うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・5~ カミュ襲来・交流

 

 酒の肴に焼いた魚と茸を手に持ったまま、某(それがし)は戸を前に佇(たたず)んでいた。

「それでもう、

 トラちゃんとテルテルったらね」

「ふたりとも、すけべ」

「あははははははは!

 そりゃいいや。

 アタシも呼んでほしかったなぁ」

「それじゃ、今度は

 ティティカ姉様も一緒にやろっ」

「やるやる。もー、まかせとくれ。

 一肌どころかみぐるみひっぺがしてやるよ」

「えーっと、それはなにか、違くない?」

 部屋の中で交わされている、不穏な会話に躊躇って。

 迂闊に足を踏み入れれば、どのような目に合うかわかったものではない。

 戦にも機というものがある。

 自らの命に関わる問題を前に、慎重すぎるという事はあるまい。

 もう少し様子を窺(うかが)おう。

「アルルゥもなかなかだけど、

 カミュもやるもんだねぇ」

「そりゃあもう、

 カミュも成長してるんだから」

「姫さま、そういって

 お酒に手を出そうとするのはおやめください」

 おや。

 悪鬼羅刹(あっきらせつ)の巣窟めいたこの場所に、ムティ殿は参入していたらしい。

 なんという勇気だろう。尊敬に値する。

 案の定、ティティカ姉の声が邪(よこしま)を増した。

「ムティちゃんは固いねぇ」

「ぼ、ぼくは、オンカミヤムカイの僧ですから。

 お酒を嗜(たしな)むにも

 最低限の礼節というものは必要です」

「そんなのつまんないよぅ。

 お酒は楽しく飲むものだって、

 カルラ姉様も言ってたよ」

「賢大僧正(オルヤンクル)の妹君ともあろう方が、

 そのようにふしだらなことでどうします。

 いいですか姫さま。

 姫さまはオンカミヤムカイの象徴として、

 いつ如何なるときでも礼儀と礼節を

 わきまえてですね――」

「んー、かわいいねぇ」

「ふわぁ? ティ、ティティカ様?」

 ムティ殿の声が悲鳴に変わる。

 あの叫び方は、いきなり抱きすくめられでもしたのだろう。

 なにが行われているのか容易に想像がつくのは、短くも濃厚な経験の成せる業か。

 嬉しくもない。

「カミュたちの話聞いてたら、

 なんだか火照(ほて)ってきちゃったよ」

「ほ、火照るって、なにが……?」

「なんていうか、そう、

 可愛い子を虐めたくなるっていうか」

「はいぃ?」

「カミュぅ、この子、

 今晩借りてもいい?」

「え? えーと、うん。

 明日には返してね」

「ひ、姫さまー!?」

 聞こえくる騒ぎの音に心の内で合掌する。

 ムティ殿、どうか安らかに。

「なにをしているのだ、タイガ」

「のぉ?」

 不覚にも、背後をとられた事に気づかなかった。

 内心の動揺を隠そうとして、声をかけきたリネリォ殿に、意味のない言い訳を広げてしまう。

「い、いや、某(それがし)はただ、

 酒の肴を運びに来ただけで、

 別段盗み聞きをしていたわけではなく」

「? そうか」

「そう、そうなのです。

 テ、テルテォはどうしたのでしょうかね?

 奴こそ、たまにはこういう場に当たるべきだ」

「よくはわからんが、

 先ほど慌てて出ていったぞ。

 この時間に訓練とは、

 いつからあれほど勤勉になったのか」

 ……おのれ、逃げたな。

 勘のいい奴め。

 この場にいない相手に歯噛みし、思わず慣れた殺意を抱く。

 肩を引かれるまでの一瞬だけしか続かなかったが。

「へ、な?」

「まあ、たまにはよかろう。

 ティティカの晩酌に誘われていてな。

 お前も付き合え」

「い、いや、某(それがし)は!」

 抵抗する暇もなく、部屋の戸は開け放たれた。

「おー、トラちゃーん」

「おや、リネリォ。

 いい肴を持ってきてくれたねぇ」

 途端、すでに出来上がっている二人が、両手を広げてにじりよってきた。

 目に異様な光を湛えた姿は、さながら禍日神(ヌグィソムカミ)のよう。

 視界の片隅では、半分剥かれたムティ殿がリネリォ殿に泣きついていた。

「な、なんだ?」

「リネリォさまっ、お助けくださいぃ」

「ムティ殿? い、いや、状況がイマイチ……」

「さータイガ。とりあえず脱ぎな!」

「脱げー、脱げー」

 ムティ殿の姿に己の末路を重ね見て、思わず藁に手を伸ばす。

「ア、アルルゥ! 助け……」

「うまうま」

 アルルゥは泰然と、某(それがし)の運んできた肴を食らっていた。

 脱力した背に二人分の重みがのしかかる。

「さー、観念しな」

「観念しなー」

「のあーーーーーーーー!!」

 響く悲鳴にも慣れたのか、宿の誰も駆けつけはしない。

 今宵もまた、長い夜になりそうだ……

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