うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・24~ アルルゥといっしょ・奪還

 

 ニギレギの砦に辿りつき、直後、戦いは始まった。

 丸太で組まれた関を前に、雇兵(アンクアム)たちが押し寄せていく。

 降りそそぐ鏃(やじり)の雨を、打ち払い、すり抜け、あるいは貫かれながら、閉ざされた門を破るために。

 肉薄する軍勢に対して敵も兵を投入し、門前は乱戦の様相を呈(てい)していた。

 煌(きらめ)く刃。振り下ろされる槍。

 戦場にはヒトやウマ(ウォプタル)の声が木霊(こだま)し、噴き上がった血の飛沫が大地を赤く染めていく。

 圧倒的な地の利、数の利を抑えられながら、ウペキエの雇兵(アンクアム)たちは善戦していた。

 個々の実力においては、従軍の兵たちよりも明らかに秀でている。

 中でも目を引いたのは、双刃の槍を振るうテルテォの姿だった。

「ぬぅぅん!」

 気合と共に刃が奔(はし)り、触れた敵が両断された。

 槍は止まることなく旋回し、逆端の刃をもって、さらに一人を粉砕する。

 駆けるウマ(ウォプタル)の勢いとも相まって、さながら小さな嵐のようだ。

 絶対の勝利を豪語するだけのことはある。

 目にする圧倒的な破壊力を止められる自信を、今の某(それがし)はもちえなかった。

 だが、それ以上に目を奪われたのは、もう一人の騎兵の姿だ。

 波打つ髪をなびかせて、リネリォは風より速い疾駆を見せていた。

「シャッ――ハッ!」

 テルテォの凶刃から逃れた敵のことごとくを、回り込んで切り刻んでいく。

 標的は、六つに割られた事にすら気づいていないだろう。

 それほどまでに、速い。

 先のテルテォを暴風と例えるなら、リネリォのそれは鎌鼬(かまいたち)だ。

 それも、大斧の刃を携えた魔性。

 剣閃は血に曇ることすらなく、変わらぬ速度で戦場を駆け巡る。

 エヴェンクルガの目をもってしても、その動きは捉えきれない。

 知らず、息を飲んでいた。

 己の未熟は承知していたが、改めて世は広いと思い知る。

 だが、自省の念に駆られている暇など、戦の場にはない。

「タイガ!」

「っ!?」

 ティティカ殿の声を聞き、平素の感覚が蘇る。

 途端、襲いくる殺意に対し、剣を振り上げていた。

 重なる刃。

 弾ける火花。

 耳障りに鬩(せめ)ぐ鋼の音の向こうに、敵兵が剥いた鬼の形相がある。

 だが、今さら臆することではない。

 わずかに刃を傾け、力を流し、

 迷いなく、返す刀を叩きこんだ。

「ゴあっ!?」

「フっ――フぅ、フ……」

 割れる頭蓋、あふれる血潮。

 濃密な鉄の匂いを感じながら、短く息を整える。

 動揺も慙愧も、今は必要ない。

 

 まずは、この場を生き延びなければ。

 

 無情な世を叩きつけるように、骸をさらなる肉片が飾る。

 食い散らかされた、ヒトだったものだ。

 慌てて見上げた視界の右方で、白い獣が唸りを上げていた。

「ムックル……お前……」

『ヴォウゥゥ……』

 青い瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、顎(あぎと)からは鮮血を滴(したた)らせた、森の主(ムティカパ)がそこにいた。

