うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
なし崩し的に公認となった戦前の宴は、ゆるやかに盛りあがっていった。
血気を上げる勢いではなく、心の平穏を取り戻すなごやかさだ。
町の人々や商人まで加わり、出店を連ねている様は、まるで祭の様相を呈している。
戦いを前にこれでよいのかと若干の疑問もないではないが、まあよいのだろう。
楽しそうなアルルゥを見て、そう思うことにした。
「んふー。次、あれ食べる」
「おー、美味そうじゃないか。
タイガ、ちょいと買ってきておくれ」
「な、なぜ某(それがし)がそのようなことを」
「ふん、相応ではないか。
小姓(こしょう)として主を探したらどうだ?」
「貴様、まだそのようなことを言うか……」
「リネリォおねーちゃんも一緒に食べる」
「わ、私が姉などとは、恐れ多い。
どうかリネリォとお呼びください」
「んむぅ?」
『ティティカルオゥル』の一行もまた、宴の道をにぎわせ歩いていた。
騎兵の姉弟まで一緒なのは成り行きだ。
某(それがし)としては不本意極まりなかったのだが、その意は女性二人にあっさりと却下された。
今更ながら扱いについて格差を感じざるを得ない。
一度、きちんと話し合わなければならないのではなかろうか。
出店の主に金を払いながら、そんなことを考える。
「ん?」
戻った一行の輪の中には、聞きなれぬ声が混ざっていた。
「おやおや、これはタイガ様も。
お久しぶりでございます」
見覚えのある少年は、丸い耳の商人だった。
「お前は、ニコルコ、だったか」
「ハイハイ。毎度ありがとうございます、ハイ」
笑みを絶やさぬ小さな商人は、相変わらずな腰の低さで一行に溶けこんでいた。
軽快な語り口は噺家(はなしか)のようで、聞いているだけで心が弾んでくる。
たいしたものだと素直に思った。
姉上あたりが聞いていれば、うっかり財布の紐をゆるめていただろう。
「アルルゥ、新しい材料ほしい。
ある?」
「ハイハイ、揃えてありますとも。
ケニャ、ヌクイ、ウンヤクと
シゥネ各種はもちろんのこと、
スリテンユシリにトゥレブ、ハルニレ。
他にも色々と、珍しいものもありますよ、ハイ」
「珍しいのって?」
「エエ、エエ。
意識を奪うケスパゥの原木ですとか、
幻惑をもたらす紅皇バチの蜜。
笑茸(ケラケラ)に踊茸(マイモマイモ)なんてのも」
「おー」
「いらん。そんなものはいらん」
瞳を輝かせるアルルゥの手から怪しげな品々をとりあげ、ニコルコに叩き返す。
誰がその実験体になるのかは考えるまでもないからだ。
文句はすべて黙殺した。
「わざわざ戦場の一番前まで出張ってくるとは、
流れの商人も楽じゃないねぇ」
カラカラと楽しげに笑っていたティティカ殿が後を次ぐ。
差し出された金と引き換えに皮の小袋を手渡しながら、ニコルコもまた声を弾ませていた。
「イエイエ。戦を行う皆様に比べれば、
どうということはありませんです、ハイ。
それに、皆様のおかげで
ようやく先へと進めますので」
「ここまで来たらもう一息ってとこだからね。
稼ぐなら今のうちだよ」
「いや、油断は禁物だ」
にこやかな会話に鋭い言葉が割りこんだ。
祭の雰囲気の中にあっても、リネリォは冷静な姿勢を崩さない。
「おや、慎重だね」
「お前も気づいているのだろう。
ここ二度の戦、不利は数のせいばかりではなかった。
敵兵たちの動きに統率されたものを感じたはずだ」
「まあ、ね」
答える声は変わらなかったが、ティティカ殿の笑みは少し苦さをにじませていた。
内心嘆息(たんそく)する。
某(それがし)も敵の動きに違和感は感じていたが、その上に立つ存在にまでは考えが及ばなかった。
「イヤイヤ、流石でございますな。
お名前はリネリォ様、でしたか。
ご推察の通り、ドルノ・ウィは
新しい軍師を招きいれたそうですよ。
あまり人前には出ないそうなのですが、
なんでも一風変わった人物だそうで」
「変わってるって?」
「ハイ、ハイ。
なんでも、白い仮面をつけた妙齢の女性だそうで」
「仮面の、女?
それは……」
焼け落ちる砦の記憶とともに、一つの姿が脳裏をよぎる。
思わず出しかけた声は、
「ほんと?」
より大きな反応に掻き消されていた。
目を開き、身を乗り出したアルルゥに。
「え、エエ、エエ。
動かす兵は少ないそうですが、
思いもよらぬ術をもって劣勢を凌いでいるとか」
「……どんなひと?」
「い、イエ、イエ。
ワタクシも人づてに聞き知っただけの話でして、
それ以上詳しいことは。
なにぶん、城からはまったく出てこないそうなので」
「……お城に、いる……」
だが、そんな過剰も一瞬の事。
小さくつぶやいたアルルゥは、そのまま顔を伏せ、動かなくなった。
「お、おい、アルルゥ?
どうしたんだ?」
「んぅ、なんでもない……」
こぼれる声は小さく、低く、痛みのほどを知らしめた。
切なさに満ちた表情は、それ以上の言葉をかける事すら躊躇(ためら)わせる。
束の間の沈黙の後、アルルゥはゆっくりと歩きだした。
呆然とする某(それがし)を置いて。
思わず皆と顔を見合わせていたが、浮かんだ表情は似たようなもの。
誰一人アルルゥの心を解することは叶わず、ただその場に立ち尽くすばかり。
あれほど楽しげだった祭囃子(まつりばやし)が、今は空しいだけの響きにしか聞こえない。
離れていくアルルゥの背が、見る距離以上に遠く見えた。