし、姉上っ」

「あれはティティカの因縁だ」

「ぐ……」

「ティティカ姉様……」

 いつの間にか集結していた『ティティカルオゥル』の面々もまた、言葉を交わす二人を前に、誰一人、身じろぎ一つしなかった。

 わめき散らされる言葉と共に、場には憎悪が高まっていく。

「元をただせば、

 貴様の父がすべての元凶ではないかっ。

 オレの才を妬み、嫉み、不当に扱い、

 くだらぬ端役にしか当てようとしなかった。

 軍なり政なりを与えれば、

 瞬く間に周辺統一を果たしてやったものをっ」

「だから一族ごと滅ぼしたってのかい?

 皇族はおろか、民もろとも国まで」

「そうだ。

 無能、愚物、虚飾の皇(オゥルォ)など、この世にはいらぬ。

 必要なのは強き皇(オゥルォ)だっ。

 オレの行動は必然であり、

 貴様らが滅びたのは天の意思に他ならん!」

 向ける銃口を揺らしながらも、ネグネウロの叫びは止まらない。

 冷ややかなティティカ姉の言葉に煽られて、声はますます燃え上がる。

「貴様が生きていると聞いた時は、

 歓喜に震えたぞ。

 忌まわしき血の最後の一滴まで、

 この手で滅することができるのだからな!

 さあ、その弓を下ろすがいい。

 さすればその腐った心の臓、

 一撃の下に粉砕してくれようぞ」

「おや、知ってたのかい」

 指摘された致命的な弱みを、ティティカ姉は苦笑で流す。

「ふん。

 貴様の一族のことは調べつくしておる。

 貴様の母親も我が手を下すまでもなく

 血反吐を吐いてくたばりおったわ」

「……そうかい」

 高笑いに対する声は、大人しかった。

 怒りと歓喜をあらわにするネグネウロを前に、ティティカ姉は涼風のごとき佇(たたず)まいを崩さずにいる。

 そう。

 ただその場を吹き抜けるように。

「……アンタの気持ちはよくわかるよ。

 殺すだけじゃまだ足りない憎悪。

 アタシがアンタに抱いていたものが、

 まさにそれだったからね。

 行方の知れなくなったアンタを探し出すために、

 残り少ない命のすべてを費やしたんだ。

 ふふ、我ながら一途なもんさ」

 語られる自虐めいた言葉にも、怨嗟の念は微塵もない。

 感じられるのは、むしろ真逆の温かな想い。

「でも、今では感謝すらしてるよ。

 恨みのまま、憎しみのままアンタを追う日々の中で、

 アタシは復讐なんて目的より

 大事なものを手に入れることが出来たんだから」

「な、に……?」

「おかしなもんだね。

 最初は手段でしかなかったはずなのに。

 共に寝て、共に食い、

 飲んで、遊んで、戦って。

 長い間一緒にいると情が移るってのは、本当だね」

 ネグネウロからのまなざしを、その存在ごと完全に無視し、ティティカ姉は某(それがし)たちに笑みを向けた。

「みんな、

 今ではアタシの大切な家族だよ」

 それは、死天之神(ヨミノシムカミ)の影など微塵も感じられぬ、あまりにもいつもの笑みで、

 ……涙を堪えるこらができなかった。

「ティティカ、姉……」

「なんだいタイガ。

 みんなも、情けないツラ並べて」

「なぜ、今そんなことを……」

「あはは。やっぱりちょいとクサかったかい?

 ガラでもないことはするもんじゃないね。

 ちょいと照れちまったよ」

「ふ、ふざけるなっ!」

 交わされる『ティティカルオゥル』の言葉の間に、割りこみきたのは怒号の響き。

 今やネグネウロは銃口どころか全身を震わせている。

「なんだよ、うるさいね」

「それでは、貴様はなぜオレの前に現れた?

 家を、一族を、国を裏切り滅ぼしたオレが

 憎かったからではないのかっ?」

「それはまぁ、なくはないか。

 理由を答えるならケジメかね。

 アタシの勝手に巻きこんだ皆に対して、

 せめて最初の目的は果たしておかないと

 示しがつかないだろう?

 これから先やっていくにしても、

 色々と気持ちが悪いしね」

「けじめ? 示し?

