うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「……そうか。
地獄(ディネボクシリ)の現界というのは、
ムックルを依代(よりしろ)にして……」
「皆の話を総合するとそういうことらしい。
その力は身を持って味わった通りだが、
お前はあまり覚えていないようだな」
白湯を飲み、身を温めながら、某(それがし)はリネリォ殿から事の顛末(てんまつ)を聞いていた。
恥ずかしながら、リュウガ兄の本気と向き合った後の記憶がほとんどなかったからだ。
荒海に飲まれたような剣撃の渦の中、人ならざるモノと共に斬られていた感触はわずかに残っているのだが……
某(それがし)には、『地獄(ディネボクシリ)』とやらの猛威も感じている余裕はなかった。
だが、その威力は、一段落した今でも振り返り知ることができる。
渓谷の底にわだかまっていた白い霧は、崩落した黒き宮から吐き出される煙にかき乱されているからだ。
闇のような黒煙と、人肉の焼ける悪臭に。
『地獄(ディネボクシリ)』の力によって蘇った骸人(むくろびと)たちは、切り刻み、磨り潰し、焼き尽くすことで、ようやくその動きを止めたという。
破壊に関しては他の追随を許さぬであろう『ティティカルオゥル』の面々が、疲労困憊(ひろうこんぱい)して倒れこんでいるのだ。
亡者共のおぞましさ、推して知るべしといったところか。
役に立てなかった身としては、街に戻ったら労(ねぎら)いの鍋でも振る舞ってやらねばなるまい。
「それに関する話は後でたっぷり検討するとして。
どうする、こいつは」
もう一人の役立たずの処分を定めてからの話になるが。
テルテォの不機嫌に、とり囲む皆が同意を示す。
ニコルコはその中心で、膝を折り、神妙に座りついていた。
前には、目を平めたアルルゥが押し黙っている。
「俺としては斬首を求める。
割腹などコヤツには上等に過ぎるわ」
「介錯ならば某(それがし)が受けもっても構わないが」
「ぬるいですわ。
手足を切り落として放置してもよいのではなくて?」
「カ、カリリン、おっかないよ……」
「わたしを裏切ったのですわよ?
剣など使わず引き千切ってやってもよいぐらいですわ」
容赦のない声を聞きながらも、アルルゥはまったく動かない。
ニコルコのしでかしてきた悪行に関しては、すべてを語って聞かせた。
始めは信じようとしなかったそれらの言葉も、本人の口から語られては、受け入れざるを得なかったのだろう。
静かな黒い瞳は、某(それがし)たちの誰よりも慈悲の無い色に見えた。
針のムシロめいた座の中心で、ニコルコは不動のままに非難を受け止めている。
「せ、せめて、オンカミヤムカイで
きちんとした裁きにかけましょうよ。
それがウィツァルネミテアの御意思というものです」
「イエ、イエ。ムティ様。
お心遣いには感謝いたしますが、
そのような面倒は不要にございます、ハイ」
「ニコルコさん……」
示されたわずかな気づかいすら丁寧に退けて。
「ワタクシなどのために
お国の手間を取らせるのは無駄というもの。
罪を贖(あがな)えと言われても、
出来ることなどタカが知れております。
いっそ潰えた方が
世のため人のためになりましょう。
ならば、できることならばみなさんの手で……」
覚悟はできているようだ。
表情はむしろ晴れ晴れとすらしている。
アルルゥを前にして、疲れた笑みはそれでも明るい。
やるべきことはやったのだと、悔いのない想いが見てとれる。
だがアルルゥは、そんな安穏を認めはしなかった。
「……ダメ。
そんなの、ゆるさない」
「アルルゥ様……」
渡された無情な言葉に、ニコルコがにわかに気を落とす。
次の声までの一瞬だけ。
「ムックルにもあやまらなきゃダメ。
悪いことしたときは、
迷惑かけたみんなにあやまる。
そうしないと、ゆるしてあげない」
「え?」
「いくら家族でも、ゆるしてあげない」
「アルルゥ、様……」
態度はあくまでそっけなく、言葉も同じように平たいまま。
怒りの残るアルルゥのまなざしには、しかし、独特のぬくもりが戻っている。
それは、久しく見る日常の温かさで、
某(それがし)は思わず力を抜いていた。
「まあ、
アルルゥがそう言うんじゃしょうがない」
「タイガ様……」
「しかたありませんわね。
今日は引き千切り疲れましたし」
「だが、しかし……
うぬぅ、命拾いしたな」
「よかったですね、ニコルコさん」
「でも、もうやっちゃダメだからね?」
「カリン様、みなさん……
本当に、そんな……?」
当たり前の関係を望む気持ちは、皆も同じだったのだろう。
放心するニコルコの肩に、軽く手を置いたリネリォ殿も、また。
「リネリォ様……」
「これが団の結論だ。
ティティカもそう望んでいるだろう。
二度と同じ過ちをくり返すなよ」
「……ハイ、ハイ……
ありがとうございます。
本当に、本当に……」
涙をこぼすニコルコを囲みながら、場には脱力の雰囲気が広がっていった。
しばらく忘れていた温かさだ。
陰鬱な光景を背にしながら、感じる繋がりはそれより強く、確かな温もりを与えてくれる。
そうなれば、より調子に乗るのもいつものことで。
「でも、
ムックルはゆるしてくれないかもしれない」
「それはそうだ。
あいつは根に持つ奴だからな」
「あー、うん、そうだねぇ」
「エ、エ?」
「ああ、それはよいな。
奴の牙なら極刑には相応しかろう」
「効果は試してありますものね。
あれならわたしも納得ですわ」
テルテォとカリンの口元は、えもいわれぬ凶悪さに歪んでいた。
ネグネウロを喰い殺した様でも思い出しているのだろう。
顔を青ざめさせるニコルコも同様に。
「そ、そんな。
さすがに、あれはちょっと……」
「それは、しかたありませんよね。
がんばってくださいっ」
「うむ。
覚悟はしておけ」
「はーうぅぅー」
ムティ殿とリネリォ殿の声にも、以前と同じかそれ以上の軽さが含まれていて、
広がる笑いは今日もまた、疲れた心を癒してくれた。