うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・22~ アルルゥといっしょ・姉弟

 

 ニコルコの報せから明けて翌日、某(それがし)はウペクペの中心たる皇城の前にいた。

 雇兵団(アンクァウラ)『ティティカルオゥル』の一員として。

 いよいよ、戦の場にこの名を知らしめる時がきたのだ。

 城前の広場には、他にも多数の者たちが集まっていた。

 刀、槍、弓に斧と、それぞれに武具を備えている。

 某(それがし)と同じような武士(もののふ)もいれば、ティティカ殿に勝るとも劣らぬ傾き者もいたが、大多数は装束を合わせた雇兵団(アンクァウラ)だ。

 没個性的ではあるが、それだけに戦の専門であると感じさせる。

 某(それがし)たちのような存在の方が特殊なのだろう。

 しかし、今日はそのようなことも、あまり気にならなかった。

 握る幟(のぼり)を立て直し、ひそかに下腹に力をこめる。

「そんなに気負わないで、

 もう少し肩の力抜いたらどうだい?」

「別に気負ってなどおりません。

 武士(もののふ)として当然の

 心構えでいるだけです」

 久しく味わっていなかった緊迫感に包まれているからだろう。

 確かに少し張りつめている気はするが、この程度の高揚は、戦に際しては当たり前の事だ。

 いつもと変わらぬティティカ殿の言動が、今日ばかりは軽薄に感じてしまう。

「やれやれ、男の子だねぇ。

 おや、アルルゥは元気ないね」

「ん……」

 二人の会話を拾い聞き、アルルゥに目を向ける。

 ムックルにまたがり注目を浴び、しかしそれを気にしている様ではなかったが、言われてみれば確かに元気がない。

 その姿は森の母(ヤーナマゥナ)ではなく、見た目通りの小さな少女でしかなくて、今更ながらに思い知った。

 彼女が、戦の場になどそぐわない存在であるのだと。

「アルルゥ、無理する必要はないんだぞ。

 戦の場に出なくても、できる事は他にも――」

「ううん」

 だが、ただの少女は毅然と告げる。

「アルルゥ、やる。

 おねーちゃん探す」

 ……なぜか、後ろめたい想いに捉われた。

 戦に名を求める自分がひどく小さな者に思えて……

 己を見つめ直す時は、しかし、ない。

「ようし、集まったな。全員注目せい」

 門前に現れた城の兵たちの中心、縦よりも横に広い男が、高圧的な声を響かせた。

 自然と集まる注目に、鼻を鳴らして語りだす。

「今日より貴様らは

 ウペキエの兵総長(ネミリェケル)である、

 このチルネイの指揮下に入る。

 以後はワシの命を第一とし、

 変わることのない忠誠を誓え」

 甲高い声は高圧的で、他者の言い分を挟ませない。

 ざわつく周囲を一顧だにせず、ただ自らの言葉を並べたてていく。

「すでに知っている者もおるだろうが、

 先日、隣国ドルノ・ウィが

 我が国への侵攻を開始した」

 広まる動揺を意に介する様子もない。

「静まれ。

 この戦乱の世において珍しいことでもあるまい」

 にわかに騒々しさを増した広場にも、高い声はよく通る。

 再び静まった人波に、チルネイは機嫌よく話し続けた。

「無論、我が軍の戦力はドルノ・ウィを

 遥かに上回っている。

 本来必要もないのだが、我が皇(オゥルォ)は慈悲深きお方。

 貴様らに活躍の機会を与えてくださったのだ。

 感謝するがよいぞ」

 だがそれは、聞いている者の気分をよくするものではなかった。

 元からの高音に加え、見下すような言葉からは、その品格の低さがすすけて見える。

「まずは今後の作戦を説明する。

 敵軍に占拠された砦の奪還が目的であり、

 正規の軍が到達する前に敵陣を叩き分断するのが

 貴様らの役目だ。

 その力を遺憾なく発揮するがよいぞ。

 次に、それぞれの配備だが――」

「作戦とは、それだけですか?」

 簡潔すぎる説明に、補足を求める声が飛ぶ。

 だが、チルネイはそのわずかすら認めなかった。

 ただ、声を発した雇兵(アンクアム)へ、慣れた威圧のまなざしを向けるのみ。

「なんだ、貴様は」

「い、いや、私は――」

「戦うしか能のない貴様らに、

 他に何を説明する必要がある。

 従えぬというのならば去るがいい」

 その言い分はあまりにも小物だ。

 さすがに不安になってきた。

 事は命に関わる事だ。

 それも、某(それがし)一人のみならず、共に戦う仲間にも。

「それでは、まずは貴殿が忠誠を向けるに

 値する人物だと示していただきたい」

 躊躇う必要など思う間もなく、壇上に立つチルネイに向けて口を開いていた。

