うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・40~ アルルゥといっしょ・終結

 

 ドルノ・ウィの首都ボルネ・オは、戦勝の宴に沸いていた。

 いや、いまでは元・首都か。

 ウペクペに征服された今後、都は名を変え、姿を変え、新たな街として発展していくのだろう。

 あるいは搾取され、衰退していくだけなのかもしれないが。

 夜空の下、にぎわう城前の広場からやや距離を置いた場に一人座り、某(それがし)はその様を眺めていた。

 少し殺伐とした心のまま。

 思えば一人きりという状況も久しぶりだ。

 アルルゥと出会ってからここまで、いかに忙(せわ)しない日々だったことかと、今更ながらに思い知る。

 少しだけ頬がゆるみかけ、しかし、すぐ苦味にしかんだ。

 日々の彩(いろどり)が鮮やかなほど、孤独が色濃く影を刺す。

 ――追い求めたリュウガ兄を前に、ただの一歩も動けなかった。

 向かい合ったあの距離が、幼子の頃から変わらない絶対の差なのだ。

 某(それがし)は、今日までなにを積み上げてきたのだろう……

「なに沈みこんでるんだい。

 似合いすぎだよ、アンタ」

 不意に、後ろから声をかけられる。

「ティティカ殿……」

 戦の最中に見せた動揺など微塵も感じさせない、飄々とした姿がそこにはあった。

 手にした酒を傾けながら、某(それがし)の隣に腰を下ろす。

「いやぁ、成果は上々。

 軍規に反したって叱られはしたけど、

 一応戦果は認めさせたからね、

 褒美はばっちり頂いてきたよ。

 後で山分けといこう。

 そりゃまぁ、タイガはあんまり

 気に入らないかもしれないけどさ」

「いえ、そのようなことは……」

「なんだい。

 まだ気にしてるのかい、

 あの時のこと」

「それは……

 ……はい」

「ふむ」

 我ながら気のない返事に、返ってきたのは鳴らされる喉の音。

 手酌で酒を注ぎ足しながら、ティティカ殿の言葉はいつもと同じ。

「アレがタイガの探してた兄さんか。

 話半分だったけど、

 確かにとんでもない使い手だったね」

 それでも、心に触れる衝撃は変わらない。

 今さら怒りが沸いてきた。

 なにに対してかと思い、あまりに無力な自分に向けてと気づく。

 いつの間にか、頬を冷たいものが流れていた。

「戦の場で、討つべき敵を奪われて、

 なにもできなかった。

 なにが、なにが武士(もののふ)か……」

 こぼれる泣き言はあまりに情けなく、それこそ武士(もののふ)にあるまじき姿。

 見捨てられて当然の醜態を前に、それでも応じる声は変わらず、

「だったら、次はなにかしな」

 いつもと同じ大らかさで、某(それがし)を受け入れてくれた。

「ティティカ、殿……」

「悔しがれるならまだ大丈夫さ。

 いま弱いってんなら、もっと鍛えりゃいい」

 それは同情でも、憐憫でも、激励でもない強い言葉で、

「アタシが保証してやるよ、タイガ。

 アンタは強くなれる。

 あの兄貴より、ずっとね」

 なんの根拠もなかろうとも、その屈託のないとびきりの笑顔は、空ろだった某(それがし)の心を温かく満たしてくれた。

 硬直していた体と共に、心のこわばりまでほぐれてゆく。

 止め処なく、口から言葉がこぼれていた。

「……某(それがし)は兄上と同じく、

 無断で里を下りてきたのです」

 自らの恥を晒すように。

「兄上は、禁を犯しました。

 元服(コポロ)を向かえる前日に

 里を下りたばかりではなく、

 一族に伝わる宝剣を盗みだしたのです。

 某(それがし)は、その罪を贖(あがな)わせようと

 兄上を追ってきました。

 ですが……」

 痛みに耐えながら言葉を吐き出す。

 自らの不甲斐なさを明かす事は死にたくなるほど情けなく、しかし、どこか安らかで。

「そっか」

 短くも、羽毛のように柔らかな言葉に、堕ちかけていた心も救われた気がした。

「それで、どうする?」

「え……?」

「諦めるのかい?

 それとも」

 まだ、終わりではないのだとも気づく。

 問いかけの意味を考え、即座に定めた。

 ここが心の奥底ならば、後は這い上がるしかない。

「……追います。

 兄上を止めるのは、血を分けた弟である

 某(それがし)の役目ですから」

「よしよし。

 それでこそ『ティティカルオゥル』の一員だよ」

 真夏の日差しのようなティティカ殿の笑顔は、その覚悟を支えてくれた。

 きっと、同じような笑みを返せているだろう。

 まだ歪(いびつ)かもしれないが。

「どうだい。溜めこんでたこと

 ブチまけてすっきりしただろ?」

「あ……」

「悩みなんてのは一人で抱えこむもんじゃないよ。

 なにかあったら言ってみな。

 アタシたちは同じ団の仲間、

 家族みたいなモンなんだからさ」

「ティティカ殿……

 はい。ありがとうございます」

 爽やかな気風は心地よく、素直な気持ちを自然と告げられた。

 未熟である己が情けない。

 目の前に、確かな主の器をもつ人物がいるというのに、そうと認めることすらできないのだから。

 まあ、立ち振る舞いには、もう少し品格をもっていただきたいところだが。

「だいたい、その呼び方が

 気に入らなかったんだよね。

 よし、今後は姉と呼びなさい」

「あ、姉上、ですか?」

「まだ固いねぇ。

 姉さんでいいよ」

「ティティカ、姉……」

「よしよし」

 引きつりながらの呼びかけに、ティティカ殿は先よりも楽しげな笑みを浮かべた。

 そのまま杯を一息で空け、グイと腕を高く伸ばす。

「さて、次はアルルゥかな。

 あの子はどこに行ったのやら」

「アルルゥ……」

 その名に、今さら思いだした。

 あの場で傷を負ったのは、自分だけではないのだ。

 戦を終えてからアルルゥがどうしているのか、某(それがし)はまるで記憶していなかった。

 半ば自失の状態であったとはいえ、言い訳になどならない。

 

 戦場に似つかわしくない少女のことを、

 守ると誓った少女のことを、

 某(それがし)は……

 

 約束は守らなければならない。

 エヴェンクルガの武士(もののふ)として。

「ティティカ殿」

「ん?」

「アルルゥのことは、

 某(それがし)に任せていただけませんか」

 決意をこめ、願い出る。

「……そうか。

 うーん、でも、ねぇ」

「未熟は承知。お願いします。

 ……ティティカ姉」

 それ以上に、『ティティカルオゥル』の一人として。

 想いは、正しく伝わったのだろう。

「そうだね。

 頼むよ、タイガ」

「はい」

 極上の笑みがその答え。

 受け取った姉の笑顔を伝えるため、某(それがし)は立ち上がり、場を後にした。

 アルルゥを探すために。

 

 

 遠ざかるタイガの背を見ながら、ティティカは目を細めた。

「男の顔になってきたじゃないか、っ……」

 嬉しそうなつぶやきに、苦悶の響きを混ぜながら。

 胸を押さえ、乱れようとする息をなだめながら、

 それでも小さな笑みを浮かべて。

「家族、か……」

 声は誰に聞かれることもなく、月の光に溶け、消えた。

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