うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
大神(オンカミ)の復活を目の当たりにしてから、早五日。
アルルゥの活躍によってケスパゥの眠りから醒めたオンカミヤムカイは、ようやくの日常を取り戻しつつあった。
突然の昏睡や、そこからの回帰による混乱も、麗しき賢大僧正(オルヤンクル)の尽力により、速やかに収束した。
いや、平穏は、オンカミヤムカイに限った話ではない。
呼び戻された國師(ヨモル)の報告によれば、各地各国の混乱もまた、急速に収まりつつあるという。
『地獄(ディネボクシリ)』の消滅と共に、骸人(むくろびと)の爆発的な増加は止まり、時間はかけながらも確実に駆逐されていったからだ。
それは、人では抗(あらが)うに困難な鬼人魔獣の類(たぐい)も、同様に。
「――突如として現れる白き巨人に
喰い潰されているそうです。
民は禍々しくも雄々しいその姿を、
大神(オンカミ)ウィツァルネミテアの使いであると
祈りを捧げておりますが」
「そうですか……」
謁見の間でムント殿の報を聞きながら、ウルトリィ様は表情を曇らせていた。
想いは某(それがし)も同じ。
事の真相を知る者にとって、その解釈は正すことも認める事もできぬものであったから。
横から、複雑な雰囲気を気にもしない涼しげな声が、説明を加えてきた。
「おそらく、『怨(オン)』を喰らい
傷を癒しているのでしょう。
大神(オンカミ)とはいえ、復活した彼の身は
骸人(むくろびと)と変わりません。
鬼人魔獣を喰らった方が
人々を襲うよりも
容易に大きな力を得られますから」
捕らえられた罪人の身であり、賢大僧正(オルヤンクル)の前に引き立てられながらも、ハクビは自然な佇(たたず)まいを崩さなかった。
高貴すらまとった振る舞いには非の欠片も感じられず、ともすると事態の張本人である事を忘れてしまいそうになる。
そんな想いは、周囲に控えるオンカミヤリューの法僧はおろか、長年の研鑽を積んでいるムント殿にすら同様に見受けられた。
「なるほど。
そのような理由で動いているのであれば、
このまま巨人に任せておけば
やがてすべての骸は喰らわれ、
世は平穏を取り戻すのではないでしょうか?」
語りかける言葉には、ウルトリィ様に対するものと変わらない敬意がこめられていた。
だが、ハクビはそれすらも気に留めない。
声はただ淡々と、配慮も遠慮もない答えを続けていくばかり。
「そうかもしれません。
力が戻り傷が癒えれば、
大神(オンカミ)はいずれまた眠りにつくでしょう。
崇高な意思を取り戻すこともなく、
ただ破壊する神として、ですが」
「やめて!」
静粛に響く静かな声を、子供じみたカミュの叫びが妨げた。
黒翼の皇女が、威信を示す場である事も忘れて敵意を剥く。
青玉(ワゥ・カゥン)を思わせる瞳には、わずかに朱の色が混ざっていた。
「お父様を、おじ様をそんな風に言わないでっ」
「お、おい、カミュ」
「カミュちー」
そのまま立ち去るカミュの後を、アルルゥが慌てて追いかけていった。
某(それがし)も続きかけたが、辛うじて踏みとどまる。
仮にも公(おおやけ)の場にあって、賢大僧正(オルヤンクル)の前から中座するわけにもいかない。
なにより。
カミュに激昂を向けられて、なお表情を崩さぬハクビの様が、ひどく哀れなものに見えたから。
どうしても、そのままにしておくことはできなかった。