うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・19~ アルルゥといっしょ・酒宴

 

 今日も今日とて雑務を終え、根城の宿に帰ってきた。

「いやー、今日もよく働いたねー」

「ん」

「……旅一座の天幕設置って

 雇兵団(アンクァウラ)の仕事なんですか?」

「さ、今日の夕餉はなにかなー」

「うー、ごはーん」

 某(それがし)のボヤきはいつものように流され、すみやかに夕餉の時となった。

 呼ばれた数人の給仕たちが、つつがなく膳を並べていく。

 それほど程度の高い宿ではないが、食事の質にはアルルゥも満足しているようだ。

「でも、トラのつくったゴハンの方がおいしい」

 ……別に、嬉しくなどない。

 おかわりを盛り、酌をしながら、某(それがし)も食事を進めた。

 己のことは己で行うのがエヴェンクルガの美徳なのだが、なぜだかすっかり給仕の役を務めるようになってしまった。

 まったく、慣れとは恐ろしい。

 ティティカ殿は機嫌よく、足された酒を飲み干していた。

「んー、労働の後の一杯は格別だね」

「お酒、おいしい?」

「美味いよお。アルルゥも一杯やるかい?」

「お止めください、ティティカ殿。

 子供に飲ませるようなものではないでしょう」

「むー。アルルゥ、子供じゃない」

「そう言って背伸びしているうちは子供なんだ。

 大体、酒なんて飲んだって

 ロクなことにはならないんだからな」

「おや、ロクなことにならなかったのかい?」

「う……そ、そもそも、

 酒精が入っているというだけで、

 飲み物としての味が変わるわけではないでしょう。

 思考を麻痺させ、集中を乱し、

 人格の品位を落とすようなものを

 好んで飲むような必要性はまったく

 ……って、おい!」

 某(それがし)の言葉を聞きもせず、アルルゥは差し出された盃を傾けていた。

 制止する間もない。

 気がついたとき、小さな盃はきれいに飲み干されていた。

「おー。いい飲みっぷりじゃないか」

「お、おい、アルルゥ」

 盃を上に向けたまま、アルルゥはしばらく動かなかった。

 まるで石にでもなってしまったかのよう。

 ガチャタラが心配そうに首の周りを走り回るが、やはり動きはまるでない。

 そろそろ心配になってきたころ、ようやく顔が降りてきた。

 夕日のように赤い。

「だい、じょうぶか?」

「むふー」

 とても大丈夫ではなさそうだ。

 アルルゥは赤い顔のまま、やけに楽しげに笑っていた。

 いや、楽しげというよりは嬉しそうに、か。

 思わずドキリとさせられる笑顔のまま、身を案じて近づいた某(それがし)に近づいてくる。

「お、おい?」

「んふぅ、おとーさん」

 そしてなにを思ったのか、いきなり抱きついてきた。

「ア、アルルゥ!?」

「んー、おとーさーん」

 こちらの動揺を完全に無視し、胸へと頬をすり寄せてくる。

 疑う余地の欠片もない酔っ払いだ。

「おおー。いいぞ、そこだ、押し倒せー」

「ティティカ殿! 見てないで助け……!

 こ、ま、まて、アルルゥ!

 某(それがし)はそなたの父上では……!」

「おとーさん、だっこー」

「お、おいぃ!?」

「んー?」

 不意に、アルルゥが顔を上げた。

 赤く染まった頬の上、潤んだ瞳と視線が絡む。

 いつもは丸い大きな目が、今は少しだけ気だるげに細められていた。

 そこにあるのは少女の純粋さと、女の色香を合わせた色で、

 混乱した頭の中、思わぬ衝動が湧き上がる。

「ア、アルルゥ。お、俺は……」

 どもりながらの呼びかけに、瞳はゆっくりと閉じられた。

 力を抜いた表情は、まるでなにかを待っているかのようで、

 知らず、彼女の肩を支えていた。

 そのままゆっくりと近づけていく。

 顔と顔。唇と、唇を。

 距離が近づくに従い、体は硬くなっていった。

 異常なほど熱が上がる。

 鼓動の音がやけにうるさいが、気にしている余裕もない。

 意識するのは、薄い桃色に色づいた唇。

 蕾が紡ぐ小さな吐息。

「んー……」

「……?」

 わずかに覗く白い並びから、漏れ聞こえてくるその意思には、

「……アル、ルゥ?」

「……くー、すー、ぐー……」

 夢の中へと落ちていく、軽やかな響きが含まれていた。

「……寝てる」

 それはもう、緊張しているのがバカバカしくなるほど健やかに。

「ったく、こっちの気も知らないで……」

 気づいた途端、肩が抜けるほどの脱力に襲われた。

 同時に、背筋が凍りつくほどの緊張にも。

「残念。あとちょっとだったのに」

「ティ、ティティカ殿?」

 当然といえば当然ながら、真横にはティティカ殿がいた。

 赤ら顔に浮かべているのは、妖艶にして古狐めいた、邪(よこしま)を感じさせる笑み。

「俺は、なんだったのかなぁ?」

「い、いや! それは、その、

 なんというか……!」

「いいんだよぉ、言い訳しなくても。

 わかるわかる。

 アルルゥ、かわいいもんねぇ」

「ぐ……だ、だから……」

「……後でアルルゥに教えてあげなきゃねぇ」

「そ、それだけは!?」

「ぬっふっふっふーん」

 うろたえる某(それがし)を見ながら、ティティカ殿は楽しげに盃を傾けるばかりだった。

 要求らしい要求もせず、ただひたすらに面白がるだけで、だからこそどこまでもタチが悪い。

 

 ……やはり酒など、ロクなことにはならないものだ。

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