うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
打ち合わされる鋼の音。
交わされる怒りと罵りの声。
大軍に踏まれる地の震え。
門前でくり広げられているであろう戦の激しさを感じながら、我が『ティティカルオゥル』一行は城の内を走っていた。
「待て、貴様ら!」
「止まれ、止まらねば斬るぞ!」
なぜか、やかましい追手を引き連れて、だ。
無論、某(それがし)たちとて、こんな状況を望んだわけではない。
当初は可能なかぎり音を消し、闇にひそんで皇(オゥルォ)の下に近づこうと考えていた。
……のだが、
よく考えれば、いや、真っ先に検討すべきであったのだが、ムックルに隠密行動などとれるはずもなく――
巡回の兵に見つかった後は、なし崩し的に突貫する破目になっていた。
幸か不幸か、先頭に立つムックルに正面から立ち向かってくる兵はおらず、怯え退いては後ろから追ってきているのが現状である。
「……本当に止まれば斬られないと思う?」
「そんなわけないでしょう!」
「気にしない。先に進む」
「し、しかしな……」
先を急ぐにはよいのかもしれないが、膨れ上がった追手の相手も、いずれはしなければならなくなる。
最悪、皇(オゥルォ)の前で止まった時に、だ。
ティティカ殿が脚を止めずに、後ろへ向けて矢を放つ。
見事に先頭の数人を打ち倒したが、焼け石に水の感は否めなかった。
いかにムックルが凶悪な強さを誇るとはいえ、この数に囲まれて全員無事とはいかないだろう。
「こりゃ流石にまずいね。
タイガ、なんとかしな」
同じ想いを抱いたのか、ティティカ殿の表情も硬い。
無茶を振る乱れた息にも、珍しく焦りの色が見てとれた。
「なんとかと、言われても――」
「仮にもエヴェンクルガだろっ?
伝説で、なんかそんなのがあったじゃないか。
軍の殿(しんがり)を務めて
一〇〇人の敵を足止めしたとかってのが」
「それは……」
伝説の武士(もののふ)ゲンジマル様のことか。
暁(あかつき)の渓谷を斬り崩し、追跡の兵を足止めしたという……
そう。伝説の士には及ばずとも、某(それがし)とてエヴェンクルガの末席に連なる者。
後ろの追手も、せいぜいが十数人といったところだ。
これを捌(さば)けずして一族の名を語れようか。
密かに一つ気合を入れ、駆ける通路の先を見定めた。
左に連なる白塗りの壁。
野太い梁が天井を支え、右の柱に重さを預けている――
覚悟を決め、脚を止めた。
「ハっ!」
抜刀一閃。
まずは柱を二度、斜に断つ。
そのまま背を向き、さらに一撃。
「ズアアッ!」
渾身の力をこめ、地から天へと剣を振り上げた。
壁を斬る凄烈な衝撃。
体の方が砕かれそうな抵抗を、意思の力で反転させる。
思い起こすのは双刃の槍が生む旋風。
刃は轟く音と共に、壁もろとも天井まで粉砕した。
支えを失った建材が、一拍ともたずに崩れ落ちる。
「おわ!?」
「み、道が……!」
「と、止まれっ。瓦礫がぁぁ!?」
ふさがれた通路の向こうからは、混乱の声がくぐもって聞こえてきた。
いずれ越えてはくるだろうが、事の成就にはその束の間があれば十分だ。
止めていた足を再び動かし、先行していた一行に追いつく。
「やるじゃないか。
あれだけの威力、
いつの間に身につけたんだい?」
「鍛錬は続けています。
某(それがし)とて無駄に争っている
わけではありませんので」
日々刃を交えていれば、相手の剣筋ぐらいは見えるようになる。
理念も、道理も、信条もだ。
ただの小競り合いでそこまでの深みを見たわけではないが、テルテォの誇る力を否定する事はできず、対抗心から攻略の手を求め、密かに威力の術(すべ)を模していた。
このような形で役に立とうとは思わなかったが。
某(それがし)の面白くもない応えに、ティティカ殿は小さな笑みを浮かべていた。
「旅にでた甲斐があったってわけだ」
「む……」
湧き上がってくる複雑な想いに、返す言葉は浮かばなかった。
考えを巡らせている間にも、時は進み続けている。
部屋を抜け、逃げまどう文官たちを尻目に、ムックルは迷いなく通路を駆けていた。
首上で動かぬアルルゥに従って。
不思議と疑いの気持ちも起きない。
『ティティカルオゥル』は森の母(ヤーナマゥナ)の導きに従い、ただ先へ先へと進み――
そして、ついに辿りついた。
「ひぃ?」
城の中心に位置する場、開け放った戸板の先で盛大に震えている、やたらと大仰な装いの男に。
明らかに怯えている様はあまりにも情けないが、状況から見て間違いはあるまい。
「ドルノ・ウィの皇(オゥルォ)だね。
大人しくしてもらおうか」
ティティカ殿は迷いなく、番(つが)えた矢を男に向けた。
「み、見ろ!
貴様が指揮を執らぬから、
賊が、ここまで……!」
皇(オゥルォ)は動揺をさらに深め、隣の女に縋(すが)りついた。
――白い鬼面に顔を隠した女に。
見間違えようがない。
確かにあの日、燃え落ちゆく砦で出会った女だ。
矢を向けられ、怯える男にまとわりつかれながら、そのまなざしはまるで動じていない。
冷たくもなく、温かくもない黒い瞳は、ただ世界を見ているだけ――
いや、不動は眼だけではない。
青白の衣も、長い黒髪も、白い喉すらも、動きというものがまるでない。
それは、心の臓すら止まっているのではないかと思わせる、完全な静。
誰も、なにも語らない、
奇妙な沈黙が数拍つづいた。
ティティカ殿も、敵の皇(オゥルォ)も、圧倒されたように動きを止めていた。
だが、森の母(ヤーナマゥナ)だけは別。
女を凝視していたアルルゥが、久しぶりに口を開く。
「……ちがう。
おねーちゃんじゃ、ない」
漏れたつぶやきは失意そのもの。
それがいかなる意味を持っているのか、某(それがし)には推し量る事ができなかった。
いや、想う余裕すら失っていた。
白面の女を前にこみあげてくる不可解な衝動と、その後ろにたたずむ男が叩きつけてきた動揺のせいで。
後ろで結われた長い髪に、猛禽を思わせる羽の耳。
痩躯ながらも鍛え上げられた長身は、
人の生き血と魂を喰らう妖刀のような鋭さをまとっている。
父に似た厳(いか)ついまなざし。
母を偲(しの)ばせる細い面(おもて)。
そのすべてがよく知るもので、だからこそ理解が及ばない。
「リュウガ、兄……?」
そこには、捜し求めていた兄がいた。