うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・2~ カミュ襲来・挨拶

 

「お初にお目にかかります。

 オンカミヤムカイの第二皇女、

 賢大僧正(オルヤンクル)がウルトリィの妹、

 カミュと申します」

 基点と定めた宿の一室。

 部屋の主であるティティカ姉の前で、カミュ様は折り目正しく頭を下げた。

「このたび、『ティティカルオゥル』の

 タイガ様には、危うい所をお助けいただきました。

 心より感謝の意を示させていただきます。

 本当に、ありがとうございました」

 動作の一つ一つが優雅にして美麗。

 知性にあふれる姿もまた、一国の姫に相応しい気品を具えている。

 見目の麗しさはまた格別だ。

 肩までの髪は輝く銀(しろがね)。

 青玉(ワゥ・カゥン)のような瞳は、柔らかな面立ちとも相まって、まっすぐな性格までをも現して見える。

 だが、なぜだろう。

 あどけなく清らかなその表情に、時折えも言われぬ蠱惑(こわく)の色が香るのは。

 ただそれも、姿勢を正していた一瞬だけの事。

「むふー。

 カミュちー、アルルゥのともだち」

「えへへー」

 アルルゥと笑いあう様からは、幼さの残る無邪気さしか感じられなかった。

 仲のよい姉妹のような二人の様子に、ティティカ姉も心をほだされたのだろう。

 一国の、それも数多の国を結ぶ『始まりの國』の姫を前に、いつもの口調で語りだした。

 まあ、相手が誰であれ遠慮をするような人ではないが。

「でもオンカミヤムカイの皇女様が

 なんでまたこんなところに?

 見たところお供も一人だけみたいだけど」

 言いながら流し目を横へと向ける。

 ムティと名乗ったオンカミヤリューの少年は、姫君の身を案じながらも、その視線に顔を赤く染めていた。

「そ、それは、軽々しくはお答えできません。

 姫さまの言動はオンカミヤムカイの

 明日を担う重要なものであり、

 在野の人々に簡単に教えられるようなものでは――」

「あのね、カミュ、オンカミヤムカイで勉強してたの。

 政治とか歴史とか法術とかの」

「ひ、姫さま?」

 威厳を示そうとするムティ殿の言葉を気にすることなく、カミュ様は問いに答えていた。

 こちらの方が地なのだろう。

 含みのない自然な声から、偽りの意図は感じられない。

「その中でね、國師(ヨモル)の人たちに聞いたんだ。

 いろんな国が争ってて、とっても危ない情勢だって」

「そんな事、今に始まったことではないだろう。

 時代は乱世だぞ。

 危険のない国などあるものか」

「うん。そうなんだよね……」

 妙に不機嫌なテルテォの声にも、素直な思いで答えていた。

 穏やかな表情は変えぬまま、瞳の青に影を落とす。

 だが、持ち前の明るさなのか、それを引きずりはしなかった。

「でもね、

 カミュがオンカミヤムカイから出てきたのは

 別の理由があるの」

「別の理由?」

「うん。たくさんの國師(ヨモル)の人に

 話を聞いて知ったの。

 国々の争いの中で、

 白い仮面をつけた人が

 裏で糸を引いてるって」

 真剣なまなざしが告げた言葉は、某(それがし)たちの間に鋭い緊張を走らせた。

 対峙した時の重圧が心の内に蘇る。

「……あの女、ここだけでなく

 他の国にまで干渉していたのか」

「あの女って、え?

 タイガくんたちも知ってるの?」

「ええ。話せば長くなりますが……

 今はその後を追っています」

 思わずアルルゥに目を向ける。

 押し黙った表情は、月の夜を思い出させた。

 それでも、目には生気が宿っている。

 心配はなさそうだ。

「そっか。そうだよね、

 アルちゃんがいるんだもん、ね……」

 想いは同じであったのか。

 カミュ様もまた、アルルゥに優しいまなざしを向けていた。

 浮かべた笑みは相手を心から慈(いつく)しむのもので、少しだけ羨ましい。

「それで、カミュ様が

 自らが調査に乗り出した、と?」

「えーと、うん。

 まぁ、そんなとこかな。

 あ、はは」

「なにを言ってるんですか。

 勉強がいやだからって

 抜け出して来たんじゃないですか」

 カミュ様の渇いた笑いを、今度はムティ殿が遮った。

 唇を尖(とが)らせた表情は、不満を隠そうともしていない。

「ちょっと、ムティっ」

「兵を眠らせてお爺様を簀巻(すま)きにして……

 知りませんよ。戻ったとき、

 賢大僧正(オルヤンクル)にどんなお仕置きされても」

「う……そ、そこはほら、

 ムティも一緒に謝ってくれれば

 許してもらえるかなー、なんて」

「無理だと思いますけど」

 気弱そうだった雰囲気が一転、すっかり拗ねきっている。

 随分と色々なものに耐えてきたのだろう。

 なぜか妙に共感してしまった。

 気にされないところまでそっくりだ。

「いざとなったら

 身代わりになってもらうって方法もあるし……」

「な、なんですか、身代わりって」

「えーっと、そんなわけで……

 そうだ! ねえ、ティティカ様。

 カミュもお姉様の雇兵団(アンクァウラ)に

 入れてもらえないかな?」

「な? 姫さま?」

「そうすればカミュも危なくないし、

 オンカミヤリューとしても役に立てると思うんだ。

 それに、アルちゃんと一緒にいられるし」

「んー」

 唐突な提案にいきなり抱きつかれても、アルルゥは嬉しそうに微笑むばかりだった。

 二人にとってはよいのだろうが、周囲は素直に受け入れられない。

 案の定、ムティ殿の反応は従者に相応しいものだった。

「な、なにを言いだすんですか!

