うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
最初に放った一刀は、敢えなく受け止められた。
火花と血肉が小さく散る。
「ギシ」
「っ」
刃を合わせてはいられない。
単純な力比べでは及ぶべくもなく、押し潰されるのは目に見えている。
わずかに退いた間隙を、『リュウガ』は見逃さなかった。
「ぐっ!?」
「ギシャアアア!」
叩きつけられる赤い刃。
手首の返しで辛うじて外すも、即座に次が襲いくる。
考える間もなく受け捌き、しかし、その度に速さを増し、
乱雑な剣打は、洗練の欠片もないものの、確かにリュウガ兄の技だった。
「ジャララアアアア!」
「ぐぅぅ、のおおぉぉぉ!」
圧する剣気に抗(あらが)わんと、某(それがし)もまた気勢を上げた。
衝撃と轟音を撒き散らしながら、それでも辛うじて場に残る。
力の差、速さの差、技術の差は明らかだ。
七度刃を交わす間に、某(それがし)が返せるのは、せいぜい一つ。
それとて守りを抜くことはできず、『リュウガ』に難なく防がれる。
それでも、いや、だからこそ。
某(それがし)は決して退かなかった。
「フウウウウウッ、グゥゥ!?」
「はあああああああ!」
七合に一つしか返せぬのなら、その一つにこそすべてを賭けて。
一刀一刀に全霊をこめ、ただひたすらに刃を振るう。
目では捉えきれぬ剣閃も、今は追う必要がない。
体で、心で、魂で。
某(それがし)は自らのすべてをもって、必死の軌跡を捉えていた。
握る刃も我が一部。
いや、今やその間合いの内も。
遠く及ばぬ力の中で、懸命に見出す七つの一に、魂こめた一撃を放つ。
それは、『リュウガ』の守りの技を越え、
ついに、初めての傷を与えた。
「ヌグウウウ、アアアアア!」
「っ、おおおおおおお!」
息を継ぐ暇はない。
そんな余裕は、もはやない。
呼吸に費やす力まで、対峙する意識に回す。
それだけの覚悟を注ぎこむことで、ようやくその足元に触れている。
ほんの微かにではあるが、確かに届いてはいるのだ。
ならば、後は放さなければよい。
某(それがし)に残っているすべてを使い果たしてでも。
「ああああああああっ!」
「ギッ、グッ、ツッ……!」
命を燃やし、加速する。
七つに一度の斬撃は、確実に『リュウガ』を削っていった。
それは、刃を振るうほど、より強く、より確かに。
怨嗟の叫びは、次第に薄れていった。
雑多で下劣な感情が、一つずつ潰れていくのが分かる。
代わりに、静かな意思が浮かんでいた。
どこか懐かしさを感じさせる意思だ。
同時に、振るわれる剣もまた変わる。
それは、長き時に研ぎ澄まされた、エヴェンクルガの剛き剣。
「……、……、……っ!」
「……――」
もはや、声にも意味がない。
交わす刃は一進一退。
一刀を受け、一刀を凌ぐ。
それは、激しくも美しい、魂を散らす刃の舞。
考えまいとしていた想いが、鬼面の奥の光に、動く。
その意思がリュウガ兄のものであると、
某(それがし)は疾(と)うに識(し)っていた。
戸惑いは一瞬。
憂いは刹那。
だが、極限に位置する戦いの中で、それは致命的な、隙。
「っ!?」
「――――」
必死の軌跡に生まれた虚を、某(それがし)は捉えきれなかった。
振り上げた刃をすり抜けるように、赤い剣が落ちてくる。
それは、完璧な一刀だった。
絶対の死をもたらす刃。
某(それがし)が憧れ、追い求め、
そして、辿りつけなかった境地の剣……
……
…………
………………いや、違う。
辿りつけなかったわけではない。
今、目の前にあるではないか。
これは、某(それがし)に与えられた奇蹟なのだ。
兄上を越える、唯一にして最後の機会。
そして、某(それがし)が『ティティカルオゥル』であるための。
「っ……!」
決定された運命に、抗(あらが)いの手を伸ばす。
言葉の通りに、左の手を。
可能な限りの力を集め、さらには残りの命をこめて、
必死を告げる赤き刃に、自ら拳を叩きつける。
「ツぁっ」
「ヌゥ」
瞬時に、指が爆ぜ飛んだ。
次いで平が、手のすべてが。
刃の威力は殺がれることなく、さらに手首を微塵に砕く。
勢いのまま前腕を。
止まらぬままに上腕を。
裂き砕く力は進むがまま、一息の間で肩まで達していた。
そう、ただの一息で。
左の腕を盾として、それだけの“刻”を得た。
生をわずかに存(ながら)える、その“刻”だけが欲しかった。
同時に放った一撃を、遮るものはなにもなく、
某(それがし)の右手が握った刃は、
音もなく『リュウガ』の頭を断ち割っていた。
そこにある、白き鬼面もろともに。
――降りかかってきたのが腐肉の酸か、それとも自身の血潮なのか、某(それがし)にはわからなかった。
戦いの思考から戻ったとき、見えるすべては白く薄れていたから。
息をしているのか、止まっているのかもわからない。
心臓が動いているのかも。
ただ、前にしたものが、頭を砕かれた人型の血肉が、もう動かないことだけは理解していた。
辛うじて残った意識の片隅で、『リュウガ』に一つ残ったまなざしの光が消えていくのを、見届ける。
それは強く、温かく、そして、高潔な意思の光。
浮かべているのは穏やかな笑み。
顔の形はもはやなく、判別することは出来ずとも、某(それがし)には確かに分かった。
……いつも自分を守ってくれてきた、優しい兄の笑みだったから。
消えてゆく意思を見送り、ようやく、すべての力を抜いた。
色を失った世界が、今度は黒く染まっていく。
見えるものはもはやなく、聞こえてくる音もない。
ただ、やかましく近づいてくる温かさが知れて、それがとても嬉しくて。
……なに一つ思うこともなく、意識は闇に沈み、消えた――