うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
荘厳麗美な上の街も、渾然雑多な下の町も、オンカミヤムカイの都は日々活気を取り戻していた。
常よりも広く門戸を開いた市は、以前よりも遥かに騒がしい。
通りを形作る数々の店も、行商や農夫が広げる露店も、扱われる品々も、ますます混沌と化していた。
日用雑貨から青果食材、薬毒から武具刀剣に至るまでまるで仕切りがなく、買い出し一つにしても一苦労させられる。
そんな中で、見知った顔を見つけた。
我が団の誇る怪しき商人の姿だ。
相も変わらず得体の知れぬものを広げながら、しかし、今日はあまりそちらには力を入れていなかった。
目と口と手足はむしろ、隣の露店のために動いている。
収穫した作物を売りにでも来たのであろう農夫の少女を横に置き、巧みな話術は道行く人々を目につく端から引き止めていた。
一際の人だかりは笑いに沸き、積まれた作物は見る間にその山を消していった。
引き換えに、受ける籠(かご)には貨幣の鳴らす小気味よい音が重なっていく。
売るものがなくなった後、驚く少女を横に置いたニコルコは、とても満足そうな笑みを浮かべていた。
荷をかたした少女は、感謝の言葉と満面の笑みを残し、去っていった。
見送るニコルコは、ただ手を振り返しているばかり。
「今日はまっとうな仕事をしているんだな」
「オヤオヤ、これはタイガ様。
夕食の買出しですか?」
「まあ、そんなところだ。
お前の方は、順調そうだな」
「ハイ?
エエ、エエ……」
某(それがし)の問いに、ニコルコは笑みで応えた。
胡散臭いばかりでなく、どこか憂いを含んだ笑みだ。
まだ、かつての行いから吹っ切れていないのだろう。
もっとも、そう簡単に忘れられては困る。
罪を償うためには、その重さを自覚し続けていることが必要なのだから。
だが、心配はなさそうだ。
町を見るニコルコのまなざしから、以前の疚(やま)しさは消えていた。
「ワタクシ、
今まで色々と怪しげなものを
扱って参りました。
飲み食いに関するものから衣服装飾、
武器や薬毒まで幅広く。
珍獣奇獣はもちろんの事、
必要とあらば人の命まで。
すべてはこの世を終わらせるためと、
それだけを望んで……。
商売はその手段でしかなく、
話術技術はそのための
道具でしかありませんでした」
本来ならばニコルコの身柄は、オンカミヤムカイに引き渡してしかるべきだ。
いかに改心の態度を見せているとはいえ、過去の罪が消えるわけではない。
ウィツァルネミテアの裁きの下、相応の罰を賜(たまわ)るのが筋であろう。
しかし、それは理屈の話でしかない。
罪を大きさだけで断ずることなど、家族と認めた者に対してできようか。
確かに、義には反するだろう。
だが、某(それがし)はエヴェンクルガである事よりも、『ティティカルオゥル』の一人である事を選択したのだ。
ニコルコの罪を伏せ、営む日常をもって贖(あがな)わせると。
その責任を取る覚悟は決めた。
万が一ニコルコが再び悪事に走るようなら、首を落とすのに躊躇いはない。
もちろん、自らも腹を割らねばなるまいが。
「でも今、
ありきたりな品を
普通に売り買いしているこのやりとりが、
たまらなく楽しいんですよ。
まったく、おかしなものですね」
その覚悟も、今はまったくの杞憂に思える。
「……おかしい事などないだろう。
お前は、ありきたりの商人なのだから」
「……そう、ですね。ハイ」
はにかんだ笑みはこれまでのものとは違う、ぎこちなくも自然なものだった。
「ちょいといいかね」
「ハイハイ。
なんでございましょう、お客様」
「この品はなにかね?
初めて見る品なのだが」
「さすがお客様、お目が高い。
こちらは千年生きたと云われる
亀の肝から練丹された秘薬でして、
一服すれば滋養強壮、
二つ含めば精力絶倫、
三つ服せばそれはもう――」
足を止めた客を相手に弁説をふるうニコルコを場に残し、某(それがし)は買い出しを再開した。