 雇兵団(アンクァウラ)なんて、

 そこにいる方がよっぽど危険ですよ!」

「えー、だってー」

「まったく、思いつきで行動するのも

 ほどほどにしてください。

 そのせいでぼくがどれぐらい苦労してると

 思ってるんですか」

「うー……」

「そんなことだから

 おてんば姫だなんて言われるんですよ。

 体が育つばっかりで、

 頭の中は子供の頃から変わってないなんて暴言、

 全然否定できないじゃないですか。

 だから真面目に勉学に励んでくださいと

 何度も――」

「うるさーい!

 いいの! もう決めたんだから。

 カミュはアルちゃんと行くからね!」

 駄々をこねるカミュ様の様子を見ていると、まったく、ムティ殿の苦労が痛いほどよくわかる。

 繰り広げられるやりとりを見ながら、ティティカ姉は声を上げて笑っていた。

「って言ってるけど、どうする?」

 目尻を指でこすりながら、隣のリネリォ殿に話を振る。

 いかなるやりとりがあったのか、騎兵の姉弟はいつの間にか、『ティティカルオゥル』の団員に加えられていた。

 まあ、いまさら某(それがし)にも遺恨はない。

 リネリォ殿の控えめな態度には、武士(もののふ)として見習うべき点も多かった。

「私が口を挟む事ではないだろう。

 団の長であるお前が決めろ」

「俺は反対だ」

 問題は、此奴(こやつ)である。

「おや、テルテォ」

「女子供に雇兵(アンクアム)が務まるか。

 ふざけるのも大概にしろ」

 大きな身形(みなり)と相まって、態度までが無駄にデカい。

 力任せの槍同様、他に対する配慮というものに欠けている。

 我が『ティティカルオゥル』の名を汚しはしまいかと不安を感じないでもないのだが、ティティカ姉が認めたからには止むをえまい。

 アルルゥまでが微妙に懐(なつ)いているのも若干気にいらないが。

「ア、アルちゃんだって女の子じゃない。

 ティティカ姉様も、リネリォさんも」

「まぁその面々は、

 女の範疇に含めて考えるのは

 無謀という気も……」

 つい漏らしていたつぶやきに、三人分の視線がこちらを向く。

 慌てて言葉を継ぎ足した。

「そ、某(それがし)も賛成はしかねます」

「えー、タイガくんまでいじわる言うの?」

「そ、そういう問題ではなくて。

 やはり、危険ですから」

「危険?」

「戦の場とは恐ろしい所です。

 貴女のような方には傷ついて欲しくない。

 ご自愛ください」

 これは偽らざる本音だ。

 性の別に関わらず、わざわざ戦いに身を投じてほしくはない。

 友を想う優しさを具えた高潔な人物には、特に。

 そんな想いをどのように汲んだのか、カミュ様は膨らんでいた頬を、唐突に綻(ほころ)ばせた。

「タイガくん……

 カミュのこと、心配してくれるんだ」

「え? ええ、それは無論――」

「嬉しいっ。ありがと!」

 その笑みが飛びかってきた。

 揺れる大きな胸と共に。

「のぁ、カ、カミュ様?」

「水臭いなぁ。カミュでいいよ」

「わ、わかったから、離れて……!」

「……すけべー」

「な、なんでだ!

 某(それがし)はまったく悪くない!」

 ますます混沌としてくる状況に、笑う声は大きくなるばかり。

「まあ、好きにすればいいさ。

 面白そうだし」

「本当?

 ありがと、ティティカ姉様」

「もが」

 ティティカ姉の承認に、某(それがし)を捉える力が一際増した。

 ドタバタと広がる喜劇めいたやりとりに、落ちてくる苦言が一つ。

「ふん、正気とは思えませんな」

 テルテォは腕を組んだまま、不機嫌を隠そうともしなかった。

 カミュ様の頬が再び膨らむ。

「キミ、さっきから感じ悪いなぁ、もう」

「姫だかなんだか知らんが、

 俺は身分などで人を見たりはしないのでな。

 ついでに役立たずを連れて行くような

 酔狂さも持ち合わせていないだけだ」

「む……」

 止まらない雑言に、カミュ様は指を組み、ブツブツとつぶやきだした。

 同時にテルテォの頭上が歪み、一抱えほどもある石の塊が現れる。

 驚き集まる視線の中、調子に乗って語る中心だけが気づかない。

「大人しく国に帰った方が身のためだ。

 世間知らずのお姫様は

 日和見どもにちやほやされていれば、

 よいっ!?」

 脳天になにが叩きつけられたのか、舌を噛んだ後もわからなかっただろう。

 オンカミヤリューの法術か。

 つっぷしたテルテォに、カミュ様はにこやかに語りかけた。 

「役に立つでしょ、カミュ」

「こ、この程度、

 戦ではクソほどの役に、

 もおっ?」

 反抗する声を潰すように、また一つ岩が落ちた。

「役に立つよね」

「がっ!」

 また一つ。

「立つでしょ?」

「ごぁ!」

 また一つ。

「ねー」

「ぐぁ……」

 次第にくぐもっていく声にも容赦なく、岩の雨は降り続く。

「おー。カミュちー、かっこいい」

「……女の範疇では、

 考えなくてもよさそうだな」

 テルテォから肯定の言葉が返ってくるまで、カミュ様のつぶやきは止まらなかった。

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