うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
頭を刎ね落とされた一瞬後、押し潰された首の根からしとどに血潮を撒き散らしながら、巨鳥は一度だけ羽ばたいた。
恐ろしいほどの生に対する執着。
だが、無論長くは続かない。
大鷲の森の主(ムティカパ)は、最後の力を振り絞り、護るべき者へと少しでも近づこうとして、
果たせず、落ちた。
血の海が、瞬く間に広がっていく。
それは、息を飲んだハクビにまで伸びていった。
「ジャカウ、ジャカウ!!」
口から漏れる短い言葉は、呪言ではなく呼びかけの名。
震える声にこめられた想いは、現実を認めない愚かさと、深すぎる悲しみの念。
白き鬼面の奥で揺れる黒い瞳の様に、アルルゥはようやく思い知った。
その想いが、自らがムックルに抱くものと同じものなのだと。
「ジャカウ……
ああ、ジャカウ……」
今までに見せたことのない動揺を表しながら、ハクビは踏み出そうとする。
それを、広い背が止めた。
エヴェンクルガの武士(もののふ)の、強さを求める非情な背が、それ以上の歩みを許さない。
「リュウガ……」
「なにを呆けている。
お前は、なんのためにここまで来た」
振り返ることなく、リュウガはその背で語りかける。
「僕(やつがれ)たちがお前に託したものは、
この程度で潰えるものだったのか?」
「私に、託された、もの……」
「思い出せ。
お前の望みを叶える為に、
僕(やつがれ)たちはここまできたのだ」
「私の、望み……」
「そうだ。
我ら大神の子、すべての願いだ」
諭(さと)す静かで鋭い声に、白面の奥で揺れていた瞳は、鎮まっていった。
言葉はきっかけでしかない。
不測の事態に乱された程度では崩れえぬ深い思惑が、彼女の心奥には澱んでいる。
「……はい。
そう、でした。
ジャカウも、私の為に……」
「思い出したのなら、己が分を果たせ。
障害は、僕(やつがれ)がすべて駆逐してやる」
言って、リュウガは剣を抜いた。
発した言葉に偽りはないと、態度と結果で示して見せる。
それに応えたのは言葉ではなく、闇の力を持つ暗い響きだった。
呪言を唱えるハクビの目に、もう迷いの色はない。
我が子と認めた存在を失ってなお、挫けぬ想いの強さと恐ろしさが、そこにある。
改めて、アルルゥは戦慄を覚えた。
久しぶりの声が近づいてきたとき、身を束縛していた力が消えていることにも気づかなかった。
「アルルゥ、無事かっ」
「アルルゥ様」
「……トラ、ニコちん……」
見知った二人は、心配に目を見開いていた。
息の切れた声は強張り、不安に震えている。
伝わってくる心からの想いに、ようやく少しだけ落ちつきをとり戻した。
「うん……
へーき」
空ろな声で応え、なんとか無事を伝える。
だが、自らの内で湧き上がる想いに混乱し、なにをすべきかわからない。
それでも、事態は動き続けていた。
その一端は、前にした兄弟から。
「……ニコルコ。
アルルゥを任せるぞ」
「ハイ。
この命に代えましても、ハイ」
腰の刀を抜きながら、タイガは前へ進んでいった。
鋭いまなざしを向ける先には、ハクビへの言葉を成就せんと立ち塞がるリュウガがいる。
「あ……」
離れていく彼の背中に、アルルゥはなにかを言いかけて、声を詰まらせた。
止めたいのか、頼りたいのか、
望んでいるのか、奪いたいのか。
それが、一体なんなのかもわからず。
結局、なにもすることができなかった。