うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・22~ 夢路・乱戦

 

「シャアアアアアアアア!」

 鋭い気勢が走り抜け、腐肉の海に道が刻まれた。

 大気すらをも灼き裂きながら、双剣は宙に燐光を残す。

 振るう腕すら霞ませる剣閃で、飛沫(しぶ)く酸すら斬り散らし、押し寄せる肉の波を真っ向から断ち割る勢いで、オボロは剣を振るっていた。

 神の力を前にして、口元には不敵な笑みを浮かべている。

「ハッ、この程度かっ。

 所詮は紛(まが)い物だな。

 兄者の強さには足元にも及ば――」

「おじさまっ、勝手につっこまないでくださいっ」

 だが、戦の神(スサヌ・カミ)ですら斬り伏せかねないその意気も、少女の放った不機嫌な一声で止められていた。

「ユ、ユズカ。

 いや、しかしだな、

 叩けるうちに叩いておかねば……」

「おじさまが一人で暴れたところで

 どうにかなる状況ではありません。

 いいかげん協調するということを

 覚えてください」

「う、うむ……」

 囲む異常な状況や、迫る危険に対しても、ユズカは平静を乱すことなく、確かな言葉を告げていた。

 戦の場にて指揮を執る姿は、小さくも皇(オゥルォ)の威厳をまとって見える。

「ユズカ様、

 だんだん兄者様に似てきたね」

「ずいぶん張りきってるよね」

 背を合わせて弓を引きながら、双子の顔に笑みが浮く。

 過ぎ去った時を思うように、これからの未来(さき)を楽しむように。

「ドリさんグラさんっ。

 来ますよ。射撃の用意を」

「「はいっ」」

「ユ、ユズカ?

 俺は、なにを――」

「ご自分で考えてくださいっ」

 威勢に困惑、非難に高揚。

 戦で生まれるあらゆる思いを懸命に御しながら、小さな軍を率いる小さな皇(オゥルォ)は小さな領を死守していた。

 

 

 戦いはその隣でも。

「オオオオオオオ!」

「ハアアアアアア!」

 二つ重なる咆哮に、二つの力が放たれる。

 迫りくる赤い血肉の群れを、舞うような剣は微塵に刻み、重い一撃は腐臭ごと爆散させた。

 拓かれたわずかな空白に、しかし、踏みこむ余裕はない。

 生まれ続ける肉塊は、瞬きの間でその隙間を埋めてしまうからだ。

 対する二人に苛立ちと疲弊が浮かぶ。

「ええい、手応えのないっ」

「ホントに。

 飽きてきましたわ」

 文句と不満を吐きながら、トウカとカルラは刃を振るい続けていた。

 焦りを滲ませたその姿に、軽口ほどの余裕はない。

 果ての見えぬ消耗戦、続ければどちらが先に力尽きるかは明らかだ。

 その大元を断たぬことには。

「まったく、

 いつまで遊んでいるのかしら、

 あなたの弟さんは」

「やはり無謀であったか……

 ここは、某(それがし)が」

「大丈夫ですよ、タイガ様ならば」

 交わされた小さなぼやきに答えたものは、包みこむような優しい声と、

 

 赤い世界を二分する白き清浄の光であった。

 

「ぬっ」

「これは……」

 左右に分かれた二人の視線が、放たれた光の帯の、消えていくその跡を見る。

 血肉の海は焼き薙がれ、剥き出しの大地を覗かせていた。

「光の法術か。

 しかし、これほどとは……」

「あいかわらず、

 おいしいところばかりもっていきますわね」

「貴女がたが時を作ってくれたおかげです。

 それに、終わったわけではありません」

 カルラの小さな軽口にも、ウルトリィは油断を返さない。

 穏やかさの中にも強い意思を宿したまなざしは、焼けた地を埋めていく肉塊を悲しげに眺めている。

「タイガ様なら、

 きっと役目を果たしてくださいます。

 私たちは私たちの役割を果たしましょう」

「ううむ、

 ウルトリィ様がそうおっしゃられるのであれば……

 某(それがし)は、どうにも不安でならぬのですが」

「随分と買っていますのね。

 ああいう子が好みですの?」

「そうかもしれないわ。

 少し頼りないところがよいのかも」

 三者三様の態度のまま、力は再び紡がれていく。

 大いなる神の力を前にしても、その在り方は変わらなかった。

 

 

 くり広げられる惨状は、そのやりとりの後ろからも。

「ウラあ!」

 馬上から振るわれたクロウの剣が、血肉の塊を両断した。

 なおも蠢くその肉片をウマ(ウォプタル)の脚で蹴り飛ばし、刃はさらなる敵へと迫る。

 だが、尽きることのない猛威が相手では、トゥスクルの侍大将(オムツィケル)も自身の動くわずかな場を保ち続けることしかできない。

「っ、ええい、

 キリがありやせんぜ、大将」

「そうですね……」

 その背で槍を振るうベナウィの声も、常より暗い。

 果ての見えぬ戦いでは、彼の知略も意味をなくしていた。

 いや、そのまなざしは、冷静に事の枢要を見定めようとしている。

 大神(オンカミ)の源たる白き鬼面と、それをまとった腐肉の人型を。

 自分たちが総力を結すれば、決着は早々につくだろう。

 強行は幾許(いくばく)かの被害を生むかも知れないが、大局を見るならば最小の傷で済む。

 民を統べる者として当然至る選択を思いながら、しかし、ベナウィは動かない。

 見やる先、骸の武人に立ち向かう若き侍のまなざしに、果たすべき願いを見てしまったから。

 彼に、自らが抱くような悔いを残して欲しくはない。

「……もう少しだけ待ってあげましょう。

 クロウ、ふんばりなさい」

「しかたありやせんね。

 ハァっ!」

 思いの丈は刃となり、掛かる火の粉を振り払う。

 世に名を馳せるトゥスクルの守り手たちは、称されるに相応しい力を揮い続けた。

 

