うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第五幕・1~ 地獄・現状

 

『ギシイイイイイイイ!』

 咆哮と共に、六つの閃きが落ちてくる。

「フっ、ハっ、ツァ!」

 上下左右、四方八方から襲いくる爪撃のことごとくを、某(それがし)は苦もなく受けさばいた。

 相手が六本腕の大猿(オンキマゥ)とはいえ、瀑布(ばくふ)のごときリュウガ兄の剣撃に比べれば、その威は清流で水を浴びているようなものだ。

 それでも油断せず、終わらぬ爪の雨を緊張のまま弾き散らす。

 どの道、長くは続かなかった。

 某(それがし)に血眼(ちまなこ)を向けた大猿(オンキマゥ)は、背後から迫る二つの脅威に気づいていない。

「ハアアアアアアアア!」

「フッ!」

『ギシャアアアア!?』

 カリンの渾身とリネリォ殿の疾駆が、同時に大猿(オンキマゥ)の腕を二本ずつ断ち落とした。

 悲鳴と血潮を撒き散らしながら、残る左右の手が止まる。

 その隙を待っていた。

「破ッ!」

『ギブゥ!!』

 踏みこみ振り上げた斬撃が、大猿(オンキマゥ)の中心を叩き崩す。

 落ちくぼんだ顎と鼻、潰れた首と太い喉は、それ以上の絶叫を響かせることなく、

「ふぬうううん!」

『ボアっっっっっっっっ!!』

 続くテルテォの一撃に断末魔ごと両断された。

 

 

 

 白霧の渓谷の底の底、黒の宮から抜け出した某(それがし)たちは、バンジジェジュでの詳細を報告し、新たなに生まれた脅威を伝えるため、まずはトゥスクルへと帰還した。

 体を休める暇もとらず、足早に帰路を駆け抜けたのだが、どうやら急ぐ必要はなかったらしい。

 到着したトゥスクルで、戦の混乱はすでに収まりつつあったからだ。

 

『地獄(ディネボクシリ)』はすでに、それ以上の混沌をもたらしていた。

 

 村に、街に、都に、戦場に。

 時を問わず、場を問わず、漆黒の巨獣はその姿を現していた。

 なにか意味があるわけではない。

『地獄(ディネボクシリ)』は戯れに爪を振るい、牙を突き立て、命を弄(もてあそ)んだ挙句、咆哮を上げて消えていくのだという。

 後にさらなる地獄(ディネボクシリ)、蘇る死者の群れを残して。

 

 骸人(むくろびと)に対し、国々は兵をもって対抗した。

 だが、いかなる呪いの成せる業か、歪(いびつ)な命に喰われた者は新たな歪となって、亡者の群れに取りこまれてしまうのだという。

 死者の群れに怯える兵は、本来の力を発揮することも叶わず、新たな死人に変えられていった。

 

 拡大する被害に追い討ちをかけるように、脅威はさらに数を増した。

『地獄(ディネボクシリ)』の力は、自身が手がけた死者のみならず、古き者どもをも蘇らせてたのだ。

 

 すなわち、古代の鬼人魔獣の類(たぐい)をも。

 

 人智を超えた彼らの力は尽きぬ食欲の赴(おもむ)くまま、骸人(むくろびと)以上の脅威となって人里を襲い続けていた。

 軍をもってすら抗いきれぬその猛威に、列国はますます混迷を深めるばかり。

 

 そんな現状はトゥスクルも変わりがなく。

 乞われるがまま、むしろ自ら望みでて、『ティティカルオゥル』はその対応に奔走を続けていた。

 

 

 

「あの程度の相手にグズグズと剣を合わせおって。

 もっと手際よくできんのか、貴様は」

「あれだって元は森の主(ムティカパ)の一つだぞ。

 そう簡単に討てれば苦労はしない」

「そんな大層なものか。

 俺の一撃で粉砕したではないか」

「某(それがし)や皆の助けがあったからだろう。

 そんな事もわからんのか、この筋肉バカっ」

「な、なんだと貴様っ」

「やるかっ」

「やらいでかっ」

 城に帰還した早々、先の戦いに関する反省を拳で語りあう某(それがし)とテルテォに、関心を向ける者は誰もいなかった。

 日常となった光景を横に、皆疲れた顔で座りこんでいる。

「あきませんわねえ。毎日毎日」

「これだけ戦ってれば、

 そりゃ手際もよくなるよね」

「『地獄(ディネボクシリ)』とやらの力も

 増しているようだな。

 幸か不幸か、少しは数を減らしているようだが」

「だんだんと西へと進んでいるようです、ハイ。

 このままでは、どこまで被害が広がることか……」

「ムックル……」

 疲れも溜まっているのだろう。

 さすがの三人娘にも翳りが深い。

 情勢を見るリネリォ殿やニコルコに、故郷を憂うムティ殿も同じように眉をひそめている。

「トゥスクルの西と言えば……

 姫さま、オンカミヤムカイは大丈夫でしょうか……?」

「それは……大丈夫だよ。

 お姉様もいるんだ、し……

 あれ?」

「どうかしましたか?」

「う、ん……

 そうか、もしかして……」

「し、失礼します!」

 なにかを思いついたらしいカミュの言葉は、飛びこんできた伝令兵の挙動に遮られた。

 諦めたように息を吐きながら、リネリォ殿が槍を握る。

「やれやれ。またか?」

「は、はいっ。

 エプカラの街が鬼人の襲撃により壊滅したとっ」

「一息つく暇もなしか。

 テルテォ、いつまで遊んでいる。

 行くぞ」

「ハ、ハイっ」

「トラも。

 はやくこないとおいてく」

「ま、まて。

 ええと、某(それがし)の刀は――」

 急な要請もいつものこと。

 慣れたあわただしさを引きながら、『ティティカルオゥル』は新たな戦へと向かっていった。

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