うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

28 / 235
~第一幕・25~ アルルゥといっしょ・戦勝の後

 

 戦場は音をなくし、平素の静けさを取り戻した。

 茜色の空の下、ニギレギの関は戦勝の宴に沸いている。

 右には笑いあう者たちが、左では静かに酒を交わす人々が。

 雇兵(アンクアム)たちは思い思い、褒美と勝利に酔いしれていた。

 

 某(それがし)たち『ティティカルオゥル』も、それは同じ。

「なにはともあれ初戦果だ。

 祝っとこうか」

「まあまあというところですが、

 よいでしょう」

「んー」

 乞われる酌もおかわりも、今日ばかりは気にならず、上機嫌で応えていた。

 久しく振るった戦場の剣の感触が、今もまだ手に残っている。

 関の門を駆け上り、突破・開錠せしめた格別の感触。

 それは、確かに強くなったという実感だった。

「ウペキエはこのまま

 ドルノ・ウィに侵攻するそうだよ。

 アタシらはどうしようかね」

「某(それがし)は、このまま参加しても構いません。

 先に手を出してきたのは向こう。

 斬り返される覚悟はできているでしょう」

 ティティカ殿の提案にも即座に答えていた。

 いや、決して興奮のままにというわけではなく、あくまで義に従ってのことだ。

 ティティカ殿の薄い笑いに、思わず心の内で言い訳を並べてしまう。

「そっか。

 ……アルルゥは、どうする?」

 新たな話の矛先に、思わず目を向けていた。

 昂ぶっていた心が、少しだけ冷める。

「んぅ……」

 食事の手を止め、アルルゥは黙りこんだ。

 瞳から光が消える。

 虚ろになったまなざしが、なにを見ているのかを知る術はない。

 心配げに周囲を回る二匹の獣にすら、まるで無反応だ。

 周りの楽しげな喧騒は遠く、前にした小さな炎の爆ぜる音が鮮明に聞こえる。

 それだけが、時の流れを報せていた。

 赤い光に浮かび上がるアルルゥの横顔が、そのまま消えてしまいそうで。

「……お前は、もう帰った方がいい」

 知らず、言葉をもらしていた。

 向けられる視線から目を背け、それでも口は想いを紡ぐ。

「ここから先は、

 アルルゥがいるような場所じゃない。

 わかるだろ?」

「うー……

 でも……」

「その通りだ。

 邪魔者は消えろ」

 突然、氷のような声が割りこんできた。

 振り向いた先にいたのは、双刃の槍と頑健な弟を携えた、リネリォ。

 思わず腰の剣を探る。

「なんだ、貴様」

 某(それがし)の向ける敵意を察しているだろうに、リネリォは微塵も動じていなかった。

 威嚇するガチャタラにも、唸りを上げるムックルにすら。

 冷笑すら浮かべもせず、ただ冷徹なまなざしを見せつけている。

「戦えぬ者など戦には必要ない。

 違うか」

「それは……」

 言い返すことはできなかった。

 反論が思い浮かばない。

 その言い分は、一分の隙もない武人のもの。

「戦う意思のないものが近くにいれば、

 それだけで全軍の士気に関わる。

 目障りだ。早々に去れ」

「あ、姉上。いくらなんでも、

 それは言い過ぎでは」

「文句があるのか、テルテォ」

「い、いえ……」

 言葉を挟もうとしたテルテォがあえなく黙る。

 張りつめていく緊張感に。

 間を満たしていく殺意の気に。

 それは音すら殺すようで、いまや、火の爆ぜる音すら聞こえない。

 返事を強要するようで、しかし、声を出すことすら許さないリネリォの視線に対し、

 アルルゥは、強い意思を返した。

「……や。

 アルルゥ、帰らない」

「なに?」

 リネリォの声はより低く、放つ殺気がさらに増す。

 それでも、アルルゥは毅然たる姿勢を崩さなかった。

「私の言葉が理解できなかったようだな。

 お前のような奴のせいで失われる命があるのだ」

「……アルルゥ、戦えない。

 だけど、アルルゥにもできること、ある」

 視線に宿るのは、憧れと覚悟。

「おねーちゃんも、そうしてたから……」

 この少女の華奢な身のどこに、これほどの強さが秘められているのだろう。

 負けられないと思った。

 決して、手を放してはならないと。

 自然と足が動いていた。

 向け放たれる殺意の風から、アルルゥを護るため。

「貴様も邪魔だてするか」

「……この娘は某(それがし)が守る。

 関わる者もすべて、だ。

 貴様の指図など受けん」

 声を受け緊張する神経に抗(あらが)うように、意識して筋肉を弛緩させる。

 即座に抜刀できるように。

 これ以上の罵倒は許さない。

 

 例え、相手が誰であろうとも。

 

 返す睨みにこめた意思は、正確に伝わったのだろう。

「……好きにするがいい。

 できるものならな」

 一言だけを後に残し、リネリォは場から去っていった。

 少しだけ視線をさまよわせ、テルテォが後を追う。

 緊張が解けると、周囲にはようやく音が戻ってきた。

「……ふぅ。

 大丈夫か?」

 吐いた息が安堵であることに少し自己嫌悪しながらも、まずはアルルゥの様子を見た。

 リネリォへと向けたまなざしは毅然としたまま、変わらぬ覚悟を湛えていた。

 だが、その小さな体は、注意しなければ気づかぬ程に、小さく小さく震えている。

 某(それがし)は緊張に固まった力を抜き、その肩に柔らかく触れた。

「無理する必要はないからな。

 某(それがし)が、ティティカ殿もいるんだから」

「……ん」

 返ってきた声は緊張に震えたままだったが、少しだけ温かさを取り戻していた。

 

 

 その時、我らが団長は。

「いーねいーねー。盛り上がってきたねぇ」

「なにをまったりしてるんですか」

 一人、楽しそうに盃を傾け続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。