うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・18~ 北の国・離脱

 

 パチ、パチ、パチ、パチ――

 

 肉を千切り、骨を噛み砕く響きの中、打ち合わせる手の音が聞こえてきた。

「イヤイヤイヤ、素晴らしい。

 さすがはムックルさん。

 森の主(ムティカパ)の名に相応しい凶暴さですな、

 ハイ」

 場にそぐわぬ軽い声の主は、ハクビと巨鳥のさらに後ろ。

 広間に広がる闇の奥から現れた。

 顔まで覆った外套(アペリュ)姿。

 影を切り抜いたような漆黒に、飾る刺繍は紅蓮の炎。

 見覚えがあるどころではない。

 はるかに簡素な仕立てだが、まとったことすらある装束だ。

 そう、カルラゥアトゥレイの深き森で。

 驚きはあったが、半ば予想もしていた。

 ラクシャインが関わっていたのだ。

 当然、ハクビもつながっていると考えるべきだろう。

 それは構わない。

 驚いたのは、覆面の声に聞き覚えがあったことだ。

 その軽薄な雰囲気と言葉遣いは、あいも変わらず胡散臭いままで、とても間違えようがない。

 それでも、まさかという思いのまま、言葉を投げかけていた。

「貴様、チキナロ、か?」

「ハイ。

 どうもご無沙汰しております、ハイ」

 頭巾の下から現れた細い眼と薄い笑いは、確かに見覚えのある行商人のものだった。

 出会った最初と変わらない、腹に一物(いちもつ)を秘めた笑み。

 自然と奥歯を噛みしめていた。

「わざわざこのような所にまでおいで頂けるとは。

 ご足労をおかけいたしました、ハイ。

 いずれワタクシの方からお迎えに上がろうと

 思っていたのですがねえ」

「貴様、ハクビと通じていたのか……」

「通じて、というのは少し違いますね。

 彼女は、ワタクシたちの同志なのですから」

 薄い眼をさらに細めながら、チキナロはハクビに笑みを向けた。

 反応はない。

 親愛の念すら受け流し、仮面の女はただそこに佇(たたず)んでいるばかりで、その真意はあいかわらず量りかねる。

 確かなのは、この二人が敵だということぐらいか。

「同志?

 貴様らは、一体――」

「それはまあ、いずれ知れると思います、ハイ。

 知りたくなくとも、ね」

 チキナロが上げた腕の動きに応じ、黒い兵たちが揃って一歩を踏み出した。

 なるほど、少なくともこの場にいる兵たちは、完全に掌握しているようだ。

 自然と剣を握っていた。

「……某(それがし)たちをどうするつもりだ。

 貴様らの怪しげな企(くわだ)ての

 生贄にでもしようというのか」

「イエイエ。

 ワタクシどもが必要としているのは彼だけですよ」

 上機嫌なチキナロの声は、眼前で唸る森の主(ムティカパ)に向けられていた。

「ムックル?」

「エエ。

 大人しくこちらに入っていただけると

 助かるのですがね、ハイ」

 声が示す先に置かれているのは、鉄骨を組み上げたような巨大な檻。

 まるで鉄の塊だ。

 閉ざされればムックルとて歯が立たないだろう。

 しかし、

「大人しく言う事を聞くとでも思ったのか?

 ムックルや、某(それがし)たちが」

 皆の気勢が増すのを感じながら、某(それがし)は剣を抜いた。

 今の『ティティカルオゥル』に、脅しすかしは通用しない。

 いかなる困難であろうと越えられるという確信にも似た想いが、全員の心を繋いでいた。

 ――いや。

 そうだと、思っていた。

「まさか。

 ちゃんと策は弄しておりますとも。

 この日のために、時間をかけて」

「ほう、面白い。

 見せてみろ。

 なんであろうが叩き潰してくれる」

「楽しんで頂ければ幸いですが。

 なあ、ニコルコ?」

 

 チキナロの、嘲(あざけ)る声を聞くまでは。

 

「……なにっ?」

「……申し訳ございません、みなさん。

 お静かに願います」

 制する声は、場の中心から聞こえてきた。

 沈んだ、痛々しい面持ちのニコルコから。

 目にしたものが信じられない。

 

 その手の中では、意識を失ったアルルゥが首に小刀を突きつけられていた。

 

「ニコ、ルコ……?

 お前、なにをしている?」

「…………」

 答えは返ってこない。

 視線を合わせようともせず、ニコルコは歩き出していた。

『ティティカルオゥル』の輪を離れ、囲む黒き兵たちを越える。

「うそ、だよね、ニコちん……」

「あなた、まさか」

「貴様!」

 驚愕、疑念、憤怒を背に向けられて、それでもニコルコは歩みを止めない。

 遅々とした足取りには様々な想いが見て取れる。

 だが、その真意までは掴めない。

『ヴォヴヴヴヴヴヴ!』

「……すみません。

 大人しく従ってください。

 さもなくば、アルルゥ様の無事は

 保証しかねます、ハイ……」

 アルルゥを腕に抱えたまま、ニコルコはムックルに対じていた。

 森の主(ムティカパ)の本気を前にして、語る声にもまた本気の意思が込められている。

 ムックルだけではない。

 某(それがし)たちの誰かがわずかにでも動きを見せれば、アルルゥの首からは鮮血の華が咲くことになるだろう。

 懐に潜んでいるガチャタラとて同じこと。

 それほどに、今のニコルコは研ぎ澄まされていた。

 これが、本当の顔なのか?