 なんだ、それは。

 それでは、このオレは――」

「アンタのことなんか、

 今となってはどうだっていいよ。

 せっかく偉くなったんだ。

 バンジジェジュの皇(オゥルォ)ネグネウロとして死にな」

 言葉に偽りがないことは、そのまなざしで知れる。

 本当に微塵の興味もない。

 ティティカ姉はつがえた矢と同等の冷たさで、ただ殺すだけの相手として敵を見ていた。

 それが気に入らなかったのだろう。

「貴様、貴様っ、貴様ぁぁ!」

「なんだよ。

 うるさい、ね……っゥ」

 激昂に、ネグネウロの構えた銃口がピタリと止まった。

 引き金に置かれていた指が動く。

 だが遅い。

 並みの兵ならいざ知らず、数多の修羅場を抜けてきた某(それがし)たちにとって、欲に肥えた皇(オゥルォ)の動きは、反応できないものではなかった。

 いつもならその動きが成される前に、鏃(やじり)が敵を貫いていただろう。

 だが、今その矢は、血を吐いたティティカ姉の手から力なくこぼれ落ちていた。

「死ねぇ!」

「っ、ティティカね――!」

『ヴォオウッ!』

 大気を割るような銃声が、短い咆哮と共に響く。

「ぬあぁ!?」

『ヴルルウウウゥ……』

 撃ち放たれた銃弾を、飛びこんだムックルが腹で止める。

 苦悶の呻きを漏らしてはいたが、森の主(ムティカパ)の身に傷の跡は見られない。

 鋼の獣毛は弾丸の威力を見事に散らしきっていた。

「ムックル、

 だいじょうぶ?」

「っ、すま、ないね。

 助かったよ、ムックル、アルルゥ」

『ヴォウ』

 ティティカ姉を後ろに庇い、ムックルは一つ前に出た。

 そのまま、後ずさるネグネウロを追う。

 低いうなりにこめられた怒りは、重さすら伴う威圧をもって、睨む敵を追いつめていった。

 一歩、そしてまた一歩と近づいていく。

「な、なんだこのバケモノはっ。

 こんなものがいるとは聞いておらんぞっ」

「確かに報告いたしましたが。

 お耳に届いておりませんでしたか?」

 慌てふためくネグネウロに比べ、かけられた言葉は果てしなく静か。

 聞き覚えのあるその声に、思わず後ろを向く。

 広き皇(オゥルォ)の間の背後の闇に、白い面が浮き上がる。

 現れたのは、想いに違(たが)わぬ仮面の女。

 ハクビは動揺するネグネウロを前にしても、いつもと変わらぬ静けさで応じていた。

「その獣は森の主(ムティカパ)。

 神代に生まれた古き眷族にして、

 大神の子らを護る存在。

 そして、天地の力を繋ぐモノです」

「ハクビっ。

 貴様、今までどこに隠れていた!

 いや、そんなことはどうでもいい……

 殺せっ。

 こやつらを、殺しつくせ!」

「……お望みとあらば」

 少しだけ、その声が質を変えた。

 自然と緊迫する空気に応じ、『ティティカルオゥル』の面々は一斉に己が得物を構える。

 いつの間にか、周囲は黒い兵たちが埋め尽くしていた。

 闇が具現したような鋼の鎧たちは、どこか蟻(あり)の群れを思わせる。

 寄せる人波は、その重さだけで某(それがし)たちをたやすく押し潰すだろう。

 もっとも、大人しく潰される気などさらさらないが。

「やれやれ、

 結局力押しじゃないか」

「構わん。

 こちらの方が俺たちらしい」

「ひさしぶりに暴れさせていただきますわ」

「よーし。

 カミュもがんばっちゃうぞ」

「ティティカたちを囲んで陣を組むぞ。

 敵のすべてを相手にする必要はない。

 ムックルが敵の皇(オゥルォ)を噛み砕けば

 話はそれで終わる」

 率いているのがハクビだとて、連中の頭首はあくまで皇(オゥルォ)。

 ネグネウロさえ落とせば、事態は一気に終息するだろう。

 リネリォ殿の言葉に間違いはなく、事態は確かにそれで終わる。

 ――はずだった。

『キシィィィィ!』

 

 きしみ砕けた天井から、巨鳥が舞い降りてさえこなければ。

 

 同時に暴風が荒れ狂う。

 それは敵味方の別なくすべての者の動きを止め、場を巨鳥の支配する世界に変えていた。

 渦を巻く大気の中で、巨大な翼がゆっくりと下へと降りていく。

 ネグネウロの目の前だ。

 咄嗟の出来事を前にして、非力な某(それがし)には成す術がなかったが、より強き存在にとっては違ったらしい。

 聞こえてきたのは深い唸り。

 荒れ狂う風に負けぬ力を、両の脚に蓄える声。

 

 一拍の間をおいて、ムックルは高く跳躍した。

 

