うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・28~ 闇の宮・兄弟

 

 広がった混乱は束の間の沈黙を経て、今や混戦へと様相を変えていた。

 戦場では双刃と剛剣が唸りを上げ、法術が遠慮なくきらめいている。

 群れを成す黒衣の集団は、半ばが互いに斬りあっていた。

 またぞろカミュが妙な術でも使ったのだろう。

 それを気にする風でもなく、いまだ争い続けているのは、場に満ちた狂気の成せる業か。

 気にはかかる。

 だが、そちらへ意識を向けている余裕はなかった。

 兄上との対峙を果たしている今は。

「リュウガ、兄……」

「タイガ……」

 相変わらずの圧倒的な剣気。

 滝壺での修練すら生ぬるく感じるほどの威は、他者の介入を許さない。

 向き合う某(それがし)たちの周囲に、邪魔を考える者はいなかった。

 動けば斬れる場の中に、居るのはただ二人のみ。

 刃のまなざしを浴びながら、某(それがし)は萎縮しようとする体の怯えを、ひたすらにこらえ続けていた。 

「僕(やつがれ)の言葉が聞こえていなかったようだな。

 言ったはずだ。

 追ってくれば、次こそ殺すと」

「っ……」

 答えようとして唾を飲む。

 リュウガ兄の言葉には、一切の虚偽がない。

 本気の想いは刃に重なり、すぐにも某(それがし)へと落とされるだろう。

 言葉にしたのは、せめてもの慈悲か。

 だとすれば、余計な気遣いというものだ。

「……それは、

 兄上の勘違いです」

「ほう?」

「某(それがし)はただ、

 アルルゥの身を案じ、駆けつけただけ。

 この出会いは、その過程に過ぎません」

「ほう……」

 リュウガ兄を捜し出し、その愚行をとどまらせる。

 それが某(それがし)の旅の動機であり、今でも変わらぬ理由である。

 だが、それより上に置く目的が出来たのだ。

 この対峙は途中の経過に過ぎない。

 某(それがし)の道は兄上の跡ではなく、自ら定め、決めたもの。

 そう、障害となるならば、すべてこの剣で斬り拓いてみせる。

「ですが、兄上の言葉は重々承知の上。

 無論、覚悟は出来ております」

 静かに剣を構え直した。

 それ以上語ることはない。

 当然、対するリュウガ兄も、同様に。

 ――そう、思っていたのだが。

 予想に違い、言葉が飛んできた。

 幼き頃を思い出させる、少しだけ穏やかな声で。

「……なるほど。

 お前も、自らの主を見出したか」

 それがいかなる感情からなのか、極度の緊張で判然としない。

 ただ、返す言葉は決まっていた。

 どのような状況であれ、リュウガ兄に対して、本心以外は返せない。

「いえ、残念ながら、それはまだ。

 ですが、ふさわしい方の生き様は知りました。

 この目にしかと焼きついております」

「そうか。

 どうやら、斬るに足る漢(おとこ)にはなったようだな」

 答えは、満足のいくものだったらしい。

 珍しい饒舌の後、リュウガ兄は剣を上段に構えた。

 発散していた剣気の威が、その刃に集束する。

「せめてもの手向(たむ)けだ。

 一撃を持って終わらせてやろう」

「……どうぞ。

 できる、ものならば――」

 対し、某(それがし)は下に構えた。

 

 緊張と脱力を釣り合わせ、可能な限り芯を落とす。

 鋭すぎる互いの視線が、交わる宙に火花を散らした。

 張りつめていく緊張に、まず音が死んでいく。

 次いで、他のすべての存在が。

 リュウガ兄と某(それがし)の他、刃の間にはなにもない。

 光すら許されぬ場にあって、高まる力だけが目に映る。

 あるいは、心のまなざしに。

 襲いかかる圧倒的な剣気の中、確かに捉える、一筋の閃き。

 

 次の瞬間、前触れもなく落とされた漆黒の剣閃を、

 某(それがし)は、円弧の軌跡で叩き逸らした。

 

 落とされた切先が地を砕く。

 穿(うが)たれた大穴を横に、リュウガ兄の顔を間近に見た。

 色の一つも変えぬまま、それでもその面に、小さな驚きが浮かぶ。

「ほぅ……」

「らしく、ありませんね、兄上。

 実の弟だからと、手心を加えるなど」

 荒げた息で言いながら、距離を取り直す。

 腕の痺れをこらえながら、次の攻撃を警戒して。

 だが、続けての斬撃は落ちてこなかった。

 切先を地に埋めたまま、リュウガ兄はじっとその場に佇(たたず)んでいるばかり。

「嬉しいぞ、タイガ。

 泣いてばかりいたあの軟弱者が、

 よくぞここまで成長した」

 細い面には久しく見る、喜びの微笑が浮いていた。

「リュウガ、兄……?」

 思わずの呼びかけに答えはなく、懐かしい表情もまた一瞬のこと。

「お前が、僕(やつがれ)の本気を

 相手にできる日が来るとは、なっ」

「っ……!?」

 わずかに跳ねた言葉と共に、剣気はさらに重さを増した。

 刃を一度鞘に収め、それはますます鋭利を宿す。

 空に浮かぶ月すら斬り落としかねぬほど。

 初めて目(ま)の当たりにする、リュウガ兄の本気の姿だった。

「う、く……」

 嵐の海に放りこまれたような無力感を覚えながら、それでも某(それがし)は鞘に剣を戻した。

 全身全霊の一撃以外、耐えられる道はない。

 それとて、本当に凌げるかは疑わしいが。

「行くぞ。

 覚悟はいいな?」

「む、無論っ。

 いざ、尋常に!」

 無情な死の宣告に、それでも精一杯の気で答える。

 ――そこから始まった死合の最中、某(それがし)は他のすべてを忘却していた。

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