うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「……うぅ。
ひどい目に、あった……」
施療院の一角に転がったまま、自然とボヤいていた。
怪我を負ったのは腹だったはずだが、なぜか今や全身が痛い。
傷自体はふさがっているようなのだが、あまり治っているという気はしなかった。
「ふん、このぐらいで音を上げるとは、
やはり大した事はないな」
「どこのどいつがそういう事を言うんだか」
隣の寝台を平んだ目で見やる。
某(それがし)同様に薬の匂いを漂わせ、指一本と動かせないテルテォがそこにいた。
「は、この程度の痛み、どうということは――」
「……もうやめておこう。さすがにしんどい」
「……まあ、いいだろう」
思いの外と言うか、思った通りと言うべきか、テルテォはあっさりと休戦を受け入れた。
天井を見たまま息を吐く。
重なって聞こえきた溜息の後、落ち着いた声が聞こえてきた。
「……貴様は、兄を探しているのだそうだな」
「? なぜ知っている」
「ティティカとかいったか。
あの破廉恥な女が話してきた」
……納得した。
破廉恥という言葉にも、話してきたという流れにも。
飲みつぶす相手として選ばれたのだろう。
「それがなんだ」
「別に、どうということはない。
少しばかり感心しただけだ」
その響きに他意は感じられなかった。
日ごろの険悪な雰囲気しか知らぬせいかもしれないが、その声はわずかながらも確かな誠意すら感じさせるもので、思わず問いかけていた。
「……某(それがし)も、一つ訊ねたい」
「なんだ」
「お前はなぜあれほど勝利にこだわる。
確かに戦は武士(もののふ)の本懐ではあるが、
あくまで手段ではないか」
戦いとは目的があって起こるもの。
参加する意味も、また然(しか)り。
某(それがし)のように名と誉れを求める者もいれば、雇兵(アンクアム)のように金のためという輩(やから)もいる。
だが、テルテォは戦いそのもの、いや、勝利することだけに固執しているようで。
それが、どうにも気にかかっていた。
あまりにも異質な信念を警戒し、反発していたのかもしれない。
短い沈黙の後、テルテォはつぶやくように語りだした。
「……我らの国は滅ぼされたのだ。
皇(オゥルォ)が卑劣な罠にはめられてな」
それは、静かではあるが強い悔恨を感じさせる声。
「幼き日に、俺は敗北の味を知った。
自らの無力さと共にな。
わかるか? この無念が。
俺は、守るべき皇(オゥルォ)のために、
なに一つ成す力を持ち得なかったのだ……」
声はあくまで静かなまま、深い想いだけがひしひしと伝わってくる。
それは打ち鍛えられた名刀のように剛く、しかし、ガラスのように脆そうで。
「……しかし、それは、
子どもの頃の話なのだろう。
仕方がなかったのでは――」
「そんな理由が戦で通用するか」
つい発していた労(いたわ)りなど、形を成す前に両断されていた。
そんな言い訳は当の昔に捨てたのだろう。
「あの敗北に俺は誓った。
もう二度と負けぬ。
姉上を必ず守る、とな」
応える声には脆さまでをも取りこんだ、確かな信念が宿っていた。
「……姉上殿が、リネリォ殿が大切なのだな」
「当然だ。
姉上は俺の唯一の家族。
何人たりとて傷つけさせはせん」
テルテォは迷いなく言い切った。
その心の強さが少しだけ羨ましく、少しだけ悔しい。
上体も起こせぬ今でよかった。
とても見せられる顔ではないだろうから。
代わりに、問いが返ってきた。
「貴様は、アルルゥ殿に関わる者
すべてを守ると大見得を切っていたな」
「……ああ」
「本気、なのだろうな」
試すような、挑むような声で。
萎えかけた心に火が点る。
負けてなるものか。
「無論だ。
某(それがし)はエヴェンクルガ。
決して誓いを破りはしない」
誇りを持って答えた。
覚悟の程で後れを取るつもりはない。
「そうか……
ふん、せいぜいもがくがいいさ」
返ってきたのは、いつもの憎まれ口だったが。
「……どこまでも気に食わない奴だな、お前」
「そいつはありがたいことだ。
貴様なんぞに気に入られるなど、
考えただけで虫唾(むしず)が走るわ」
互いに剣呑な気をまとう。
だが、なぜか、口元には小さな笑みを浮かべていた。
対じるのに感じるのも、今は嫌悪感だけではない。
もっとも、その笑みもすぐに凍りついてしまった。
「新しいクスリつくった」
目を輝かせて現れた、アルルゥの一言によって。
「なっ?」
「アルルゥ、殿?」
「むふー、今度のは一〇〇〇倍」
にじりよってくるその手には、得体の知れない煙を吐き出す、古びた壷が握られていた。
脳裏をよぎる確かな末路に、しかし体は身じろぎ一つできぬ有様で、恐怖に震える以外のなにもできない。
「だいじょうぶ。
死ぬほど痛いけど死なないから」
「ヒ……」
「ギア――」
自身とテルテォの悲鳴を聞きながら、思った。
お互い、誓いを守れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ、と。