うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・11~ 夢路・罪罰

 

 到着したトゥスクルの人々は、『ティティカルオゥル』の再訪を快く迎えてくれた。

 救国の英雄、とまで呼ばれるのはいささか面映(おもはゆ)くもあったが、向けられる敬意の念は心地よいもので、街からはそれだけの活力も感じられた。

 都のみならず、地方領の活性も視野に入れ、新たな人材を積極的に登用する政策を執ったためだという。

 人々を迎えるため、そして、新たな商売の機会のため、都の人々は率先して街の再生に着手していた。

 今や、大火の傷跡はほとんど見られない。

 東の大国はその名に恥じぬ復興を、いや、革新を進めている。

 

 ベナウィ殿との謁見を待つまでの間、某(それがし)はその苦労に思いを馳せていた。

 はしゃぐクーヤの楽しげな笑みと、困惑するハクビの様を眺めながら。

「むー、ふー、うー。

 おろー」

「え、ええと、あの……」

「おーろー、おろー」

 相手の惑いを気にもせず、クーヤはハクビにまとわりついていた。

 出会いの瞬間から目を輝かせ、周囲の動揺も気にせずに、だ。

 今では皆諦めているが、当人だけはどうにも慣れないらしい。

 突き放すこともできず気を乱しているその様は、今までにない人間臭さに満ちていた。

「しかし、なぜクーヤはあんなに

 ハクビを気に入っているのだろう?」

「きっと、面影が似ておられるからですよ」

 ふとこぼした独白に、思わぬ答えが返ってきた。

 同じものを眺めているサクヤ殿が、どこか懐かしむような笑みを浮かべている。

「似ている?」

「はい。

 本当に、ハクオロ様にそっくりです」

 前トゥスクル皇の名を告げながら、瞳にはうっすらと涙が浮いていた。

 アルルゥの父上であるという人物を、某(それがし)は直接知らない。

 だが、その印象は確かなようだ。

 アルルゥ曰(いわ)く、匂いが似ている、ということらしい。

 嫌いがりながらもハクビから離れようとしないのは、そんな理由もあるのだろう。

 時にはカミュやカリンも交え、素直でない争奪戦まで行っていた。

 自らを取り巻くここ数日の奇妙な雰囲気に、それでも対応しようとしているのか。

 子供のように寄り添ってくるクーヤに対し、ハクビはぎこちないながらも小さな笑みを返す。

 それは人形のものではない、生を感じさせる笑みだった。

「みなさん、お待たせしやした。

 大将がようやく合議から抜けだしてきやしたので、

 どうぞこちらへ」

「はい」

 そんな感慨も束の間のこと。

 現れたクロウ殿の促す声に、某(それがし)たちは腰を上げた。

「さあ、行くぞ」

「あの……」

「ん?」

「この子は、どうしましょう。

 放してくれないのですが」

「おーろー」

 だが、ハクビの困ったような声が、向かう勢いに水を差した。

 正確には、その手を握り続けているクーヤの存在が。

「クーヤ……。

 ちょっと待っていろ」

「やー」

「クーヤ様。

 ハクビさんは大事な御用があるのです。

 遊ぶのはまた後にしましょう、ね?」

「やーぁー。おろ、いっしょー」

「クーヤさん……」

 駄々をこねるクーヤに対し、ハクビは複雑な吐息を漏らした。

 よく見れば、重なった手は互いに握りあっている。

 自身の挙動には気がついていないのか。

 ハクビは視線を困惑に揺らしながら、某(それがし)に無言の助けを求めていた。

「いいじゃありやせんか。

 クーヤの嬢ちゃんなら

 大将もうるさくは言わんでしょう。

 あれで子煩悩なところがある人ですからねぇ」

 結局、クロウ殿の意見に従って、ベナウィ殿の待つ謁見の間にはクーヤ同伴で向かうことになった。

 

