うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
闇の奥は今までの通路とは一転した、剥きだしの岩が連なる自然の道だった。
満ちる気配もまた一変している。
わだかまっていた死の匂いは失せ消え、代わり、濃密な生にあふれていた。
聖と邪を併せ持った気高き皇(オゥルォ)を思わせる、そんな命の昂ぶりだ。
アルルゥは険しい足場をものともせず、その気配を求めてひた走っていた。
追う某(それがし)たちを引き離そうとでも言わんばかりだ。
「アルルゥ、少し待てっ。
先にどんな罠が仕掛けられているかも
知れないんだぞ」
「…………」
声をかけても振り返りすらしない。
一心不乱というよりは何かに憑かれたように、ただ前へと進んでいく。
「ったく、あいつは」
「……トラちゃん」
不安げな声は隣から。
並んで走るカミュは、進むほどに表情の影を深めていた。
「どうした?
まさか、本当になにか憑いているのか?」
「ううん。あの、ね、
ムックルのこと、なんだけど……」
憂いのまなざしは、先行くアルルゥに向けられている。
彼女の焦燥を感じているのか、揺れる胸を押えながら吐き出す言葉は、耐え難い苦痛を思わせるもので、
「……あの人の言葉は正しいの。
今のムックルは『地獄(ディネボクシリ)』の末端。
身体(からだ)は依代(よりしろ)として残っているけど、
心は……」
最後は、堪える涙に消えていた。
……薄々、気がついてはいた。
おぼろげな記憶の中、黒く身を染めたムックルは、地獄(ディネボクシリ)の名に相応しい力を揮っていた。
獰猛さは森の主(ムティカパ)の本質から離れたものではない。
理性の奥に潜む圧倒的な野生もまた、ムックルの個性であったから。
しかし、あの黒い獣は違う。
例え本能のままに猛っていようと、母の切なる呼びかけに応える気配も見せぬなど、ムックルにはあり得ぬことだ。
その魂は、すでに――
「……それでも、
アルルゥが諦めていない以上、
某(それがし)も諦めはしない。
これ以上、戦友(とも)を失うわけには
いかないからな」
それに、大事な家族もだ。
アルルゥが護ると決めたものを護ると、某(それがし)は誓ったのだから。
「……無理はしないで。
アルちゃんも、きっと、本当は……」
「ならばこそ、なおのこと」
その思いは、カミュに対しても変わらない。
友のための傷ならば、彼女はすでに負っている。
それ以上は、某(それがし)が担おう。
苦しみも、悲しみも、
恨みも、非難もすべて。
「その時は……
『地獄(ディネボクシリ)』は、
某(それがし)が斬る」
刀の重みを確かめながら、静かな覚悟と決意を固める。
前を行くアルルゥの小さな背と、その目指すものを見て。
向かう先の崖下には、渦巻く光が溢れていた。