うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

38 / 235
~第一幕・35~ アルルゥといっしょ・決戦前夜1

 

 合わせて六度の戦を経て、ついにウペキエ軍はドルノ・ウィ皇都の目前に辿りついた。

 街に居並ぶ正規の軍は折り目正しく、幟(のぼり)が作る巨大な波は、遠目にも多大な威圧を与えるだろう。

 欠落のないその様は、確かに無類の強さを感じさせる。

 もっとも、裏側は散々な有様だ。

 集められた雇兵(アンクアム)の数は、最初に比べて三分の一にまで減っていた。

 その一〇倍にも及ぶ敵を相手にしてきた結果だ。

 全滅していない事の方が驚きである。

 しかし、疲労は隠しようがない。

 傷つき、失い、抑制された状況に、制圧された街の空気も相まって、雇兵(アンクアム)たちの間には倦怠にも似た、爛(ただ)れた雰囲気が蔓延していた。

「……うろちょろするな、小兵(こひょう)。

 目障りだ」

「貴様が邪魔なんだ。

 デカいばかりの図体で徘徊するのはやめろ」

「なんだと?」

「やるか?」

 某(それがし)とテルテォのいがみあいにも、多少は影響を与えているのかもしれない。

 近頃では顔を会わせれば罵りあい、言葉では足りず実力行使にまで及んでいるのが日常だ。

 呆れられるのも無理はない。

「まったく、精神修行がなっていないな」

「無理もないんじゃないかい。

 どうにもヤな雰囲気だからねぇ」

「んぅう~」

 某(それがし)たちの騒ぎにもすでに慣れたのか――あるいは諦めか――、ティティカ殿たちは止める気もないらしい。

 いつも同様、周囲の生気のなさを見て、むしろ和(なご)やかなまなざしを浮かべている。

 ――だけかと思ったのだが、今日は少しだけ事情が違っていた。

「……よし、いいことかんがえた」

「お? なんだいアルルゥ」

「てつだって」

「手伝う、とは……。

 ア、アルルゥ殿?」

 慌しくも妙な動きを某(それがし)が知ったのは、テルテォとのド突きあいに疲れ果て、倒れ、再び目覚めた後だった。 

 

 

「……で、某(それがし)は

 なにをしているのだろうか」

「お肉とお魚と野菜とキノコ切ってる」

 アルルゥの言うとおり、某(それがし)は食材を切っていた。

 煮立つ大鍋を前に、運ばれてくるものを次々と捌(さば)き続けている。

「……某(それがし)は武士(もののふ)だと、何度も――」

「自分の刀、使ってもいい」

「使うか!」

 文句の声を上げながらも、調理の手は止められない。

 やるべきことは煮物、鍋物ばかりではないからだ。

 焼き物、揚げ物、汁物と、作る端から持ち去られていく。

 なにしろ、今日の相手はアルルゥとティティカ殿の二人だけではない。

 日も落ちた街の中、巨大な火櫓(ひやぐら)の周りには、人々が続々と集まりきていた。

 祭にも似た盛大な宴の様相を呈している。

 振る舞われる酒に酔いしれる民。

 あたたかい食事に舌鼓(したづつみ)を打つ兵たち。

 歌い、踊り、騒ぐ様子は、久しぶりに見る楽しげなもので、

 ……まぁ、悪い気分ではなかった。

「しかし、なんでまたこんな

 乱痴気(らんちき)騒ぎなんだ?」

「おとーさんが言ってた。

 こういうときは宴なんだって」

「それはまた……慧眼(けいがん)の持ち主、だな」

「無駄話をしていないでサッサと作れ。

 ほれ、追加の食材だ」

 少し手を止めたとたん、横に新たな肉が積まれた。

 塊のまま、無造作に。

「テルテォ……少しは気を使え。

 そこはさっき魚を切り分けたまま

 洗っていないんだぞ」

「知るか。

 こっちは叩き起こされてから

 休みなしで丸太を組んで、

 そのうえ倉庫との往復を

 続けさせられているんだ。

 細かいことをグダグダ言うな」

 それはこちらも同じこと。

 力尽きた直後に叩き起こされてからは、包丁を握りっぱなしだ。

 気をつけないと自分の指を煮込みかねない。

「それにしても、どこから出てきたんだ、

 この食材の山は。

 ずいぶんと豪勢な――」

「くぉら、キサマらぁぁ!」

 当然の疑問に対する答えは、自分からやってきた。

 横長の体を揺らし、歪め、我らが指揮官殿が駆けてくる。

 チルネイの顔は、たったいま茹で上げたタコよりも赤かった。

「なんだこの騒ぎは!

 貴様らの差し金かっ。

 正規軍の蔵から無断で食料を持ち出すとは、

 どういう了見だ!」

「……ああ。なるほど」

 道理で上等な食材が運ばれてくるわけだ。

 というか、こんないいものを食っていたのか、こやつら。

 いや、それは置いておくとして。

「許可は貰っていなかったのか?」

「言ったけど、ダメって言われた」

「当然だろうがっ。

 軍の物資をなんだと思っているんだ、

 貴様らは!」

 唇をとがらせるアルルゥに対し、チルネイはますます苛立ちを募らせる。

 軍を率いる者としては至極当然の事ではあるのだが、なぜだか無性に腹立たしい。

 その想いは、某(それがし)だけが抱いたものではなかったらしい。

「即刻中止せい!