 トゥスクルの大老(タゥロ)は、相も変らぬ鋭利な雰囲気をまとったまま、座上から疲れた声を発していた。

「お待たせしました。

 政務がなかなか終わりませんで」

「とんでもない。

 こちらこそ、お手間を取らせてしまい

 申し訳ございません」

「いえ。

 本来ならば来訪されたその日に

 ゆっくりと語り合いたかったのですが」

 槍のように鋭い視線は、ただハクビだけを捉えている。

 すべてを彼女の口から語らせようと、詳しい事情は伏せたままでいたのだが、ベナウィ殿の洞察を前にしては、意味のない配慮であったらしい。

 国を立て直す激務の中、逆に余計な負担を強いていたようだ。

 語る言葉とまなざしには、すべてを見通すような重さが秘められていた。

「ウルトリィ様からの書状は

 拝見させて頂きました。

 貴女が今の騒乱の元凶であると。

 間違いはありませんか?」

「はい。

 確かに、私の目的の為に

 撒き広げた混乱に相違ありません」

「その目的とは?」

「……大神(オンカミ)ウィツァルネミテアを、

 お父様を殺すことです」

 ざわ、と周囲にどよめきが走る。

 さすがに選ばれたトゥスクルの臣で、それ以上に動揺が広がることはなかったが、それでも、漣(さざなみ)のような揺れはなかなか消えない。

「……なるほど。

 我が皇(オゥルォ)の血に連なる者、

 という事ですか」

 ただ一人、ベナウィ殿だけが、変わらぬ冷静でハクビを捉え続けていた。

 射竦めるまなざしで、心の底まで覗きこむように。

 対するハクビも、また変わらない。

 受ける瞳は不動のまま、人形のようだったあの時の冷たさを宿している。 

「賢大僧正(オルヤンクル)は

 トゥスクルに私の身柄を委(ゆだ)ねられました。

 事の始めより覚悟はできております。

 どうぞ、如何様(いかよう)にでもお裁き下さい」

「……その目的が潰えても、

 後悔はないようですね。

 貴女は、自らが重ねた罪の重さを

 理解していないようだ」

「そのような事は。

 数多の命を犠牲にしてきた私が

 許されざる存在である事は

 重々理解しております」

「いいえ。

 貴女はまるで理解していない」

 冷たかったベナウィ殿の声が、一瞬だけ熱を孕む。

 白熱した鉄塊を思わせる熱さに、冷静を崩さなかったハクビが、瞬間言葉を失った。

「それは、どういう……」

「貴女の罪の重さとは、

 犠牲にしてきた命そのものの重さ。

 他者の目から見れば塵芥(ちりあくた)に等しくも、

 関わる者にとっては世界のすべてより

 はるかに価値あるものなのです。

 

 本当に理解しているのですか?

 今、貴女が手を握っている存在の重さを」

 

 直前の熱を感じさせない極北の風よりも冷たい言葉に、ハクビの表情が激しく揺れた。

 わずかに見開かれた目が、隣の少女へと向けられる。

 クーヤは束の間不思議そうな表情を浮かべていたが、すぐに元の笑みをとり戻した。

 その笑みの、なんと無邪気なことか。

「この子の、存在の……」

「そう。

 貴女が犠牲にしてきた、

 犠牲にしようとした命です。

 巡りあわせが少し違っていれば、

 貴方はその子をも殺していたでしょう」

「っ!」

 緊迫した間の中で、なにかが壊れる音が聞こえたような気がした。

 静寂に勝る無音にして、心を砕ような硬く澄んだ響きだ。

 見守っているだけで、身を切られるような痛みが走る。

 直接受け止めさせられているハクビにとって、それがどれほどのものであるか、想像することすら叶わない。

 構わず、ベナウィ殿は言葉を続けていく。

「その子だけではありません。

 貴女を案じてきた者も、

 守ろうとした者も、

 恨みを抱く者も、

 知りえぬ者も、

 等しく宿している重さです。

 それを奪い去る罪の重さを、

 貴女は本当に理解しているのですか?」

「っ、それ、は……」

 答えはない。

 始めてみせる苦悶の中、ハクビは穿(うが)たれた傷を塞ごうとするように胸を押さえていた。

 事実、確かな痛みを伴っているのだろう。

 ありえぬはずの傷口から溢(あふ)れだす赤い血が見えるようだ。

 ハクビはそのまま上体を崩した。

 糸が切れた人形のように、動きにはまるで力がない。

 慌てて手を伸ばしたが、その身はすでに横から支えられていた。

 

 首を傾(かし)げたクーヤによって。

 

「おろー?」

「ぁ……」

 ハクビの瞳がわずかに光をとり戻す。

 まだひどく揺れてはいたが、確かな意思が見てとれた。

 驚きの表情も、少女には喜ばしいことなのだろう。

 クーヤが笑みを浮かべたとき、場には音が戻っていた。

 トゥスクルの大老(タゥロ)が場を閉める。

「貴女の身柄はトゥスクルが預かります。

 まずは我が皇(オゥルォ)の辿った苦悩とその結果、

 そして、貴女自身が担うべき罪の重さを

 理解していただきましょう。

 罰を望むのはその後になさい」

「……死なせては、頂けないのですか……?」

「逃げることなど許しません。

 罪を贖(あがな)う唯一の方法は死でなく、

 無様に生き抜くことと知りなさい」

 言い放つベナウィ殿の言葉には、一片の躊躇いもない。

「……さすが、名君と名高いベナウィ様ですね。

 なんと慈悲深く、なんと残酷な……」

「それが貴女が父と呼ぶ、ハクオロ皇の意思です。

 ――私もまたその意に従い、

 無様な生き様を曝しているのですから」

 その声には計り知れない罪の重さと、終わることのない罰の厳しさが込められていた。

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