うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・32~ アルルゥといっしょ・転機

 

「死ねェ!」

「っ!」

 咆哮と共に落ちてきた斬撃を、かろうじて右へと受け流す。

 そのまま剣を転じようとし、叶わず、後ろへと退いた。

 今までいた場を、刃の雨が流れて落ちる。

「っええい!」

 苛立つ心を鎮めようと、荒い息を一度止めた。

 前に見据える敵は五人。

 だが、周囲にはそれに倍する数が迫っている。

 止むをえまい。

 自軍の十倍には達する敵陣に突っこんだのだから。

 

 ドルノ・ウィへの侵攻も今や佳境を向かえ、皇都もいまや遠くない。

 敵とて必死、これぐらいの守りを集めているのは当然だ。

 指揮の無能を嘆(なげ)くより、今はやるべき事がある。

 まずは、この場を生き延びなければ。

 

 呼気を集め、気を満たす。

 張り詰めた神経が時を止めた。

 前傾の姿勢をさらに低く、踏みこむ脚は地を這うように、

 走り、斬る。

 向かってくる殺意に向けて、弧を描く銀の線は、一つ、二つ、三つ、四つ。

 血が飛沫くより速く、肉と骨の重みを引きながら、

 五つ目の首を落とすまで、一拍の間で駆け抜けた。

「ギっ――」「グぁ……!」

「っだ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 断末魔を聞き、足を止めた途端、心臓と肺が悲鳴を上げた。

 滝のように流れる汗を不快に思う暇も、五つの骸を確かめる余裕もない。

 横には、次の敵が迫っているのだから。

 数を確かめるより早く、新たな刃が伸びてくる。

「ヤロウっ!」

「っ……!?」

 奇声に剣を上げかけ、止めた。

 迎え討つべき刃が、唐突に消えていたからだ。

「な……?」

「タイガっ、

 ボンヤリしてんじゃないよ!」

 某(それがし)に向かっていた敵は、ティティカ殿の放った無数の矢により、一瞬で地に縫いつけられていた。

「……凄い」

 声を目で追い、思わず見惚れてしまった。

 戦場を駆ける艶姿は、それほどまでに流麗だった。

 駆けながら敵との距離を巧みに保ち、矢を番(つが)える間も止まらない。

 放つ鏃(やじり)は一度に五。

 撃つだけでも困難だろうに、ティティカ殿はその一矢たりとて、標的を外しはしなかった。

 身近に迫る刃は鋼の弓で打ち払いながら、確実に敵を撃ち抜いていく。

 

 死に満たされた場にありながら、それは、完成された舞の様だった。

 

 負けじと某(それがし)も刃を振るう。

 遠近の術を合わせた我らの技は、押しよせる敵の波すら止め、逆に押し返していた。

「タイガ、こっちはいいから、

 向こうに手ぇ貸してやんな」

「む、向こう……?」

 束の間に息を整え、言葉の示す方を見る。

 某(それがし)たちが討ち果たした倍にも達する兵の群れが、十重二十重(とえはたえ)となって味方の騎兵を囲んでいた。

「あれはテルテォと、リネリォか?」

 武装の定まらぬ雇兵(アンクアム)にあって、騎兵の数は特に少ない。

 双刃槍を振り回す姿はさらに稀だ。

 非凡な才を持つ二人、自然と戦の場では目立ち、それ故に敵を引きつけたのだろう。

 俊足を誇るウマ(ウォプタル)も、今は踏みだす余地すら与えられず、脚を止めての斬りあいを余儀なくされている。

 あれは、まずい。

 テルテォの力もリネリォの技も、騎兵の速度があってこそ最大の威力を発揮するもの。

 いかに実力で勝っているとはいえ、脚を止められ四方を囲まれては、あの二人とて無事では済むまい。

「ティティカ殿っ」

「いくよ、つっこみな!」

 放たれた矢を追い、走る。

 向かう先は群れる敵の塊。

 気づき、剣を構えた一人、二人、三人が、先行く鏃(やじり)に撃たれ、崩れていく。

 倒れるその体を踏み、跳んだ。

 見上げる無数の顔を越えながら、降りる位置を見定める。

 テルテォの背に刃を向けた敵の一人に。

「ぐおぁ!?」

「な、貴様、タイガ?」

 その背を踏み潰すと同時に、驚く周囲へと刃を走らせた。

 三人を一息で斬り散らし、次の相手を定めながら、背にした騎兵に言葉を飛ばす。

「後ろは任せろ。蹴散らすぞ」

「……ふん。偉そうに、抜かすな!」

 気合一閃。

 振り回された槍の双刃が、周囲に血の旋風を生んだ。

 間近で見ると恐ろしいまでの威力だ。

 死角さえなくなれば、その力を発揮するのに、なんの憂いもないという事か。

 某(それがし)とテルテォの振るう、合わせて三つの刃が周囲の敵を払うのに、さほどの時は要しなかった。

 かつてない高揚に、思わず軽口がこぼれる。

「口先程度の実力はあるようだな。

 だが、騎兵の弱みを克服しきれて

 いないのではまだまだ――」

「姉上!」

 だが、テルテォにはそんな余裕など生まれなかったようだ。

 息をつく暇もなくもう一方の包囲へ踏み出し、人垣を切り拓いていく。

 その先にいる、リネリォの下へと向かって。

「姉上!」

 光の弧を描く双刃。

 狭い足場をそれでも巧みに活用し、リネリォは敵を斬り捌(さば)いていた。

 少しさがって前と左右を。

 わずかに脚を引き、後方を。

 剣閃を無数の光条としてしか認めさせぬ槍をもって、動きの間を少しずつ広げていく。

 だが、それとて圧倒的な多勢には抗(あらが)いきれない。

 槍の捌(さば)きは肉と骨を断つごとに鈍くなり、敵兵は亡者にも似た執念で、リネリォからその足場すら奪っていった。

 ついには三者を刻んだ瞬間、その刃は動きを止め、

 