 平素の穏やかさなど欠片もなく、迸(ほとばし)るほどの野生だけが溢れている。

 生臭い息を吐く様は、歓喜しているようにも見えた。

 ――久しく味わうヒトの味に。

 思わず剣を向けかけ、気づく。

 その背に、森の母(ヤーナマゥナ)の姿はなかった。

「お前、アルルゥはどうしたんだ?」

『ヴォウ?』

 途端、ムックルは瞳をいつもの青に戻し、辺りをきょろきょろと見回しはじめた。

 久しぶりの衝動に我を忘れていたらしい。

 若干の疲労を感じながら、某(それがし)も周囲を見る。

 アルルゥは、さしたる苦もなく見つかった。

 戦場の只中(ただなか)で、しゃがみこみ怪我人を診ている姿が。

「あいつは、なにをやって……

 っ、アルルゥ!」

「お……!?」

 その背に、敵兵が飛びかかる。

 声は届いたが、剣は間に合わない。

 気づいたアルルゥが振り返るが、それもまた遅く――

「死ねぇ!」

「!」

 無情にも刃は振り下ろされた。

 

 雷光にも似た、双刃の一端が。

 

「……あ?」

 断末魔を残すこともなく、首から離れた敵兵の頭は、さらに左右へ分けられていた。

 ウマ(ウォプタル)の脚を止めたリネリォの前で。

 一拍おいて、後ろに数歩だけ下がる。

 氷像めいたその姿は、返り血の一滴も浴びはしなかった。

「……おー」

 ようやく事態を理解したのか、アルルゥが短くつぶやく。

 その声に、リネリォが振り返った。

 氷の目に浮かんでいるのは、苛立ちにも似た咎(とが)めの色。

「え。

 あ、の、ありがと……」

「邪魔だ小娘、失せろ!

 戦場は子供の遊び場ではない!」

「ひぅ……?」

 向けられた叱責に、感謝の声が怯えに変わる。

 唸るガチャタラやムックルの睨みを浴びてなお、リネリォの鋭いまなざしは変わらなかった。

「あ、姉上。

 そこまで言わなくとも……」

「次だ。

 行くぞ、テルテォ!」

「ハ、ハッ」

 そんな停止も束の間のこと。

 騎兵の姉弟は息をつくこともせず、新たな敵へと向かっていた。

 震えるアルルゥをその場に置いて。

 刹那の安堵と緊張に、某(それがし)もまた動けずにいた。

 あの鬼神めいた女も、雇兵(アンクアム)。

 今は同じ側にいるが、いつ敵に回るかもしれないのだ。

 あの刃が某(それがし)や、アルルゥに向けられることも、ありえない話ではない。

 ……意味のない妄想だ。

 少なくとも、今はまだ。

「キリがないね。

 タイガ、あの門開けてきな」

 向けられた声に意識が戻る。

 戦場にあってもいつもと変わらぬティティカ殿は、強弓に三本の黒い矢を番(つが)えていた。

 向けている先は、関が誇る広い門。

「あ、開けてこいと言われましても。

 某(それがし)の腕でアレを打ち壊すには、

 その、少々時間が……」

「誰が壊せって言ったの、さっ」

 ならば? と訊ねる必要はない。

 放たれた三本の矢、鋼鉄の箆(の)をもつそれは、折れることなく巨大な門へ突き刺さった。

 斜に、段を刻むように。

「……なるほど」

 理解し、脚に力を溜めた。

 少しだけ横を、ムックルに護られたアルルゥを見る。

 怯えは残っているが、少なくとも身を守ることは思い出しただろう。

 まずは、今を切り抜けなければ。

 想い、駆けた。

 疾駆の中で慙愧を消し、くり出される刃を一重で躱し、門前で跳躍し、

 

 撃ちこまれた一本目の矢を、しかと踏んだ。

 そのまま二本目、三本目と駆け上る。

 

 辿りついた門上に、待ち受けていたのは敵の群れ。

「な、なんだ?」

「こいつ、どっから現れた?」

「て、敵だ、迎え討、でぁ!?」

 混乱している一瞬にしか勝機はない。

 門を内より開放すべく、閂(かんぬき)を断たんと刃を振るう。

 浴びた血に視界を赤く染め、錆びの味に不快を覚える暇もなく、

 

 気づいたときには、関を開けていた。

 

 

 そうなれば、勢いに乗る雇兵(アンクアム)の集団に、情容赦(なさけようしゃ)の念はない。

 正規の兵を待つこともなく、ウペキエの軍はニギレギの関の奪還を果たしていた。

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