うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・28~ アルルゥといっしょ・治療

 

 先の大勝に増長したのだろう。

 ウペキエの雇兵(アンクアム)軍は、常に戦の矢面に立たされる事となった。

 変わらぬ無能な指揮官の下、ただ勢いに任せての突撃を繰り返すように。

 いかに優れた兵(つわもの)だとて、このような無謀に何度もつきあわさせれては

、消耗も免(まぬが)れない。

 ましてや、未熟な某(それがし)では。

「っ、痛ー」

「じっとする」

 新たに制したセル・ヲの町の施療院の一角で、某(それがし)の腹にあいた傷を診ながら、アルルゥは言葉少なに処方の手を進めていた。

 戦の後にこそ薬師は本領を発揮する。

 無茶を強いられる行軍の中で、今やアルルゥに逆らおうとする馬鹿はいない。

 甲斐甲斐しく動き回る姿は、一〇〇の兵よりも頼もしく映り、某(それがし)は床に伏せたまま、アルルゥの背を目で追っていた。

 無理な首の動きが腹に響く。

「いってて……」

「ふん、その程度の怪我で泣き言とは

 情けない奴だ」

「……なにを勝ち誇ってるんだ、お前は」

 鼻で笑うような声に、平めた視線を返す。

 隣では、足に巻かれた包帯を血で滲ませたテルテォが、某(それがし)と同じように転がっていた。

 変わらぬ力任せの突撃の際、ウマ(ウォプタル)に向かってきた矢を蹴り返そうとしたのだそうだ。

 無策無謀にも程がある。

 呆れる思いが顔に出ていたのだろう。

 某(それがし)の視線を察し、テルテォは憤りのまま上体を起こしかけた。

「はん、この程度、どうということはない。

 足の一本や二本なかろうと――」

「動いちゃダメ」

 その動きが、戻ってきた小さな薬師に一喝され、止まる。

 テルテォは途端に大人しくなった。

「ア、アルルゥ殿……」

「くすり、塗る」

「ああ、かたじけな、いあ!?」

 されるがまま、ひそめた声が甲高い呻(うめ)きに変わった。

 脚に塗られた薬の効果か、その顔は苦痛に歪んでいる。

 某(それがし)は思わず頬を緩めていた。

「ふふん、情けない」

「な、にぃ」

「武士(もののふ)たるもの、

 どのような手傷を負わされようと

 悲鳴など上げないものだ」

「く……」

「明鏡止水。

 正しき心で剣を振るう者ならば

 痛みになど屈しはしない。

 力ばかりに頼り技をおろそかにしているから、

 その程度のことデガぁ!?」

 突然襲いきた激痛に、語る声が悲鳴に変わる。

「ア、ル、ル……」

「トラも、くすり」

 腹に塗られた薬の痛みは、傷口に塩でも刷りこまれたよう。

 息を詰まらせ悶えていると、横から底意地の悪い声が聞こえてきた。

「悲鳴が、なんだって?」

「うぐ……」

 言葉が返せない。

 睨みつける目の霞みがあふれないようにするので精一杯だった。

 ようやく痛みが治まってきたとき、袖を引かれていることに気づく。

「ん?」

「コレ、今までの薬より早く治る。

 倍ぐらい」

 アルルゥが、小さな瓶を指さしていた。

「それはありがたい。

 ぜひ頼む」

「ん」

 服を広げて見せた腹の傷に、薬を掬った冷たい手が触れる。

「その代わり、二倍痛い」

「っっぅ!?」

 つぶやきは、先に倍する痛みのせいで聞こえなかった。

 だが、声は漏らさない。

 漏らせるものか。

 あふれそうになる涙を飲みこみ、ついでに痛みも飲みこんで、無理に浮かべた作り笑いを、テルテォに見せつけてやった。

「……アルルゥ殿、

 こちらも頼む」

 対抗心でも燃やしたのか、子供じみた反応が返ってきた。

 その言葉を待っていたように、アルルゥは新たな瓶を取り出す。

「コレは三倍はやい」

 躊躇いなく、テルテォは傷ついた脚を差し出した。

 少し嬉しそうな顔で、アルルゥは新たな薬を掬い上げる。

「もちろん、三倍痛い」

「っぅつおお……!!」

 脚だけは微動だにさせず、テルテォは悶絶した。

 寝台の端を握り潰し、苦悶の表情でバタつきながら、それでも悲鳴だけは漏らさない。

 ようやく落ち着いた時、こちらに見せた笑みの憎らしさたるや。

 某(それがし)が次とる行動に、他に選択肢があろうものか。

「アルルゥ、もっと強いのはないのかっ」

「ある。こっちは五倍」

「よし、こいっ」

「ならばこちらは一〇倍だっ」

「ん」

 

 声を弾ませるアルルゥの後ろで、言葉を交わす女性が二人。

「なにをやってるんだ、あいつらは」

「さあねぇ。

 でもま、楽しそうだからいいんじゃない?」

「楽しそう、か?」

「少なくともアルルゥは楽しそうだよ」

 

 そんな会話が交わされているなど、某(それがし)には知る由(よし)もなく、

「コレは一〇〇倍はやくて痛い」

 目を輝かせたアルルゥが次々と持ち出してくる薬を前に、ただただ声を殺していた。

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