 背後から伸ばされた槍に、左の肩を貫かれた。

 

「ヅっ……!」

「姉上っ!!」

 姿勢を崩すリネリォを目にしながら、テルテォの槍は届かない。

 某(それがし)の剣もまた、彼女への道を拓くには至っていなかった。

 リネリォは片腕を封じられながらも槍を振るい続けたが、その技もすでに死んでいる。

 傷つきゆくウマ(ウォプタル)が脚を折るのも時間の問題だろう。

 無力感に歯噛みした、その時、

 頭上を、影が通り過ぎた。

「……え?」

 巨大な、白い影が。

 それは某(それがし)のみならず、テルテォと敵の群れをも跳び越え、

 リネリォの眼前を血の海に変えた。

「お前、は……」

 アルルゥを背に乗せた、慈悲も容赦もない森の主(ムティカパ)が、そこにいた。

 響く獰猛な唸りの声に、周囲の何者も動かない。

 ムックルは構うことなく腕を振るった。

 一撃で三人が肉塊と化す。

 恐怖が広がるより先に、もう一撃でさらに二人。

「な、なんだ?

 今のは、アルルゥ殿の……?」

「ボケっとするなっ。

 今が勝機だ、蹴散らせ!」

 見知っている分、驚愕から一足早く立ち直った某(それがし)は、テルテォを促し、剣を走らせた。

 いまだ立ち直らぬ敵兵どもの並んだ首を、屠殺するように刈り落とす。

「っ、俺に、指図するな!」

 正気を取り戻したテルテォもまた槍を繰り、某(それがし)に倍する威力を見せつけた。

 次第に味方の兵も加わり、ようやく劣勢が覆(くつがえ)る。

 赤い飛沫は落ちる前に切り裂かれ、血煙となって周囲を覆った。

 ようやくついた一息の間に、その中心へ目を向ける。

「貴、様は――」

「動いちゃダメ」

 ウマ(ウォプタル)から降りたリネリォが、貫かれた肩をアルルゥに診られていた。

 戦場の只中にありながら、小さな薬師は血に汚れるのも気にせず、真剣に傷へ視線を落としている。

 そんなアルルゥの様を見て、ようやく落ち着いたのだろう。

 リネリォは冷たいまなざしと不機嫌な表情を取り戻し、

「やめろ、恩でも売るつもりか。

 この程度で貴様の世話になりたくは――」

「めっ」

 鋭く睨み返されていた。

 言葉を失ったリネリォに、アルルゥは手を止めぬまま、語る。

「アルルゥにできること、する」

 それは短くも確かな言葉で、決して折れることのない鋼の強さを感じさせた。

 声には確執の欠片もなく、己の役割を果たすという純粋さだけがある。

 同じ想いを抱いたのだろう。

 リネリォのまなざしは小さな驚きを見せた後、弱々しい穏やかさを浮かべていた。

 手当てが終わるまで、ただ、静かに。

「ん、おわり」

「……すまない。手間をかけた」

「姉上!」

 敵を払い終えたのか、テルテォが全力で戻ってきた。

 地を抉(えぐ)らんばかりの勢いでウマ(ウォプタル)止め、かぶさるようにリネリォの身を確かめる。

「ご無事ですか? 肩は?」

「かすり傷だ、支障はない。

 戦況はどうなっている。

 すぐに残りを討ち払って――」

「ダメ」

 立ち上がり、再び手綱を握ろうとしたリネリォを、アルルゥが引き止めた。

 とられた手よりはそのまなざしに、リネリォが小さくない動揺を見せる。

「アルルゥ、殿……。

 いや、しかし、

 戦うことこそが我が役割なれば――」

「ダメ。

 テルテォ、連れて帰る」

「い、いや、しかし……

 姉上がこう言いだされると……」

「残りはトラがなんとかするから」

「お、俺っ?

 あ、いや、某(それがし)が?」

 いきなりな話に動揺してしまったが、言いたいことは理解できた。

 リネリォの傷は十分に深く、心はそれ以上に疲弊している。

 テルテォも同様だ。

 二人をこのまま戦場に置いてはおけないだろう。

 それに、少しだけ嬉しくもあった。

 流れの上であるとはいえ、アルルゥが某(それがし)の腕を認めてくれたのだから。

「その、通りだ。

 後のことは某(それがし)たちに任せ、

 貴殿等は陣に戻られよ」

「お、お前などに任せていられるか。

 俺も――」

「他にも怪我してる人、いっぱいいる。

 運ぶ人つれてきて」

「アルルゥ殿?

 で、ですが……」

「テルテォ。お言葉に従え」

「姉上?」

 食い下がる弟をリネリォが諭(さと)した。

 強い驚きを示しながら、姉に逆らえないのは変わらないのか、テルテォはそれ言葉を継ごうとはしない。

 リネリォは再びアルルゥを見ていた。

「アルルゥ殿の言葉に従いましょう。

 怪我人の運搬は我々に任せ、どうぞお先へ」

「ん」

「お気をつけて」

 向けられるのは従順と配慮の言葉。

 一変したリネリォの態度を、しかし、アルルゥはさほど気にもしていないらしい。

「ありがと。

 トラ、いく」

「え? あ、おう」

 ムックルに跨(またが)り進んでいくアルルゥの後を追う。

 一度だけ振り返った視線の先に、佇む二人の騎兵を見る。

 困惑を隠さぬ弟の横で、姉は妙に穏やかなまなざしを浮かべていた。

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