うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・37~ アルルゥといっしょ・決戦1

 

 蒼天の空の下、けたたましい鐘の音が鳴り響いている。

 街を埋める兵を威圧するように。

 あるいは、奮い立たせるように。

 そこに平穏の色はない。

 あるのは血の赤、刃の銀、鉄の黒、灰の白。

 曖昧さのない、生と死の色だけ。

 今、その色をもち、敵主城の前には一枚の絵が描かれつつあった。

 

 地獄(ディネボクシリ)を思わせる戦絵図が。

 

「うおお!」

「ぐああっ」

 敵の頭を割った一人の兵士が、続く二人に殴り倒された。

 その二人は四人の兵に貫かれる。

 四人の兵は八人に。

 八人は十六人に。

 さらに、さらに、

 さらに、さらに――

 兵は倒れ骸(むくろ)と化し、骸は新たな足場となって兵を支える。

 敵も味方もない。

 踏む者はその存在にすら気づかず、ただ刃を振るうだけ。

 血の連鎖は止まることなく、犠牲者を増やし続けていくばかり。

 まるで果てを想像させない光景も、いずれは終わりを迎えるのだろう。

 行われているのはウペキエとドルノ・ウィの最後の戦い。

 

 それを、今はただ眺めている事しかできずにいた。

 苛立ちにも似た焦燥を抱きながら、仕方ない事だと歯を噛みしめる。

 我ら『ティティカルオゥル』の三名と二匹は、戦場を外れ隊を抜け出し、城を間近に臨(のぞ)む一つの家屋に潜伏していた。

「焦るんじゃないよ。

 アタシたちの仕事はこれからなんだからね」

「わかっています。

 ……けど」

 ティティカ殿の潜(ひそ)やかな声に諌(いさ)められるが、そう簡単に落ち着くわけもない。

 如何(いか)に城へと直接潜入するためとはいえ、戦を前にただ押し黙っているだけなど、エヴェンクルガに相応しい戦い方と言えるだろうか。

「アルルゥもだよ。

 ムックル、あんまり唸(うな)るんじゃない」

「ん」

『ヴォウ……』

 同じ呼びかけに応えた声に、自分がどれほど冷静を欠いているのか今さら思い知る。

 ムックルの放つ殺気は凄まじく、これを意識もせずにいたとは。

 いや、むしろ、アルルゥの無感情に気づけなかったことが情けなかった。

 

 戦前の宴を終えた後、ついにアルルゥの真意を質(ただ)すことはできなかった。

 暗く沈んだ瞳を前にすると、言葉を発することすら憚(はばか)られて。

 

 その様は今も変わっていない。

 いや、より深刻になっている。

 正直、この作戦に参加させることにも賛成はできなかったのだが、言葉にした所で無駄であったろう。

 今のアルルゥは本気だ。

 いざとなればムックルを駆り、一人で特攻しかねない。

 ならば、とティティカ殿の案に乗り、孤軍での潜入策を受け入れたのだが……

「……本当にここから侵入できますか?

 城壁を登る所は丸見えですよ」

「任せなって。

 じきに本隊が城門を破って突入する。

 その混乱に乗じて侵入、

 皇(オゥルォ)の首を頂くってわけさ。

 正規の連中にあれだけ楽させてやったんだ。

 最後ぐらい踏み台にさせてもらっても

 バチは当たらないだろ。

 雇兵(アンクアム)が首魁(しゅかい)を上げるにゃ

 こういうこともしないとね」

「そう、上手くいきますか?」

「大丈夫だって。

 リネリォたちも出てんだから」

 名目上の理由からか、ドルノ・ウィの城攻めには正規の兵が主力として投入されている。

 だが、雇兵(アンクアム)の扱いは今までと変わっていない。

 リネリォとテルテォの二人は今、あの地獄(ディネボクシリ)の渦中にいるのだ。

 ……忘れかけた苛立ちが再び首をもたげてきた。

 皆が命を賭して戦っている時に、武士(もののふ)たる某(それがし)はなにを――

「行くよ」

 合図は短く、しかし確かに。

 ティティカ殿は高さを変えず、質だけ異なる言葉を発した。

 声が示す先、戦場の騒ぎが一際膨れ上がり、

 

