うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・9~ 夢路・決議

 

「人々が活力を取り戻したのはよいのですが、

 下の町の混然たる様には

 より拍車がかかっております。

 よからぬ考えを抱く者が悪しき慣習を持ちこみ、

 オンカミヤムカイに相応しからぬ行いを

 横行させているとも。

 やはり、入都の制限を

 もう少し厳しくしなければなりますまい」

「いや、秩序の回復が先でしょう。

 今のまま放置しておけば、

 いずれは上の街にも悪習が及びましょう。

 そのようなことになれば、

 我らの調停者としての威厳も

 地に落ちかねませんぞ」

「そうは言われますがな、堅護将(オルサナル)。

 それを行う兵がおらぬでしょう。

 落ちつきはじめたとはいえ、

 世にはいまだ骸人(むくろびと)や

 鬼人魔獣による被害が絶えておりません。

 我らが法術士を用いなければ

 かろうじての防衛もままならぬ有様なのでしょう?」

「そ、それは、

 その通りですが……」

「例え今から入る者を制限しても、

 すでに居る者を取り締まるのは難しいでしょう。

 むしろ、戸籍の整備を優先させるべきです」

 侃々諤々(かんかんがくがく)たる議の中で、ハクビの意見は一際の冷静により、場の関心を惹いていた。

 合議の間に集まった高官の中にありながら、背筋を伸ばして座する姿に、臆する様子は欠片もない。

 優れた政客然とした様は見ていても清々しく、某(それがし)は彼女の後ろに控えながら、少し誇らしげな気分を味わっていた。

「戸籍を、下の町にもですか?

 しかしそれは、莫大な費用を要しますぞ?」

「返る利益を考えれば、微々たるものでしょう。

 効果は人民の整理のみに留まりません。

 税の徴収から所在の把握、

 犯罪の抑止や捕縛の手段としても有効です」

「な、なるほど」

「国が発する復旧業務への参加に

 戸籍の登録を義務とすれば、

 労力もそれほど多くはならないでしょう。

 条項を簡潔に整えれば

 形式は早急に定まると思います」

「ふむ……」

「なかなか、悪くはないのでは?」

「我々には思いつかぬ着想ですな。

 流石は大神(オンカミ)の血に連なる者と、

 あ、いや……」

「現実的に可能かどうかは

 吟味せねばなりませんな。

 しかし……」

 交わされる意見は賛否両論。

 ハクビの言葉をきっかけに、議論はますます熱を高めていく。

 佇(たたず)まいが過去の行いを感じさせないためか、あるいはその出自が故か。

 ハクビは、オンカミヤムカイの長老連や高僧の方々に、思いのほか好意的に受け入れられていた。

 はじめは出頭を命じられていたものが、いつの間にか政(まつりごと)への意見を求められる立場になっている。

 歴史を裏から見つめてきたという知識や手腕は、確かに効率のよいものであるようだ。

 特にムント殿はお気に召したようで、事実上の後見役すら務めて下さっている。

「一考の余地はありますな。

 戸籍が確立されれば、

 新たに流れ来る民に対しても、

 より的確な対応も取れるでしょうし。

 いかがですかな、賢大僧正(オルヤンクル)」

「え、ええ。

 そうですね……」

 そんな熱の入った議の場の中でただ一人、ウルトリィ様だけは一連のやりとりに、表情をわずかながら曇らせていた。

 決して不快というわけではない。

 その不安げなまなざしは、むしろハクビを案じているように見える。

「ハクビさん。

 その後、お加減はいかがですか?」

「はい。

 特に問題はありません。

 タイガさんにもよくして頂いておりますし、

『ティティカルオゥル』の皆様からも、特には」

「そう、ですか……」

 ハクビの返す言葉に澱みはない。

 いや、静かにすぎる返事からは、感情自体が感じられなかった。

 ウルトリィ様の表情がさらに翳る。

 いまだ起伏の感じられぬハクビの心を憂いているのだろう。

 世の様を目にでもすれば少しは違ってくるのかも知れぬのだが、存在自体を秘しているハクビは、城から出ることを禁じられている。

 当人もその立場に納得していた。

「ハクビ様も、ここでの生活が気に入られたご様子。

 いかがでしょう賢大僧正(オルヤンクル)。

 このままオンカミヤムカイのため、

 ひいては世のために尽力していただき、

 過去の過ちを償っていただくというのは」

 ムント殿の言葉は、裏表のない素直な気持ちの表れなのだろう。

 過去を清算するだけならば、それは確かに最良の道なのかもしれない。

 このまま生涯封じられたとしても、ハクビは文句の一つも言いはしないはずだ。

 だがそれでは、罪の贖(あがな)いにはならないのではなかろうか。

 同じ想いを、ウルトリィ様も抱いたらしい。

「いえ。

 彼女にはもっと必要な罰があります。

 タイガ様」

「はい」

「『ティティカルオゥル』の皆さんにお願い致します。

 ハクビさんを、

 トゥスクルへお送りしてください」

 その決断は潔く、厳しく、そして、慈しみに満ちたものだった。

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