うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
場所を都に移しても、日々の営みが変わるわけではない。
己を鍛える努めはなおさらだ。
某(それがし)は日課の早朝修練を終え、根城としている宿へと帰ってきた。
ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ……
「ん?」
部屋へと戻る途中、妙な音に気がついた。
石をすり合わせるような音は、隣のアルルゥたちの間から聞こえてくる。
「アルルゥ、なにやって――」
断りを入れて戸を開けると、座りこんだアルルゥが、上体を前後に揺らしていた。
舟のような器の中で、軸のついた円い石を転がしていた。
言葉を返すこともなく、ただ黙々と、真剣に。
座の周りには、乾燥した草や木の実が並べられていた。
手に取り、品を見定めながら、すり潰しては混ぜ合わせていく。
ゆるやかながらも手馴れた様は、長い年月の熟練を感じさせた。
正直、意外な一面だ。
「たいしたものだな」
「お?」
思わず漏らしたつぶやきに、アルルゥが尾を立てて振り返った。
よほど驚いたのか、薬を擂(す)る所作を止めたまま動かない。
「と、すまない。邪魔したか?」
「……別に」
だが、一言かけると、何事もなかったかのように方薬を再開した。
動作仕草に澱みはなく、本当に気にはしていないようだ。
目に障るかとも思ったが、感心の方が強かったので、遠慮なく見学させてもらうことにする。
「ずいぶん手際がいいな。
姉上殿に仕込まれたのか」
「ん。でもまだ全然、
おねーちゃんみたいにうまくできない」
「そうなのか。
姉上殿はとんでもなく腕が立つんだな」
「うん」
「しかし、アルルゥだって負けてないと思うぞ」
「んむぅ?」
声を落としたアルルゥが、少しだけ目を見張る。
つぶらな瞳をキョトンとさせ、不思議そうに某(それがし)を見やって。
「見事な手際じゃないか。
某(それがし)が今まで見てきた薬師たちよりも
はるかに的確だ。
いや、方薬の知識があるわけではないが、
なんというか、まなざしが違う」
「それは……おねーちゃんも、
おばーちゃんも言ってたから……
薬は少しの加減だけで、
ヒトの生き死にに関わるから、
真面目にやらなきゃダメって」
「なるほど。当然のことではあるが、
初心こそが要という点では
剣にも通じるものがあるな。
常にその意識を働かせていられる者は
なかなかいないだろう。
やはり大したものだ」
「うー、そんなこと、ない……」
言葉こそそっけないが、ほんのりと頬が赤くなっていた。
照れている、のだろうか?
ゆるやかだった動きがほんの少しだけ早くなり、あわてたように方薬を進めていく。
指先で量っていた薬草を鷲掴みにし、木の実を山のように擂(す)り潰す。
「お、おい、アルルゥ?」
「ん」
そして完成した粘液を、椀に一杯さしだしてきた。
「な、なんだ?」
「疲れをとるクスリ。あげる」
「それは、ありがたい、
のだが……」
手渡された濃い緑色の液体から、思わず顔を背けてしまった。
鼻を突くようなその悪臭に、死体置き場を思い出す。
「す、すごい匂いだが、
もう少し、その、
飲みやすくならないか?」
「うー?
んー……」
アルルゥはしばし小首を傾げた後、小さな壷から一匙の蜜を流しこんだ。
金色の滑らかな液体は、蜂蜜、か?
「はい」
「はい、って……」
再び渡された椀からは、きれいに匂いが消えていた。
消えていたが、これは、飲めるものなのだろうか?
深い緑の色は消え、毒々しい紫色へと変わっていた。
時おり浮かぶ小さな泡が、少したまっては爆ぜて消える。
「な、なあ、アルルゥ。
これ、本当に大丈夫――」
苦笑を混ぜた問いかけに、答えはまなざしで返されていた。
期待に輝く円(つぶ)らな瞳。
そこに、日ごろの悪戯めいた色はない。
ただ純粋に某(それがし)のためを考えて作ってくれたのだろう。
そんな想いを、無碍には出来ないではないか……
意を決し、覚悟を決めて、一息に飲み下す。
「ぐふぅ!?
おおおぉぉぉ……」
むせび、吹きそうになりながら、無理やり胃へと流しこんだ。
ドロドロとした粘液は、体の内でも存在を主張する。
その味たるや、足が指の先から消えていくかと思うほど。
全身を小さく痙攣させながら、辛うじて繋ぎとめた意識の片隅に、低い声が聞こえてくる。
「アルルゥのクスリ、ダメ?」
肩を落としたアルルゥの声には元気がなく、わかりやすく気落ちしているのが知れた。
なんとか背筋をまっすぐ伸ばす。
白くなる意識を自覚しながら、なにか大事なものを消費して。
「い、いや、なんだか、効いてきたぞ。
うん、だんだん、気分がよくなってきた。
はは、あはははは……」
「ほんと?
よかった」
久しぶりにアルルゥの笑顔が見れたのだから、まあいいだろう。
「他のもある。
これは力が強くなる薬で、
こっちは目がよくなる薬。
空を飛べる気分になれる薬も――」
……限界というものは見極めなければならないが。
「そ、そろそろ朝食の時間だなっ。
準備しなければ。
薬、ありがとうな。
また後でっ」
「うー?」
感覚のない足をどうにか動かし、慌てて部屋から離れた。
考えもせずに奥への戸を開け、隠れるように急いで閉める。
そして、深い溜息を一つ。
「あ、あんなのを立て続けに飲んだら、
どうなることや、ら……?」
吐き出しかけた安堵の声が、惨状を前に止まる。
我らが団長がつっぷしていた。
「……ティティカ殿、もしや」
「あ、あぁ、タイガ……。
いや、アルルゥが胃薬作ったっていうから
貰ったんだけどね……」
倒れ伏した姿のまま小刻みに痙攣をくり返している。
気の毒だとは思ったが、道連れがいたことに少しだけホっともしていたり。
もっとも、不幸というものが一つでは終わらないことを、某(それがし)はよく知っている。
「トラー、ティティカおねーちゃん。
新しいクスリ、できたー」
さらなる危機は無邪気な声で、すぐ後ろにまで迫っていた……。