うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・13~ 夢路・蘇生

 

 状況が煩雑でも、いや、煩雑だからこそ、統治する者たちはより懸命に議論を交わす。

 正しき政(まつりごと)の在り方は、ここトゥスクルでも正常に機能していた。

「では、街の問題はそのように、

 勧告と整地を進めなさい。

 次は、骸人(むくろびと)の動向についてですか。

 各地の状況はどうなりました」

「はい。

 チェンマの群れは駆逐されました。

 サン、ナラカでも

 一両日中に決着がつくでしょう」

「油断はなきようにとお伝え下さい。

 決して兵の方々のご遺体は残さぬようにと。

 骸人(むくろびと)は一時動かなくなったとしても、

 周囲のわずかな生を喰らって蘇る可能性があります」

 ベナウィ殿を中心に進む閣議の場に、ハクビはトゥスクルの新たな臣に負けぬ気概で臨んでいた。

 淡々とした言い草は相変わらずだが、オンカミヤムカイにいたころよりも、ほんの少しだけ力強い。

 向かいから答えるクロウ殿は、心なし面白がっているようにも見えた。

「確かに、そのような報告も届いておりやす。

 戦の跡地から這い出てきた骸人(むくろびと)のために

 後退を余儀なくされたというような」

「浄化には清めの炎をお使い下さい。

 最低一日は火を絶やさず

 すべてを焼き尽くせば、

 さしもの骸人(むくろびと)も滅しましょう。

 亡くなられた方々の魂もまた、

 多少なりとも安らかに……」

「なるほど、手配させましょう。

 クロウ、骸人(むくろびと)討伐隊の補給物資に

 油を追加しておきなさい。

 火を放つときには慎重を期すよう

 令に添えるのを忘れぬように」

「へい」

 活発な議に、反対の声はでてこない。

 ただ、若い臣から拭(ぬぐ)えぬ不安は漏れていた。

「しかし、本当に大丈夫ですか、その策は。

 非常に少数ではありますが、

 骸人(むくろびと)を駆逐した場から、

 蘇った者がいるという報告もあるのですが」

「蘇った、者が?

 そんなバカな――」

「いや、まったくありえぬとも言えんだろう。

 あの子の例もあることだしな」

 思わずこぼした某(それがし)の疑問に、隣のリネリォ殿が応える。

 穏やかな目が語るあの子とは、ラクシャインの子供のことだろう。

 預けられたテルテォの苦労している顔が頭をよぎったが、今はにやけている場合ではない。

「ですが、

 あの子は怨石(オゥ・カゥン)という身でもありましたし、

 例とするにはあまりに特殊なのでは――」

「いえ、

 怨石(オゥ・カゥン)の身であったことは関係ありません。

 骸人(むくろびと)の蘇生に影響があるのは、

 取りこんだ相手だけです」

「取りこんだ、相手?」

 懸念にはハクビが応えていた。

 古き知識を語るときだけ、彼女は人形の表情に戻る。

「はい。

 骸人(むくろびと)は無差別に生を喰らいますが、

 魂を呼び戻すには量ではなく

 質こそが要(かなめ)となります。

 生前の、この世(ツァタリル)との強い結びつきが」

「結びつき……」

「絆、と呼んでもよいでしょう。

 親子、兄弟、夫婦、恋人……

 そういった相手を喰らった時、

 骸人(むくろびと)は再びの生を授かると

 伝え聞いております」

「……なるほど。

 あの子は、ラクシャインの身を喰らったが故に、か……」

 ハクビの語りとリネリォ殿のつぶやきに得心した。

 ラクシャインは自らの命をもって、我が子の生を取り戻したのか。

 その末期を、彼は覚悟していたに違いない。

 なんとも凄絶な生き様だ。

 親子の絆とはそこまで強いものなのか。

 しかし……。

「それはつまり、

 自らの最も大切な者を

 犠牲にするということだろう?」

「そう、ですね……」

 人形のようだったハクビの顔に、再びの生気が戻る。

 トゥスクルに至る前には知ることのなかった、他を想う痛みに耐える色。

「なんと残酷な。

 己の命を、最愛の者を喰らって繋いだのだと知れば……

 それこそが地獄(ディネボクシリ)であろうな……」

 その立場を自らに重ねかけ、あまりのおぞましさに考えることを止めていた。

 想像などしたくもない。

 永い渇きと餓えに耐え、ようやく正気を取り戻したとき、

 

 自分が、アルルゥの頸を喰いちぎっていたとしたら……。

 

 頭を振って散らした妄想の残滓が、ふと、閃きに変わった。

 いや、それは、半ば確信に近い衝撃。

「ハクビっ。

 もしや、エルルゥ殿は――!」

「はいっ」

 振り返り見たハクビの表情が、それをより確かにした。

 蒼白になった顔色と驚愕に見開かれた黒い瞳には、某(それがし)が思い描いたものと同じ思考が見てとれる。

「そうです……

 なぜ、気づかなかったのでしょう……

 大神(オンカミ)も、今はまだ骸人(むくろびと)と変わらぬ身。

 ならば、その命を蘇らせるためには……」

「アルルゥ!」

「お、おい、タイガ。

 どうした、急に――」

 リネリォ殿の声より速く、某(それがし)は立ち上がっていた。

 無礼も非礼も場に投げ捨て、心当たりへと走り向かう。

 エルルゥ殿が連れ去った大神(オンカミ)の、

 トゥスクルの皇(オゥルォ)たるハクオロ皇の、

 

 その、愛娘の姿を求めて。

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