 施(ほどこ)しの酒も回収しろ!

 あの馬鹿げた火櫓(ひやぐら)も打ち壊して――」

「馬鹿げたとは、

 どの口が抜かした言葉だ、

 おい」

 チルネイの背後に回ったテルテォは、後をついてきた衛兵の制止も聞かず、彼の頭を鷲掴みにしていた。

 縦横の比を同じにしてやろうとでも言わんばかりに持ち上げていく。

 頭の位置が上がるにつれ、チルネイの顔色は薄くなっていった。

「な、なにをするか、貴様っ。

 ワシを誰だと思って――」

「一応、我らの指揮官だな。

 せっかく高まった士気を下げようとするような

 愚か者ではあっても」

 不満は、いつの間にか姿を現していたリネリォと、

「あ、姉上。お戻りで……」

「なにをしているテルテォ」

「は、い、いえ、これは――」

「そのほうが我らの話を聞きやすかろう。

 しっかりと持ち上げておけ」

「は? はい、そうですね」

「や、やめんか、貴様ら……」

「まぁまぁ、アタシたちの話も

 少しは聞いてみてもいいんじゃないかい?」

 その隣のティティカ殿も同じであったらしい。

 テルテォに吊られたチルネイを挟み、二人は各々の独特な雰囲気をもって圧していた。

「貴様らの話など、聞く必要は――」

「前々から思っていが、

 この軍の雇兵(アンクアム)に対する扱いは

 恐ろしく劣悪だ。

 戦の功労に対する褒賞はおろか、

 負傷者に対する治療の体制すら

 整っていないというのはどういうことだ」

「それは……雇兵(アンクアム)は

 戦うのが仕事だろうが。

 契約の金は払っている。

 なぜ軍がそれ以上の金を出さねばならん」

「……なるほど、無能は戦術だけではないようだな。

 エヴェンクルガが最初に唱えた異に

 賛同しておくべきだったか」

「なんだと貴様っ。無礼、な……?」

「一つ教えておいてやろう、愚物(ぐぶつ)」

 言葉を返される前に、リネリォはチルネイに肉薄していた。

 愛槍の一端は、その首元に突きつけられている。

「雇兵(アンクアム)にも色々な奴がいる。

 私のように契約に重きを置く者ばかりではなく、

 金のためなら簡単に立場を変える者もな」

「ヒ……?」

「あまりぞんざいに扱わぬ事だ。

 いつ寝首を掻かれるか知れたものではないぞ」

 まなざしには殺気も怒気もなく、ただいつもの冷たさだけがあった。

 色を無くしたチルネイの顔は、今や見事な青に染まっている。

「まぁまぁ、

 おっかない話は少し置いといて、さ」

 そこに、ティティカ殿が言葉を向けた。

 血の気を失った頬を撫で、甘い息を吹きかけながら。

「はへ?」

「宴会もたまにはいいだろう?

 息抜きもないとみんな腐っちまうよ」

 流し目混じりの柔らかな笑みに、チルネイは少しばかり生気を取り戻した。

「そ、そんな事が認められるか。

 戦において物資がどれほど貴重なものか、

 貴様らにだってわかるだろうが」

「これが最後の一戦じゃないか。

 少しぐらいハメ外しても困りゃしないだろう?」

「だからといって、

 こんな事を許してはワシの立場が――」

「わかってないねぇ、指揮官様」

 溜息をつきながら、いよいよしなだれかかる。

「ここでみんなの鋭気を養っておけば

 明日の大勝は間違いなしだよ?

 少しばかり食い散らかした程度の失点、

 なんでもなくなるって」

「う、む……?」

「それにさ、この宴をアンタが許可したと

 みんなが知ってごらんよ。

 その豪気さに従おうって気にもなるもんさ」

「そう、か?」

「そうさ。

 アンタの首に刃を突き立てようなんて

 バカもいなくなるだろうね」

「む、むぅ……」

 甘い囁(ささや)いに毒されたのか、チルネイは腕を組んで考えこみはじめた。

 なにやらブツブツとつぶやきながら、やけに難しい顔を作る。

 大概の場合、このままのらりくらりと答えを引き伸ばすのが士官の常だ。

 それこそ、ティティカ殿の狙いだったのだろう。

「そういうことならば、考えないでも――」

「さ、アルルゥ。追加の料理を持っていきな」

「うぃ」

「ま、待て? まだ許可したわけでは――」

「リネリォ、アタシらは酒を持ってこようか」

「そうだな」

「待てと言って……ええい、

 放さんか、このデクノボウが!

 まて、こら、女―――!」

 気の迷いを言質(げんち)とし、迅速な行動をもって了とする。

 打ち合わせでもしていたのかと思うほど、三人の散り様は見事なもので、

「……お前が姉上を恐れる理由が

 少しわかった気がする」

「俺も、ティティカ殿には

 逆らわない事にしよう……」

 某(それがし)はテルテォと二人して、ただその場に立ち尽くしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。