 

 押し寄せる赤い血肉の攻めを、タイガもまた受け捌いていた。

「つ、くっ、のっ!」

『リュウガ』への道を塞いだ群れを断ち、突き、払い、打ち砕いて一歩を進む。

 だが、踏み止まるには至らない。

 さらなる猛威に押し返され、後退を余儀なくされる。

 討つべき兄の幻影すら、今は目にも捉えていない。

 心の焦りは剣を鈍らせ、その足をますます後退させる。

「く、そっ……」

「なにを、しているんだ、貴様はっ!」

 だが、心を侵していた焦燥は、

 眼前を埋めていた赤い血肉の壁もろとも、横からの一喝に吹き飛ばされた。 

「なっ……」

「いつまでもグズグズダラダラと。

 貴様、この旅でなにをしていたっ」

「テル、テォがっ?」

 呆然と立つタイガの背を、双刃の槍の柄が弾く。

 容赦のない一撃に、返す言葉は日々の勢いをとり戻していた。

「っ、なにをっ」

「やる気がないならひっこんでいろ。

 貴様などにアルルゥ殿は任せられん」

「ふ、ふざけるなっ!」

 返す言葉は鋭く速く、風をも断つ一刀と共に。

 道を塞ごうとしていた腐肉の群れが、さらに深く分かたれる。

「この程度、足止めにもなるものかっ」

「まあ、当然ですわね」

 それは、落ちてきた剛剣の一撃と、

 天をも焦がす火柱にもよって。

「カリン」

「なんたって、

 壊すことは『ティティカルオゥル』の十八番だもん」

「姫さま、それはあまり自慢になりません」

 砕かれた肉の欠片たちを、法力の炎が焼き払う。

「カミュ、ムティ殿も」

 気がつけば、あれほど厚かった『リュウガ』への道は、壁一枚にまで削がれていた。

 それも影から貫く静かな剣と、旋風めいた刃の舞により、閃きの間に崩れ落ちる。

「この程度ならばワタクシも、

 お手伝いさせていただけます、ハイ」

「露払いは終わったぞ」

「ニコルコ、リネリォ殿……」

 示された道こそが、『ティティカルオゥル』の旅の終点。

 彼等の歩いてきた軌跡の果て。

 先に立つアルルゥの声に導かれ、タイガは自然と一歩を進んだ。

「アルルゥ……」

「ん。

 決着、つけてくる」

「……ああ」

 答えは短く、力強く、もはや振り返ることもない。

 アルルゥの横を通り抜け、タイガは再び対峙した。

 

 怨嗟を振り撒く、兄の姿を模したモノと。

 

「グウウギャウガアアアァァァァァァ……

 ギヒャヒルグォォォォ……」

「リュウガ兄……」

 のたうち叫んでいた腐肉の塊は、次第にその姿勢を正し、呪いの声をより明瞭に発しながら、人の型を整え立っていた。

「グググ……ガガガ……

 ギヒヒヒヒ……ヒヒャハハハハハ!」

 禍々しい音は笑いの声。

 哄笑と呼ぶに相応しい響きは、数多の憎悪の裏返しか。

 やがて、それは一つの意思を持ち、タイガに嘲りの言葉を向けた。

「……ソンナ、モノデ……」

「ぬ?」

「ソンナモノデ、

 ヤツガレニハムカウツモリカ。

 ソンナ、タダノテツノボウキレデ」

 彼我の、明らかな力の差を誇示するように、手にした剣が振り落とされた。

 響く轟音、

 爆ぜる大地。

 舞い上がる土煙が消えたとき、血肉の牙は地を砕き、墓穴めいた闇を穿(うが)っていた。

 その威力は、かつて味わった兄の一撃より、さらに強く、悪しく見える。

「……貴様はやはり、

 兄上などではない」

 だが、タイガに恐れは生まれない。

 むしろその言動に、抱いた確信をさらに深め、一度正眼に構えた剣を改めて引いた。

「確かに銘もなき一振りなれど、

 この刀は某(それがし)の分身だ。

 剣の匠が心血を注いで鍛え、

 日々の修練を越えてきた、

 友の想いの宿る武士(もののふ)の魂そのもの……」

 己の道を確かめながら、一言一句を刻んでいく。

 血と脂に汚れてはいても、掲げた刃に曇りはない。

 それは、研ぎ澄まされたまなざしも同じ。

「某(それがし)がいかに未熟であろうと、

 兄上がその想いを笑うはずがない……

 返してもらうぞ、貴様が愚弄したものを、すべて!」

「ヒハア!」

 響いた一際の嘲笑に、交わされる言葉はもはやなく。

 兄弟の、最後の戦いが始まった。

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