うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
戦による混乱に重ね、人外異形の猛威にさらされた結果だろう。
カミュの言葉に従って歩みを進めた道中の光景は、凄惨極まるものだった。
通り過ぎる村や町は、エプカラ以上の打撃を受け、もはや瓦礫以外に痕跡を残していない。
それは関や砦ですら変わらず、今では防衛の跡も空しい廃墟は、行く先に対する不安を自然と増す。
焦る気持ちを進む力に変え、辿りついたオンカミヤムカイの都は、しかし、以外にも、最後に見た時となんら変わっていなかった。
大門も、街壁も、一歩を踏み入れた街並みも、何一つとして、だ。
あまりに変わりのない様に、不安はむしろ恐怖となる。
日常の街並みは日常のまま、ただ倒れ伏した人々だけが通りにいた。
都には、動く者もまたいなかった。
「これ、は……」
「アルルゥ様の予感は
正しかったようだな」
死んでいるわけではない。
都の人々はただ昏睡しているだけだった。
アルルゥの処方した抗毒薬を服していなければ、街に足を踏みいれた所で、いや、都の姿を目にした時点で、某(それがし)たちも同じ路を辿っていただろう。
覚えのある虚脱の感覚は、トパコの砦で味わったものと同じ、ケスパゥの香によるものだった。
「この香、都中を覆っているのか」
「どうやらそのようです、ハイ。
煙壁という防衛法は聞いたことがありますが、
失敗、したのでしょうか?」
「いや、これは明らかに、
街の内部に向けての攻撃だ。
中心の方が濃度が高い」
「しかし誰が、なんのために」
「それは、恐らく――」
「おねーちゃん……」
某(それがし)が脳裏に浮かべた人物を、アルルゥが先につぶやいていた。
覚悟はしていたのだろう。
瞳をわずかに揺らしながらも唇を強く噛んだ姿は、想いの深さを感じさせる。
静寂に満ちた街の様に耐えきれなかったのは、当国の姫の方だった。
「お姉様……
お姉様はっ」
「姫さまっ?
お待ちください」
カミュはムティ殿の制止も聞かずに走りだしていた。
都の奥に鎮座する白き城にへと、文字通り飛ぶような勢いで。
あわてて後を追いながら、否応もなく静けさに満ちた街を見る。
活気と喧騒に満ちていた下の町が、今はまるで墓場のようだった。
日常の姿のまま倒れ伏し、身動ぎの一つもしない人々の様が、本物の死よりも恐ろしいものに感じられる。
永久(とこしえ)に変わらぬと伝えられる常世(コトゥアハムル)が、酷く近くにあるようだった。
思いは通りを先へと進むほどに強くなる。
境の関や上の街には、より深い澱みがわだかまっていた。
あろうことか、その中心までも。
「城までもか……」
いや、むしろ、澱みはその城からあふれだしているようだった。
考えてみれば当然かもしれない。
不意を突かれでもしなければ、こうもたやすくオンカミヤムカイが陥落することはなかったはずだ。
昏睡の様相は城の内も変わらない。
某(それがし)たちは咎(とが)められることもなく、城を奥へと突き進んだ。
カミュの羽ばたきを目印に、迷いのないその後を追う。
辿りついた謁見の間に、ウルトリィ様は、確かに居た。
皇(オゥルォ)の座に深くもたれ、まどろむように目を閉ざした姿ではあったが。
「お姉様!?」
「ウルトリィ様までも……
アルルゥ」
「んっ」
泣きつこうとするカミュを押しとめる。
アルルゥは束の間で手早く処方を済ませた。
「……ぅ、ん……」
待つ間は一時。
ほどなく、ウルトリィ様の口からは、小さなうめきがこぼれた。
うっすらと開いたうつろな瞳が、さまようように宙を見る。
「お姉様!」
「まだ、あんまり動かしちゃダメ」
「あ、う、うん」
「……ぅ、カ、ミュ。
……アルルゥ、様?」
「お姉様っ」
「ああ、カミュ……。
よかった、無事だったのですね……」
くり返される呼びかけに、少しずつ力をとり戻していく。
アルルゥの手を借りながらも、ウルトリィ様はしっかりと身を起こした。
ひとまず胸を撫でおろすが、息をついている暇はない。
はやる思いを抑えたまま、某(それがし)はゆっくりと核心を問いかけた。
「ウルトリィ様。
一体、なにが」
「おねーちゃんは、どこ?」
「タイガ様、アルルゥ様……
ええ、確かに、エルルゥ様が。
それに、ハクオロ様の面(おもて)の女性も……」
答えもまたゆっくりと、自らの言葉を確かめるような静かさで返された。
予想していたとはいえ、隣のアルルゥと同じく息を飲んでしまう。
「やっぱり、おねーちゃんが……」
「……はい。
エルルゥ様の御心は、深い想いに捉われていました。
純粋な、しかし、邪(よこしま)な想いに……」
苦しげな言葉を重ねながら、ウルトリィ様の表情はかげりを深めている。
募る想いは、悲壮な覚悟か。
「あの方たちを止めなければなりません。
決して、ハクオロ様に近づけては……っ」
「お姉様っ」
だが、立ち上がろうとした足は進む意思に従いきれず、もつれその身を傾けさせる。
幸い転倒には至らなかった。
かたわらの大きな笑顔が、姉の身をしっかりと支えていたから。
「カミュ……」
「大丈夫。カミュが行くよ」
「ですが、貴女は」
「心配しないで。
みんなも、一緒だもん」
振り返ったカミュはその笑みを、見守る某(それがし)たちへと向けた。
当然のうなずきを返す。
確かめるまでもなく、他の皆も同じだ。
微笑みは、自然とウルトリィ様にも広がっていた。
「……そう、ですね。
みなさんに託します。
カミュ、開封の呪は覚えていますね?」
「はい」
緊張のこもったまなざしに、返す言葉も真剣に。
託された言葉以上の確かな想いに、カミュは強い意思をもって応える。
一つうなずき、ウルトリィ様は某(それがし)たちへと目を向けた。
もはや空ろな色ではない、慈愛と威信に満ちた瞳を。
「貴方がたに祝福を。
『大神の眠りし地(オンカミヤムカイ)』をお守り下さい」
強い信頼のこめられたその言葉は、調停者の長たる賢大僧正(オルヤンクル)のものだった。