うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・8~ 夢路・切磋

 

「ぬうううううううう!!」

 大気を震わす咆哮と共に、双刃の槍が唸りを上げる。

 テルテォのくり出す斬撃は嵐と化し、某(それがし)を飲みこんだ。

 それは、修練の域を越えた全身全霊の打ちこみ。

 向けられた本気の殺意に、刃で応えぬ道理はない。

「――フっ――」

 吐いた呼気に合わせて抜刀し、襲い来る最初の一刃に重ね、落とす。

 掬い上げるような第二刃、逆方向からの第三刃、続く無数の刃も、同様に捌き落とした。

 すべてを刻む嵐の中で、刃の結界を張り巡らせる。

 刀と槍が重なるたび、火花が弾け、耳を突いた。

 力と技、威力と速度、そのすべてが異なりながらも、拮抗している。

 わずかにでも押された方が、即座に死を迎えるだろう。

 かつて味わったいかなる状況とも違う緊張は、同時に、喜悦にも似た高揚をもたらしてくる。

 加速していく世界の中、某(それがし)はただひたすらに弧を刻んだ。

 圧しかかる力に屈さぬよう、一際の集中を研ぎ澄ます。

 想いはテルテォも同じなのだろう。

 嵐の向こうに見据えるまなざしに、そんな感慨を瞬間覚えた。

 あくまで、ほんの一瞬だけだ。

「おおおおおおおおおおおおお!!」

「ぬ、くっ――」

 猛る気勢に、槍の威力がさらに増す。

 軌跡を読み合わせることが、次第に難しくなってきた。

 忘我の淵で首の皮一枚とはいえ、リュウガ兄の剣すら凌ぎきった某(それがし)の守りを、テルテォは――

 認めた瞬間、決断していた。

 正面からの斬りこみに対し、受け流しの刃を途中で止める。

「おおお!?」

「ぐぅっ!」

 受け、押され、一歩さがった場で体を沈め、返す力で深く踏みこむ。

 刹那で見出した必死の軌跡に、風断つ剣を撃ちこんだ。

 身を軋ませながらの一刀は、完全な虚からの一撃。

 例え鬼人魔獣とて、この剣閃からは逃れられまい。

 

 だというのに、テルテォはその予測をも上回ってみせた。

 

「ぬおおおおおお!!」

 渾身の振り下ろし、命をこめた力任せを、風の刃に叩きこむことで。

「っ!?」

 互いに揮った力の軌跡が、刃と刃の狭間で止まる。

 火花が咲き、雷が散った。

 不思議と音はない。

 事は、それよりも速く進んでいく。

「くっ?」

「おおお!?」

 次の瞬間、潰された力は盛大に爆ぜ、某(それがし)とテルテォの両方を弾き飛ばした。

「ずっ、だっ?

 くっ、そぉ!」

 二度、三度と地を転がって、かろうじて勢いを殺す。

 身を起こして見た先では、テルテォが同じように立ち上がっていた。

 まなざしは、まだ終わりでないと語っている。

 望むところだ。

 刀の重さを確かめながら手にさらなる力をこめ、貫く視線を鏃(やじり)に変えた。

 体はさながら張りつめた弓だ。

 動きは、対するテルテォも同じ。

 地に立ち構えるその姿からは、大筒を前にした時のような威圧を感じた。

 いや、身を圧してくるその力は、砲を遥かに超えているだろう。

 なぜか、高揚が止まらない。

 一歩、一歩、また一歩。

 近づくほどに高まっていく殺意は純粋で、むしろ心が洗われる。

 血や力に対する渇望とはまるで異なる悦びは、ただ戦うことに対するものか。

 間合いが重なる瞬間まで、某(それがし)は至福の中にいた。

 

「そこまでだ」

 

 それが妨げられるまで。

 張りつめた緊張を、リネリォ殿はただの一声で両断した。

 冷水のような静かな声に、半端に冷まされた心が苛立ちを覚える。

「リ、リネリォ殿?」

「姉上っ、なにを――」

「なにを、ではないだろう。

 たかが訓練で本気の殺し合いをするな」

「う……」

「ぐ……」

 そう言われては、返す言葉がなかった。

 確かに、修練で命を落としてはなんの意味もない。

 だが、互いに高めあうという意味では、真剣な仕合は多大な収穫があったとも思う。

 荒い息をつきながら、自然と不機嫌そうなテルテォと視線を合わせていた。

「……少しは腕を、

 上げたつもりだろうが、

 調子に乗るなよ」

「な、なに?」

「貴様の行き着く先など

 たかが知れている。

 容易く俺を抜けると思うな」

 語り口も変わらない。

 命を懸けた勝負の後でも喧嘩腰は相変わらず、むしろ興奮冷めやらぬよう。

 だが、それは某(それがし)とて同じ。

「……ふん。

 減らず口を。

 某(それがし)はお前など始めから越えていただろうが」

「なんだと?

 貴様、どこまで節穴だ、その目は」

「ふ、節穴だと?」

「はん、自覚がないとは救いがたい」

「貴、様……」

 交わす言葉に熱が戻る。

 某(それがし)が持ち上げた刃に応じ、テルテォも槍を上げた。

 互いに収まりがつかぬのであれば、決着を着けるに異存はあるまい。

 いざ、と始めようとした第二戦は、

 しかし、横からの手に引かれ、叶わなかった。

「な?」

「いい勝負でしたわ。

 続きはわたしとやりましょう」

「カ、カリン?」

 観戦していた者の戦意と腕力に遮られて。

 某(それがし)を見上げるカリンの目には、戦いへの期待が満ち満ちていた。

 それは、リネリォ殿にも、また。

「うむ、

 確かに心を奮わせるものではあったな。

 よかろう。

 テルテォ、お前の相手は私がしてやる」

「あ、姉上?

 い、いえ、そのような気遣いは――」

「遠慮などするな。

 私もしない」

「久しぶりに本気でいきますわよ」

 楽しげに語る二人を前に、顔の強張りを自覚する。

 ふと目を合わせたテルテォは、諦めと絶望がないまぜとなった表情を浮かべていた。

 きっと某(それがし)も似たような顔をしているのだろう。

「だいじょうぶ」

 そんな某(それがし)たちに、後ろからアルルゥが声をかけてきた。

 茶を啜りながらの力強い言葉に、思わず抱いた希望の光は、

「薬いっぱいある。

 安心して怪我してくる」

 誇らしげな一言で、あっさり輝きを失った。

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