うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
基礎しか残っていない土の壁。
燃えて砕けた家の跡。
その下に埋もれた、人であったモノ。
「さて、これからどうするか、な」
「ええ……」
荒涼とした瓦礫の原に、交わす言葉がむなしく響く。
折れた柱に背を預けたまま、某(それがし)は呆然と荒れた街を眺めていた。
死にゆく鬼人の亡骸を。
地を割るほどの激闘の果て。
鬼人の腕折り脚を断ち、腹を貫き頭を叩き割ることで、某(それがし)たちは辛うじて勝利を拾っていた。
急所痛覚を持たぬ骸人(むくろびと)に対しては、その躯(からだ)を根こそぎ砕かなければ、止めることはできない。
否応もなく費やしてしまった時の流れに、空もすっかり黄昏に染まってしまった。
当然、追うべき姿はもういない。
全力を使い果たした虚脱、目的を見失った無力感のまま、某(それがし)たちは意味のない推測を並べながら、しばしの休息にひたっている次第。
「けっきょく、なんだったのでしょうね、
あの人たちの目的は」
「さあ、な。
今までの行動は『怨(オン)』を集めるため、
つまりは『地獄(ディネボクシリ)』を
蘇らせるためだったのだろう。
だが、すでに復活を果たした以上、
そのために動いているとは思えん。
だからといって、鬼人魔獣の類(たぐい)を
倒さねばならん理由もわからんが」
リネリォ殿が、鋭いまなざしで一人を射抜く。
「ニコルコ。
お前、まだなにか隠しているのではなかろうな?」
「と、とんでもない。
ワタクシも、ハクビ様に
地獄(ディネボクシリ)復活以上の望みがあるとは
聞かされていませんです、ハイ。
だって、そうでしょう?
世界を終わらせる力以上に、
なにを求めるというのです?」
「それは、まあ、そうだな……。
力以上のなにか、か?」
「……おとーさん」
空回りする議論の中、割り入ってきたうつろな声は、膝を抱えたアルルゥのもの。
皆の手当てを終えた後は押し黙っていたのだが、その一言には少しだけ力が戻っていた。
「そういえば、妙なことを言っていましたわね。
父様がどうのと」
「あれは、彼女の父親のことではないのか?
確かに話していたのはアルルゥだが、
ハクオロ皇との繋がりなど……
ああ、あの仮面はハクオロ皇のものだったな。
しかし、それが一体なんだというの――」
「あのぅ、姫さま?
大丈夫、ですか……?」
浮かんできた疑問に考えを巡らす力もない。
ムティ殿の声の先には、カミュがいた。
陰鬱な場に一人立ち、何かをつぶやきながら小さく体を揺らしている。
先の戦いでは尋常ならざる力をもって鬼の体を滅し尽くしていた。
もしや、その反動のようなものでも出たのだろうか。
思わず近づき、様子をみる。
「どうしたんだ、カミュ。
さっきの戦いでどこか……
って、お前、その、瞳は……」
覗きこんだ瞳は常の美しい青ではなく、紅玉(ティ・カゥン)の輝きを放っていた。
同時に広がる、闇の力。
「くっ?」
「な、なんだ?」
闇は青き燐光に形を変え、カミュを中心に渦を巻きはじめた。
水より重く風より速い力が、周囲の瓦礫を吹き飛ばしていく。
あまりに突然の変化に対し、身を引く以上の対応がとれない。
「お、おい、カミュっ?」
「カミュ、ちー?」
「な、なんですの?」
弥増(いやま)す力に、思わず剣を握ってしまう。
しかし、なにを斬ればいい?
迷いの中できることといえば、せいぜいが近づこうとするアルルゥを背に庇う程度。
カミュの身を案じてみても、それ以上の行動にでられない。
歯噛みするような想いは周囲も同じようで、皆一様に動けずにいる。
無力を嘆く葛藤は、しかし、長くは続かなかった。
竜巻にも似た闇の力は、ほんの一瞬でかき消えてしまう。
散り去っていく青の中、カミュは変わらぬ姿のまま、静かにその場に佇(たたず)んでいた。
「ん……ふぅ」
「……カミュ?」
「カミュちー? だいじょうぶ?」
「ん?
うん、大丈夫。
ちょっと、ムツミと話をしてただけだから」
心配の声に笑みを向けるその瞳は、青玉(ワゥ・カゥン)の輝きをとり戻していた。
「ムツミ? 話?
お前、一体なにを……」
「んー、ごめん。
まだカミュにもよくわからないの。
でも、きっと間違ってないと思う」
その声にあるのは、奇妙な確信。
そして、理由の知れぬ切なげな哀しさ。
「アルちゃん、行こ。
おじ様のところへ」
「おとーさんの、ところ?」
「うん。
オンカミヤムカイの大封印(オン・リィヤーク)に。
あの人も、きっとそこにいるよ」
なぜだろう。
誘(いざな)いの手を伸ばすカミュの笑みは、涙を堪(こら)えているように見えた。