「無礼な。なんだ貴様は」

「……『ティティカルオゥル』のタイガだ。

 忠誠を求めるのなら、それに相応しい人格を要求する」

「なんだと?」

「貴殿が尊敬に値する人物には見えない、

 と言っているのだ。

 命を預ける相手が無能で困るのは

 我々なのだからな」

 告げた言葉にざわめきが広がる。

 同意を示すその声は、次第に大きくなっていった。

 煽る声が半分に、冷やかしがもう半分。

 品のない連中は手を振り回し、歓声じみた声を上げている。

「あーあ、言っちゃったよ。

 いくら本当の事とはいえ、ねぇ」

「いいぞー、トラー」

 先頭に立っているのはティティカ殿とアルルゥだ。

 皆が皆、楽しげに壇上を見上げている。

 顔を真っ赤に茹で上げたチルネイを。

「このワシが、無能だと?」

「無策で突撃などと語る指揮官を

 他になんと言えばいい。

 せめて敵の規模ぐらいは

 説明に足してもよいだろう」

「そんなものは、前にすればわかるであろうが!」

「……救いがたい。

 ならば、せめて実力を示していただこう」

 どれほど言葉を費やしても、理解してはもらえないようだ。

 やむをえず、某(それがし)は腰の剣を引き抜いた。

「な、なにをする気だ」

「立ち会っていただく。

 人を従えるのに一番単純なものは力であろう。

 さあ、いざ尋常に――」

「いい加減にしろ。見苦しい」

 だが、踏み出そうとした足は、横から投げつけられた声に止められた。

 迸(ほとばし)るほどの敵意を向けられ、こちらも苛立ちを掻きたてられる。

 思わず、声の主を睨みつけていた。

「なに?」

「武士(もののふ)たるもの戦いこそが全て。

 戦場に臨めるのだ。

 他になにを求める必要がある」

 双刃の槍を携えた、厳つい男を。

 年の頃は某(それがし)と同じ程度だろうか。

 短く刈られた髪と尖った耳、鋭すぎる目つきとあいまって、

 精悍というよりは凶悪な印象を覚える。

 もっとも、向けられる敵意がそう思わせるのかもしれないが。

「なんという短絡だ。

 貴様には戦に求める義もないのか」

「義とは勝者にこそ認められるもの。

 武士(もののふ)に求められるのは

 常なる勝利だけだ」

 つられて返した睨みにも、男の想いはまるで揺るがなかった。

 鍛え上げられた体躯と佇まいには、妙な既視感を覚えさせられる。

 信条こそ違えども、この男は、確かに強い。

 いまだ視界の片隅でわめいている小物とは雲泥の差だ。

「そ、そうだ。わかっているではないか」

「指揮官がいかに無能だろうが、

 戦がどれほど不利だろうが、

 勝利をもぎとってこその武士(もののふ)だ」

「違う!

 義に従うことこそが武士(もののふ)の本懐だっ。

 戦えればよいなどと、

 それでは血に飢えた獣と同じではないか」

「なんだと、貴様……」

 交わる視線が火花を散らし、緊張が弓弦のように張りつめる。

 触れれば放たれる見えざる鏃(やじり)は、互いの首に向けられていた。

 無論、退くつもりなどさらさらない。

 剣と槍。

 互いに武器を構えかけた、

 瞬間――

「やめろテルテォ。

 皆の迷惑だ」

「ハ、ハイッ」

 割りこんできた女の声に、対じた男は背筋を伸ばしていた。

 槍を落としかけるほど取り乱し、高まった緊迫も放りだして、それ以上の緊張をまとう。

「し、しかしですね、姉上。

 このチビが……」

「私は止めろと言ったのだぞ、テルテォ」

「は、ハッ」

 波打つ髪に切れ長の目。

 細い顎と高い鼻。

 優れた容姿を誇りながら、その女の美はどこか彫像めいていた。

 それも、冷やされつくした水晶像だ。

 触れれば切れそうな、という印象は、恐らく間違いではないだろう。

 凶悪に見えた男の顔には、わずかな翳りが浮いていた。

 某(それがし)にも覚えのあるそれは、恐らく恐怖。

 知らず一歩を退いていたが、気づいた者はいなかっただろう。

「……フン」

 それ以上の言葉もなく、二人は歩み去っていた。

 女は冷たいまなざしを、

 男は熱い敵意を置いて。

 思わず息を吐く某(それがし)の後ろには、いつもと変わらぬ二人の姿。

「いやいや、なかなか楽しくなりそうだねぇ」

「トラー、ゴハン」

「あのな……」

 様々な思惑に彩られながら、ウペキエの戦は幕を開けようとしていた。

 

「貴、様、らぁ……ワシの話を、聞けえー!」

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