うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・7~ 夢路・従者

 

「ん?」

 城の中を歩いていると、前から騒がしい気配が近づいてきた。

 どこか懐かしい光景は、今までと少しだけ違う。

「ムティ殿。

 はりきっていますね」

「タイガ様、おはようございます。

 ええ、ぼくはやりますよっ」

 答える声も意気揚々。

 頬を膨らませたカミュの手を引くムティ殿は、いつも以上に元気だった。

「うー。

 トラちゃん、助けてよー。

 ムティがなんか変なんだよー」

「変ではありませんっ。

 ぼくは目覚めたんです。

 今までは、姫さまに対して甘すぎました。

 これからはお爺様同様、

 ビシビシいきますからね」

「えええー」

 カミュの不平にもビクともしない。

 捕らえて放さぬその様は、小さな身丈を大きく見せた。

 秘めた決意がそう思わせるのだろう。

 どこか気弱を滲ませていた先日までとは、雲泥の差だ。

「ど、どうされたのですか?

 ずいぶんと気合が入っていますが」

「タイガ様。

 ぼくは今まで、自分に自信をもてずにいました。

 オンカミヤリューの、皇家の方々に仕える者が、

 本当にぼくみたいな未熟者でよいのか。

 知識も経験も足りぬ若輩の身で、

 本当に姫さまのお役に立てるのかと」

「ムティ殿……」

 小さな身が抱えていた悩みへの共感に、知らず声が小さくなる。

 同じ理由から主(あるじ)を定められぬ某(それがし)にとって、他人事ではなかった。

 ムティ殿の場合、その主がカミュなのだ。

 掛かる不安は並みのものではないだろう。

 だが。

「ですが、ようやく気がついたんです。

 いえ、ティティカ様に

 気づかせていただきました。

 ぼくはぼくでしかない。

 背伸びせず、

 自分に出来る限りの事をするしかないんだと」

 続く言葉は、その重さに負けない力強いものだった。

 単純にして明快ながら、それは疑いようもない真実で、積み上げていくべき礎(いしずえ)だ。

 確かに感じる強い決意は、某(それがし)への鼓舞のようで、自然と嬉しさがこみあげてきた。

「おお……

 そう、その通りですとも、ムティ殿。

 日々の研鑽と努力だけが

 明日への道を拓くのです」

「はいっ。

 やりますよ、ぼくは。

 付き人としての務めをまっとうし、

 必ずや姫さまに賢大僧正(オルヤンクル)にも負けぬような

 立派な方になっていただきますっ」

「頼もしい。

 カミュ、ムティ殿の覚悟の程は見ただろう。

 観念して勉学に……

 あれ?」

「はい?

 って、あああ!?」

 熱い思いを向けた先、硬く握られたムティ殿の手の中には、その主であるカミュがいた。

 

 ぐにゃりと垂れた、抜け殻のような姿のモノだったが。

 

 それは、某(それがし)たちの動きに合わせ、膨らみ始める。

「な、な、なあ?」

「なんだ、これっ。

 法術、か?」

 いや、これはもう呪術と呼ぶべきだろう。

 瞬時にして丸く膨れたカミュの人形は、通路いっぱいに広がり、爆ぜた。

「のわっ」

「あははー。

 ひっかかったひっかかったー」

「ひ、姫さまー!」

 驚いている暇もなく、遠くから聞こえてきたカミュの声と足音を追い、ムティ殿は駆け出していた。

 それは見慣れた光景で、戻ってきた平穏を思わせて。

 覚悟が現実に追いつくにはまだ時間がかかりそうだと思いながら、某(それがし)はいつの間にか笑みを浮かべていた。

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