 ……いや、そんな筈はない。

『ヴゥゥ……』

「ありがとうございます。

 ムックル様が大人しくしてくだされば、

 ワタクシも荒事を強いられるようなことは――」

「ニコルコ!」

 ムックルを檻(おり)へと誘(いざな)う小さな背に、某(それがし)は荒い言葉を投げつけた。

 小さく震えるその様に、想いは確信へと変わる。

「なにをしている。

 さっさと戻って来いっ。

 お前は、『ティティカルオゥル』の一員だろう!」

「……イイエ。

 ワタクシはただの間者。

 ムックル様の所在を知るために潜りこまされた

 草(くさ)の一人に過ぎません。

 みなさんのお仲間だなどと、

 そんな、恐れ多いことは――」

「ならば敵としてこちらを向けっ。

 その言葉を、ティティカ姉に向けてみろ!」

「……っ」

 心の底から怒りがこみ上げてくる。

 謀(たばか)っていたことにではない。

 いつまでも本音を語らぬ、その性根(しょうね)にだ。

「隠しことぐらいあるだろう。

 嘘や騙(だま)しもいつものことだ。

 そんなもの、今さら気にもせぬ。

 

 だが、ティティカ姉を裏切るというのであれば、

 某(それがし)はお前を許さんっ。

 絶対にだ!」

 言の刃は握る剣より遥かに深く、ニコルコの心を斬った。

 揺れる肩が、震える背が、衝撃の程を物語っている。

 例え振り向かずとも、その脳裏にはいつまでも刻まれているはずだ。

 ティティカ姉の、最期の笑みが。

 心を動かす沈黙は、しかし、長く続かない。

「ニコルコ。

 森の主(ムティカパ)護送の段取りを進めておきなさい。

 手筈はわかっていますね?」

「……はい」

 平然と、完膚なきまでに、チキナロは場の緊張を殺していた。

 某(それがし)の問いに答えぬまま、ニコルコは間の奥へと消えていく。

「ニコルコっ」

「…………すみません……」

 最後に、深い謝罪を一つだけ残し、アルルゥ、ムックルの存在と共に、その姿は闇へと溶けていった。

 後を継いだのは、場違いなほど気楽な調子。

「それでは、

 ワタクシもこの辺で失礼いたしますよ、ハイ。

 二度と会うこともないでしょうが、

 みなさんお元気で」

「チキナロ、貴様――」

「ハクビさん、

 後の始末はよろしく」

「……はい」

 去っていくチキナロを追うことは出来なかった。

 巨鳥のゆるやかなはばたきに合わせ、重兵の包囲が狭くなる。

 外からは大音響が聞こえていた。

 城をも揺らす衝撃の、立て続けの爆発音。

「……また火薬蔵に火でもつけたか。

 やることに芸がないな」

「砦での一件は貴方がたの成果になっているはず。

 同じ方法をこの地でも使わぬ理由はないでしょう」

「つまり、某(それがし)たちに

 罪をなすりつけるために、か」

「敵国の皇(オゥルォ)と都を討ったのです。

 むしろ誇れるのではありませんか」

「っ、

 貴様のような輩(やから)が、

 武士(もののふ)の名誉を語るなっ」

 ギリと奥歯を噛みしめる。

 計り知れぬ敵を前に、刺し違えてでも、と覚悟を決めた。

 元よりこれほどの包囲、一人の犠牲もなしに抜けることなど叶うまい。

 ならば、先陣を務めるのは某(それがし)の役目――

 だが、燃えはじめた戦いへの渇望は、殊更(ことさら)の冷静に鎮められた。

「タイガ、熱くなるな。

 冷静を欠いてこの窮地は抜けられん」

「っ、

 ですがリネリォ殿。

 この状況、決死の血路を拓くぐらいしか――」

「生き汚くなるのだろう?

 たやすく命を投げ出すな」

「あ……」

 誓いの言葉を思い出させられ、後ろの亡骸(なきがら)に視線を移す。

 認めたくはない現実から、しかし目は離せない。

 そう、某(それがし)は生きなければならない。

 ティティカ姉の武士(もののふ)を名乗り、それを誇りとするためには。

「……そう、ですね。

 生き延びなければ、

 アルルゥを取り返すこともできない」

「その通りだ。

 テルテォっ」

「ハッ」

「……ティティカを任せる。

 カミュ、ムティ、カリン」

「はーい」

「もう、やりますよ、もうっ」

「おまかせ、ですわ」

 テルテォがティティカ姉を抱(かか)えるのと同時に、残る面々が各々の力を誇る。

 膨らんでいく法術と剛剣の威を前に、某(それがし)も掛かる意図を察した。

「タイガ」

「……了解しました」

 うながされる声に従い、剣を構える。

 カリンを真似るように振りかぶり、力と気をみなぎらせた。

 刃を向けるは居並ぶ兵の群れではなく、自らが立つ足場の床。

「貴方たちは、なにを――」

「我等が名は『ティティカルオゥル』だ。

 よく覚えておけ、仮面の女」

 ハクビの声に、リネリォ殿が答える。

 ウマ(ウォプタル)の身を沈めながら、それは高らかな宣戦布告。

「貴様らの企(たくら)みを

 潰(つい)えさせる者たちの名をな」

 

 自信に満ちた言葉は、皇(オゥルォ)の間の床を砕き割る、四つの渾身と共に放たれた。

 

「な――」

 崩れ落ちゆく瓦礫の中、最後に見たハクビの顔は、はじめての驚きに彩られていた。

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