うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・16~ アルルゥといっしょ・番兵

 

 草木も眠る丑三つ時。

 当然、都に住む人々も例外ではない。

 物音一つ聞こえてこない街並みを眺めながら、某(それがし)は一人で立っていた。

 背には小さな酒蔵が一つ。

 この蔵の夜間の番が、今回請け負った仕事だ。

 小さい酒屋の小さな依頼で、警護の人員も某(それがし)たち『ティティカルオゥル』の他にはいない。

 見張りの勤めも一人ずつ、三人で交替して行うこととなった。

 ……なった、はずなのだが。

「……なぜ誰も来ない」

 交替するはずのアルルゥも、ティティカ殿も、いつまでたっても現れなかった。

 星の巡りは、某(それがし)が任された時間の終わりを告げて久しい。

 本邸の方でなにかあったのだろうか?

 いや、それなら騒ぎの一つも起きているはずだ。

 呼びにいくべきかとも考えるが、その間に賊がやってこないとも限らない。

 この夜見かけたものといえば、路地の間を通りすぎた鼠と猫ぐらいであったが、万が一にも蔵を破られでもしては、とりかえしのつかない不名誉を負ってしまう。

 それだけは避けなければ。

 気合を入れ直して夜の街を見た。

 右へ、左へ、闇を見通さんばかりに眼をこらす。

 だが、薄い星明りだけで照らされた動かぬ世界を注視し続けるのは、恐ろしい苦行だ。

 なにもない白い部屋に閉じこめるという拷問があるらしいが、それに近いのではなかろうか。

 同じ拷問ならば、穴の掘り埋めの方がまだマシだ。

 いっそ、その穴に埋められた方が楽になれるかもしれない……

 かすれる目をしばたかせ、落ちそうになる首を持ち直しながら、だんだんと、なにを考えているのかもわからなくなる。

 夢と現の狭間の中、聞こえてくる声もまた幻のようで――

「――ガ殿。タイガ殿?」

「……は?」

 呼び声が雇い主である酒屋の主人だと気がついたのは、まばたき四度を終えたあと。

 霞がかった頭はまだ寝ぼけている。

 いつの間に近づかれたのかと危機感を抱くより先に、一番古い問いが口から漏れた。

「……交替、ですか?」

「は?

 いえ、お疲れ様でした」

「へ……?」

 意味のわからぬ答えに思考が止まる。

 その間にも、体は様々な刺激を思い出していた。

 肌からは大気の温もりが。

 耳からは雀や鶏の鳴き声が。

 辺りには炊事の煙と共に、空腹を刺激するよい匂いが漂ってくる。

 それは、人の営みを取り戻した都の姿。

「……ああ、なるほど」

 眼を突くまぶしさにようやく思い至る。

 夜はとうに明けていた。

 

 

 眠気で頭を揺らしながら、与えられた部屋へと戻る。

 力任せに開いた戸板の向こうでは、『ティティカルオゥル』の一行が安らかな眠りの世界に沈んでいた。

「っ……。

 ティティカ殿っ、アルルゥっ」

「んー……」

「んむぅ?」

 一喝に、二つの気だるげな寝息が答える。

 ティティカ殿はまだ夢の中を漂っているのか、目元も呂律(ろれつ)もおぼつかない。

「ああ、タイガ。

 おはよ」

「おはよ、じゃないでしょう。

 なにを寝こけているんですっ」

「んー? なんかあったの?」

「夜番は交替制だと決めたではありませんかっ。

 それなのに、いつまで経っても来ないと思ったら――」

「いやー、起きようと思ったんだけどね。

 どうにも頭痛が治まんなくってさ」

「それならそれで伝えてくだされば、

 こちらもなんらかの対応をしたんです。

 まったく、一晩ほったらかしとは……」

「ごめんごめん。

 でもさあ、エヴェンクルガの武士(もののふ)だったら、

 一昼夜の番ぐらい大したことじゃないだろう?」

「え?」

「誰だっけ。伝説のエヴェンクルガは

 雪中火中をものともせず、

 見事に斥候の任を果たして

 戦を大勝に導いたとかって

 話がなかったっけ?」

「……ゲンジマル様の逸話の一つですね」

 それはエヴェンクルガのみならず、武士(もののふ)のあり方として、俗世にも広く語り継がれているものだ。

 いわく、真の武人たるもの、周囲の苦境に流されることなく、己の成すべきことに邁進せよ、と。

 まさに、孤高を誇るエヴェンクルガに相応しい。

 その心得は某(それがし)も継がねばならぬものだ。

 未熟とはいえ、その末席に名を連ねようと思うのなら。

「……確かに、エヴェンクルガの武士(もののふ)にとって

 この程度の労苦は大したものではありませんが、

 問題はそういうことではなくてですね。

 つまり、取り決めが正しく行われないと、

 なにか不測の事態でも起きたのではないかと

 考えてしまうのです。

 某(それがし)としても

 蔵の番を放り出すわけにもいきませんでしたし、

 今後はそういった非常時の連絡なども

 考える必要があると提案したいわけであって――」

「むー。トラ、うるさい」

 某(それがし)の言い分を、アルルゥの低い声が遮った。

 なんと失礼な。

 寝ていた場に転がったまま、不機嫌を隠そうともしていない。

「う、うるさいとはなんだ。

 大体だな、お前だって立場は同じなんだぞ。

 なにをいつまでも平然と寝続けて――」

「ガチャタラ」

『キュイイイイイ』

「はぐあああ!?」

 森の母(ヤーナマゥナ)の呼びかけに、その子供は忠実だ。

 ガチャタラの叫び声は、一晩寝ていない某(それがし)の頭を、泡立てるように掻き混ぜた。

 一瞬で世界が反転する。

「さて、もう一眠りしようかね」

「ん」

 

 

 次に某(それがし)を叩き起こしたのは、昼食を催促する声だった。

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