うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
今日も今日とて某(それがし)は往来を歩いていた。
二人の娘の後を追い、重い足取りを引きずって。
「トラちゃん、おそーい。
置いてっちゃうぞー」
「トラ、ぐずぐずしない」
少しでも遅れようものなら容赦ない言葉が飛んでくる。
露店で買い漁った団子を振りながら急かす姿は、まるきり子供だ。
アルルゥはまだわからなくもないが、カミュはあれでよいのだろうか。
某(それがし)より歳が上だとはとても思えない。
近づき、思わずボヤいていた。
「楽しいのはわかるが、
少しは落ち着いた方がよいのではないか?
仮にも一国の、
それもオンカミヤムカイの姫だろうに。
ティティカ姉の前で見せた淑やかさは
どこに落とした」
「むー、ひどいなあ。
カミュだって必要な時は
あれぐらいできるんだもん。
必要でないときは自然でもいいじゃない」
「自然すぎる。
少しは皇女としての体裁というものも
考えて行動しろ」
「もう、トラちゃんまでムティみたいなお説教する」
「当然の心配じゃないか」
「ぶー。
それならアルちゃんだって一緒じゃない」
「は?」
頬を膨らませるカミュの文句に、思わず間の抜けた声を上げていた。
「アルルゥが、なんだって?」
「アルちゃんだってトゥスクルの皇女様じゃない。
元だけどさ」
「トゥスクルの、皇女?
アルルゥが?」
その国の名は聞いたことがある。
新興ながらもクンネカムンの大乱において主導を執った大国であり、今なお東方の強国として名を馳せている国だ。
開国者の名は仮面の皇(オゥルォ)ハクオロ――
「ハクオロ皇の、娘?」
「うん。
え? あれ?
えーっと……」
「カミュちー……」
「あれ……
もしかして、秘密だった……?」
ひそめられたアルルゥの眉が、カミュの言葉を肯定していた。
まとう暗い雰囲気は嘘を見抜かれた時と同じ。
いや、その重さは今までの比ではない。
騙していたという自覚があるのだろう。
縮めた身から、悔いる気持ちがひしひしと伝わってくる。
息苦しい時が流れた。
言葉を失ったまま、誰も口を開こうとはしない。
肩を落とすアルルゥの様に、カミュまでもがおろおろするばかり。
無言は某(それがし)も同じだ。
騙されていたという思いはある。
だが、
何故と問う気にはなれなかった。
アルルゥの判断は、きっと正しい。
正しかった。
始めから皇女という存在を前にして今までのような態度でいられたかは、某(それがし)自身にもわからなかったからだ。
武士(もののふ)として、エヴェンクルガとして、高貴なる方に敬意を払って応じるのは当然なのだから。
アルルゥはそれを嫌ったのだ。
畏(かしこ)まられる関係よりも、対等な付き合いを望んだのだろう。
いや、望んでくれたのか。
非難するつもりなどなかった。
むしろ、感謝の想いが募る。
嘘ではなく、これは気遣いというべきだろう。
アルルゥが非を感じる必要などどこにもなく、それを伝えるのが某(それがし)にできるささやかな礼ではないか。
言葉よりは、むしろ態度で。
「……皇女と言っても、元だろう?
今さら気にすることでもない」
「え?」
「それに、たとえ皇女でも
アルルゥはアルルゥだ。
それでなにか変わるわけでもないじゃないか」
「トラ……」
語る声は、心がけるまでもなく、ごく自然。
「そんなことで某(それがし)が
臆するとでも思ったんじゃないだろうな?
甘くみられたものだ。
例え主君が相手でも、非は非として断ずるのが
エヴェンクルガの在り方だ。
――というわけで」
「あっ」
「おだんご……」
「行儀が悪いのでこれは没収する。
文句はないな?」
問答なしに団子を取りあげても、返ってきた反応は楽しげな、いつもの二人のものだった。
「うー」
「まあ、しかたないか」
「よしよし。少しは大人しく――」
「あっちの方がおいしそうだもんね」
「ん。いこ」
「って、おいっ」
にぎわいを取り戻した通りを、明るい声が逃げていく。
笑う二人は相変わらず、むしろより楽しげで、
追う某(それがし)の足からも、最初の重さは消えていた。