 ついに、城門を突破した。

 

『ヴオオウ!』

「ちょ、ま――」

 某(それがし)が踏みだすより先に、ムックルが場から飛び出していた。

 背にアルルゥを乗せたまま、真っ直ぐに城の壁へと向かっていく。

 正門を破られた直後の混乱にあるとはいえ、向かってくる敵を見逃してくれるほど相手も甘くはない。

 当然、迎撃の矢が放たれる。

 だが、雨よ霰(あられ)よと降り注ぐ無数の鏃(やじり)を、ムックルは避けようともしなかった。

 頭へ、腕へ、肩へ、脚へ。

 白き獣の全身は、鋼の軌跡を弾いて散らす。

 ただ、背への矢だけは振り払い、一直線に城壁へと駆け、進み――

 跳躍した。

 壁に降り立ち、さらにもう一度、跳ぶ。

 まるで地を駆けるように。

 白い巨獣は壁を登り、その向こうへと消えていた。

 危険を告げる暇すらない。

「……目茶苦茶だ」

「呆れてる場合かい。

 アタシたちも行くよ」

 鏃(やじり)の雨が途絶えた道に、ティティカ殿が黒い矢を放つ。

 同時に某(それがし)も跳び出した。

 落ちてくる矢を避け、躱(かわ)し、駆ける勢いを殺さず、

 斜に打ち込まれた矢を踏んで、そのまま壁を駆け登る。

 すぐさま抜刀できるように構えながらの跳躍だったが、それはけっきょく杞憂(きゆう)に終わった。

 辿りついた壁の上、見下ろす城の内側は血の海と化し、弓を射掛けようとする者は、誰一人いなかったからだ。

 動いているのはただ一つ。

 朱に染まった白い森の主(ムティカパ)だけ。

 森の母(ヤーナマゥナ)である少女は無感動な瞳のまま、その背に座しているばかりだった。

「……」

 言葉が、でない。

 あまりに凄惨な場を前に、こみ上げてくる感情は、吐き気にも似た恐怖。

 無駄とは知りながら、震える手は腰の刀をゆっくりと探り、

 そして――

「ほら。ボケっとすんじゃないって」

「っぁ……」

 肩を叩かれ、見ている者が敵ではないのだと思い出した。

 ……歯噛みは内心に留めておく。

 今は戦(いくさ)の最中だ、反省などしている暇はない。

 地に降り立つティティカ殿に続き、赤い大地を踏みしめる。

 濡れたその感触は不快で、しかし、戦場では当たり前のものだ。

 地獄(ディネボクシリ)の中に一人たたずむ少女を見やる。

「アルルゥ」

「ん」

「……大丈夫か?」

「……ん」

 声はか細く、それでも確かな強さを秘めていた。

「よし、じゃ、次行くよ。

 目指すは――」

「あそこ」

 先を促すティティカ殿に、アルルゥが指さし、答えた。

 城の最奥、本宮の高みを。

 あまりに無理、あまりに無茶、あまりに無謀な提案だが、なにを今さらと思い直す。

「さすがアルルゥ、わかってるね。

 目的は皇(オゥルォ)の首、中央突破だ。

 文句はあるかい?」

「いえ。本隊が突入した以上、

 いずれ皇(オゥルォ)の周囲が固められるのは必至。

 今ならまだ多少の混乱が期待できるはず。

 行きましょう」

 これは戦(いくさ)。

 生死を賭して戦う場だ。

 団長の声が一際はずむ。

「タイガもわかってきたねぇ。

 それじゃ、行こうか!」

「おう!」

「おー」

『ヴォー』

『キュー』

 応える一団の声もまた、いつもの活力を取り戻していた。

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