うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・4~ カミュ襲来・悪戯

 

 ある日、宿の廊下を歩いていると、庭の木陰から視線を感じた。

「ん?」

 黒い翼を揺らすカミュ様の視線。

 柔らかな表情はいつもの通りだが、どこか様子がおかしい。

「カミュ様。どうかしましたか?」

「……うん。

 ちょっと、こっちに来て」

 心なしか頬が赤く、瞳が微かに潤んでいるような。

 声に従い近づいていくと、さらに木々の奥へと進む。

「カミュ様?」

「ん……。

 もっと、近くに……」

 言いながらも歩みを止めようとはせず、影が深まるさらに奥へ。

 すっかり人気も遠ざかった所で、カミュ様はようやく足を止めた。

 一際大きな木の下で、背を幹に預けるように。

「カミュ様。いったい――」

 思わず、息を飲んでいた。

 細んだまなざし、

 上気した頬、

 柔らかなしなりを見せる、女の姿に。

「カ、カミュ様?」

「ふふ……」

 微笑みは某(それがし)の動揺を楽しむように。

 柔らかな唇に、人差し指を一本添える。

 その仕草は愛らしさより、肌が粟立(あわだ)つほどの妖しさを感じさせた。

「あのね、熱いの……」

「は、はい?」

「とっても、喉が渇くの……」

 言いながら、両の腕で己を抱く。

 横から押された豊かな胸が、ますます大きく膨らんだ。

 わずかに苦しげな表情の、額に浮かぶ薄い汗。

 集い流れる無色の雫が、白い喉を降りていく。

 なぜか、某(それがし)は唾を飲んでいた。

「カミュ、様……」

「ねえ、

 こっちに、きて……」

 誘う青い瞳は揺れ、浮かべる笑みは妖艶に。

 さしだされた右手の指が、導くように波打ち、閉じる。

 その妖しさが知れるのに、いや、知れるからなのか、気づかぬうちに、歩み寄っていた。

 仄かな甘さに誘われて、ふらり、ふらりと、一歩、また一歩……

 

 頭上の影にも気づかなかった。

 

「はっ?」

 察したときにはもう遅い。

『ヴォウ』

「おー」

「おごあ!?」

 上から落ちてきた塊に、某(それがし)はあえなく押し潰された。

 樹上に控えていたのであろう、ムックルと、アルルゥに。

 つっぷした頭の上から、楽しげな声が聞こえてくる。

「やったやったー。

 ひっかかったー」

 カミュ様の声はいつもと同じ、底なしに無邪気なものだった。

「はー、ドキドキしたー。

 バレちゃわないか心配だったよー」

「だいじょうぶ。

 トラ、すけべだから」

「だ、誰が、スケベだ……」

 我ながら情けない抗議の声も、二人はまるで聞いていない。

「よーし、次はテルテルだー」

「おー」

『ヴォウ』

 小さな拳を振り上げて、次なる標的へと向かっていく。

 その様の、なんと生き生きしていることか。

 アレのどの辺が皇族の姫なのだろう。

 認識を改めた方がよいかもしれない。

 動かぬ身で益体(やくたい)もないことを考えながら、遠くからの断末魔をしみじみと聞いた。

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