『ヴオオオオオオ!』

『キシャアアアア!』

 巨獣と巨鳥は宙で交錯し、咆哮を伴い、床に落ちた。

 暴れ狂う巨躯は周囲を巻きこみ、集った重兵たちを事もなげに蹴散らしていく。

 ムックルと互角にやりあう巨鳥の姿に、某(それがし)は今さら思い至った。

 奴も森の主(ムティカパ)の一つなのだ。

 それがなにを意味するのか、想いを巡らせている暇はなかった。

「ぬうん!」

「クッ」

「だあああああ!」

「フッ」

 四方からくり出される大槍を相手に、剣を振り続けていたからだ。

 重装重器が相手だとて、今ならば某(それがし)も遅れをとりはしない。

 前後左右からの攻撃を捌き、躱し、受け流しながら、一人、また一人と斬り伏せる。

 だが、いかんせん数が違う。

 刃を振るう力とて、いつまでも続くわけではない。

 いずれは押し寄せる軍勢に潰されてしまうだろう。

 その前に決着をつけたいのだが、どうしても近づけずにいた。

 銃を構えるネグネウロと、荒い息を吐くティティカ姉。

 そして、その二人の間で両手を広げているアルルゥの下に。

「そこをどけ、小娘」

「や」

「アルルゥ、どきな」

「やだ。

 アルルゥ、どかない」

 前と後からの命じる声を聞き入れることもなく、アルルゥはかたくなにその場を動こうとはしなかった。

 近づいてきたネグネウロの銃を眼前に置かれても、瞬き一つしない。

「死にたいのか?

 そんなくたばり損ないの役立たずを庇って」

「ティティカおねーちゃんは、

 アルルゥのおねーちゃん。

 ぜったいに、アルルゥが守る」

 瞳には強い意思が宿っていた。

 まなざしは刃となって、対する者の心を斬る。

 その真意を汲める者ならば、一歩を退かずにはいられなかっただろう。

 だが、ネグネウロが返したものは、高らかな嘲りでしかなかった。

「聞いたかティティカ。

 お前の親と同じ馬鹿がここにもいるぞ。

 覚えているだろう?

 お前の父もお前を庇って死んだのだ。

 愚か者の末路など、いつの世でも変わらんな。

 弱者は弱者らしく踏みにじられて死ぬのだ。

 ハハ、クハハハハハハ!」

「ク……グゼイゼ、

 アンタ……」

「余興の礼に慈悲をもって応えてやろう。

 せめて苦しめず、

 速やかに地獄(ディネボクシリ)へと送ってやるわ。

 安心しろ。

 精度は低いがこの距離だ。

 当たれば確実な死が迎えてくれ――」

「バカは、おまえのほう」

「……なに?」

 澱みなく続いていた哄笑が、少女の一言に勢いを失った。

 ネグネウロの変化を気にも留めず、アルルゥは言葉をつなげていく。

「人の気持ちもわからない、

 わかろうとしないバカ。

 人の優しさを笑うおまえのほうが、

 よっぽどよわい」

「な、ん、だと?

 この、小娘……」

「おまえなんかに、アルルゥまけない。

 ぜったい、おねーちゃんまもる」

 今度こそ、その瞳に宿る覚悟のほどを知ったようだ。

 ネグネウロは一瞬顔から色を消し、次いで新たな表情を浮かべていた。

 それは、先に倍する狂った笑み。

「……ク、クク。

 そうか、オレが弱いか、小娘。

 ならば……!」

 もはや御託を語りもしない。

 興奮の声は一息に、死の撃鉄を引き落とす。

「その傲慢を抱えたまま、死ねっ!?」

 再びの銃声は、先よりも遥かに大きく響き、

 

 爆ぜた火薬の衝撃は相対した両者を弾き飛ばした。

 

 残った者は、アルルゥだけ。

「え?」

「っ、ガぁ!

 ティティカっ、貴様ぁ……!」

 驚きと憎悪のまなざしが、同じ人物を見る。

 ネグネウロを蹴り飛ばしたティティカ姉が、アルルゥの代わりに撃ち飛ばされていた。

「……まったく、

 無茶は変わらないね。

 怪我はないかい?」

「ティティカ、おねーちゃん?」

「それにしても、

 白霊蓮(サラカジャ)の効果はたいしたもんだね。

 これっぱかしも痛かないや。

 それとも、単に血が抜けすぎただけかな?」

 疲れた声が示す通り、ティティカ姉の胸の下、撃ち穿(うが)たれた大穴からは、赤い流れがほとばしっている。

 止まることなく、だくだくと。

 アルルゥは目を見開いていた。

 イヤイヤと首を振りながら、ティティカ姉にまとわりつく。

「おねー、ちゃん……

 やあ……だめ、だめぇ……」

「ほら、あんまりひっつくと汚れるよ……」

「やだ、やだっ。

 おねーちゃんっ、おねーちゃん!」

 アルルゥの呼びかけに応えること無く、ティティカ姉の身は崩れ落ちた。

「ティティカ姉!」

 某(それがし)は、白くなった意識のまま剣を振るった。

 いや、振るったのだろう。

 駆けよる間の記憶は曖昧なままだ。

 無我夢中の行動は某(それがし)だけでなく、気がつけば団の全員が揃っていた。

 泣きじゃくるアルルゥの下に。

 そして、

 血の海の中に崩れ伏せる、ティティカ姉の前に。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。