うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第六幕・23~ 夢路・結末

 

 最初に放った一刀は、敢えなく受け止められた。

 火花と血肉が小さく散る。

「ギシ」

「っ」

 刃を合わせてはいられない。

 単純な力比べでは及ぶべくもなく、押し潰されるのは目に見えている。

 わずかに退いた間隙を、『リュウガ』は見逃さなかった。

「ぐっ!?」

「ギシャアアア!」

 叩きつけられる赤い刃。

 手首の返しで辛うじて外すも、即座に次が襲いくる。

 考える間もなく受け捌き、しかし、その度に速さを増し、

 乱雑な剣打は、洗練の欠片もないものの、確かにリュウガ兄の技だった。

「ジャララアアアア!」

「ぐぅぅ、のおおぉぉぉ!」

 圧する剣気に抗(あらが)わんと、某(それがし)もまた気勢を上げた。

 衝撃と轟音を撒き散らしながら、それでも辛うじて場に残る。

 力の差、速さの差、技術の差は明らかだ。

 七度刃を交わす間に、某(それがし)が返せるのは、せいぜい一つ。

 それとて守りを抜くことはできず、『リュウガ』に難なく防がれる。

 それでも、いや、だからこそ。

 

 某(それがし)は決して退かなかった。

 

「フウウウウウッ、グゥゥ!?」

「はあああああああ!」

 七合に一つしか返せぬのなら、その一つにこそすべてを賭けて。

 一刀一刀に全霊をこめ、ただひたすらに刃を振るう。

 目では捉えきれぬ剣閃も、今は追う必要がない。

 体で、心で、魂で。

 某(それがし)は自らのすべてをもって、必死の軌跡を捉えていた。

 握る刃も我が一部。

 いや、今やその間合いの内も。

 遠く及ばぬ力の中で、懸命に見出す七つの一に、魂こめた一撃を放つ。

 それは、『リュウガ』の守りの技を越え、

 

 ついに、初めての傷を与えた。

 

「ヌグウウウ、アアアアア!」

「っ、おおおおおおお!」

 息を継ぐ暇はない。

 そんな余裕は、もはやない。

 呼吸に費やす力まで、対峙する意識に回す。

 それだけの覚悟を注ぎこむことで、ようやくその足元に触れている。

 ほんの微かにではあるが、確かに届いてはいるのだ。

 ならば、後は放さなければよい。

 

 某(それがし)に残っているすべてを使い果たしてでも。

 

「ああああああああっ!」

「ギッ、グッ、ツッ……!」

 命を燃やし、加速する。

 七つに一度の斬撃は、確実に『リュウガ』を削っていった。

 それは、刃を振るうほど、より強く、より確かに。

 怨嗟の叫びは、次第に薄れていった。

 雑多で下劣な感情が、一つずつ潰れていくのが分かる。

 

 代わりに、静かな意思が浮かんでいた。

 どこか懐かしさを感じさせる意思だ。

 同時に、振るわれる剣もまた変わる。

 それは、長き時に研ぎ澄まされた、エヴェンクルガの剛き剣。

 

「……、……、……っ!」

「……――」

 もはや、声にも意味がない。

 交わす刃は一進一退。

 一刀を受け、一刀を凌ぐ。

 それは、激しくも美しい、魂を散らす刃の舞。

 考えまいとしていた想いが、鬼面の奥の光に、動く。

 

 その意思がリュウガ兄のものであると、

 某(それがし)は疾(と)うに識(し)っていた。

 

 戸惑いは一瞬。

 憂いは刹那。

 だが、極限に位置する戦いの中で、それは致命的な、隙。

「っ!?」

「――――」

 必死の軌跡に生まれた虚を、某(それがし)は捉えきれなかった。

 振り上げた刃をすり抜けるように、赤い剣が落ちてくる。

 

 それは、完璧な一刀だった。

 

 絶対の死をもたらす刃。

 某(それがし)が憧れ、追い求め、

 そして、辿りつけなかった境地の剣……

 ……

 …………

 ………………いや、違う。

 辿りつけなかったわけではない。

 今、目の前にあるではないか。

 これは、某(それがし)に与えられた奇蹟なのだ。

 兄上を越える、唯一にして最後の機会。

 

 そして、某(それがし)が『ティティカルオゥル』であるための。

 

「っ……!」

 決定された運命に、抗(あらが)いの手を伸ばす。

 言葉の通りに、左の手を。

 可能な限りの力を集め、さらには残りの命をこめて、

 

 必死を告げる赤き刃に、自ら拳を叩きつける。

 

「ツぁっ」

「ヌゥ」

 瞬時に、指が爆ぜ飛んだ。

 次いで平が、手のすべてが。

 刃の威力は殺がれることなく、さらに手首を微塵に砕く。

 

 勢いのまま前腕を。

 止まらぬままに上腕を。

 裂き砕く力は進むがまま、一息の間で肩まで達していた。

 

 そう、ただの一息で。

 

 左の腕を盾として、それだけの“刻”を得た。

 生をわずかに存(ながら)える、その“刻”だけが欲しかった。

 

 同時に放った一撃を、遮るものはなにもなく、

 某(それがし)の右手が握った刃は、

 音もなく『リュウガ』の頭を断ち割っていた。

 

 

 

 そこにある、白き鬼面もろともに。

 

 

 

 ――降りかかってきたのが腐肉の酸か、それとも自身の血潮なのか、某(それがし)にはわからなかった。

 戦いの思考から戻ったとき、見えるすべては白く薄れていたから。

 息をしているのか、止まっているのかもわからない。

 心臓が動いているのかも。

 ただ、前にしたものが、頭を砕かれた人型の血肉が、もう動かないことだけは理解していた。

 

 辛うじて残った意識の片隅で、『リュウガ』に一つ残ったまなざしの光が消えていくのを、見届ける。

 それは強く、温かく、そして、高潔な意思の光。

 浮かべているのは穏やかな笑み。

 顔の形はもはやなく、判別することは出来ずとも、某(それがし)には確かに分かった。

 ……いつも自分を守ってくれてきた、優しい兄の笑みだったから。

 

 消えてゆく意思を見送り、ようやく、すべての力を抜いた。

 色を失った世界が、今度は黒く染まっていく。

 見えるものはもはやなく、聞こえてくる音もない。

 ただ、やかましく近づいてくる温かさが知れて、それがとても嬉しくて。

 ……なに一つ思うこともなく、意識は闇に沈み、消えた――

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