うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・14~ 夢路・姉妹

 

 蒼い蒼い夜空の下、城の裏に置かれた森の中。

 聞こえてくるのは虫の声と、遠くに流れる川のせせらぎ。

 他には熱のない微風(そよかぜ)と、揺れる梢の囁(ささや)きだけ。

 人の声は聞こえてこない。

 営みも、ざわめきも、自然に囲まれたこの場所では、遠く離れたものでしかない。

 世界から隔絶された闇に抱かれ、ガチャタラの温もりだけを腕の中に感じながら、アルルゥはじっと上を見上げていた。

 空に浮かぶ白い月を、ただじっと見つめていた。

「おとーさん……」

 丸く、悠然と構えるその様に、アルルゥは父の面影を思いだす。

 姿を、声を、まなざしを。

 そして、もはや返らぬ遠き日々を。

 温もりを思いだすほどに、今の寒さが身に沁みる。

 アルルゥは、ガチャタラを抱く腕の力を強めた。

 自然と、己の半身たる存在を求めてしまう。

「……おねーちゃん」

「なに、アルルゥ?」

 聞こえてきたのは、望んだ声。

 背後に感じる、懐かしい匂い。

 ありえないはずのその気配に、思わず振り返る。

「おねー……ちゃん?」

 そこに、求めた者が立っていた。

 

 最愛の姉エルルゥが、白き鬼面に顔を覆った姿で。

 

「元気だった?

 大きくなったね。

 もう、お姉ちゃんと変わらないな」

 声も、仕草も、まなざしも、確かによく知る姉のもの。

 母のような優しさが、ひだまりのような温もりが、手を伸ばせば届く距離にある。

 こみあげてくる懐かしさに、その胸に跳びこみたい衝動に駆られ、

 しかし、アルルゥは踏みとどまった。

 ここに至るまでの道程と、自身を支えている存在(モノ)の遺志が、幼かった自分を止めさせた。

「……ちがう、

 おねーちゃんじゃ、ない」

「どうしたの?

 わたしはエルルゥよ。

 アルルゥの、たった一人のお姉ちゃんじゃない」

 アルルゥが不審を露(あらわ)にしても、エルルゥは笑みを崩さなかった。

 鬼面ごしでありながらもその表情は柔らかく、湛(たた)えた温もりは昔のまま、変わらぬ優しさでそこに居る。

「アルルゥも、

 ハクオロさんに会いたいでしょう?

 一緒に来て欲しいの。

 ね?」

「……ちがう」

 それでも、アルルゥは気づいていた。

 あの日、共に父を見送った姉とは違う、

 どうしても違う、その心に。

「ちがう、ちがうっ。

 おねーちゃんじゃないっ」

「アルルゥ?」

「あんなの、おとーさんじゃないっ。

 みんなに迷惑かけて、

 ひどいこといっぱいして、

 そんなこと、おとーさんしないっ。

 おねーちゃんだって……

 おまえなんか、おねーちゃんじゃないっ」

「アルルゥ……」

「おねーちゃん、しっかりする。

 その顔にヘンにされてるだけ。

 だから……」

「ううん、そんなことないわ。

 わたしはわたしよ、アルルゥ」

 感情のまま激昂するアルルゥに、エルルゥは優しくほほ笑んだ。

 顔を覆う白い鬼面が、添えられた手によって、ゆっくりと剥がれていく。

 現れたのはよく知る姉の顔。

 少し頼りなさそうな表情も、憂いを含んだ黒い瞳も、痛みを知る小さな心も、なにも変わってはいない。

 父を見送ったあの時と、まったく同じ姿だ。

「え……」

 認めざるを得なかった。

 今までの、そしてこの場にいる姉の想いが、彼女自身の決断なのだと。

「お、ねー、ちゃん……」

 鉄の塊で殴られたような衝撃に、知らず一歩を踏み出していた。

「来て、アルルゥ」

 懐かしい声に誘われるがまま、さらに一歩。

 また一歩。

「一緒に、ハクオロさんを救いましょう」

 差しだされた手の温もりと、優しい笑みに触れた瞬間、

 

 ――アルルゥの意識は、闇に堕ちた。

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