うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

53 / 235
~第二幕・8~ カミュ襲来・テルテル

 

 宿の廊下を歩いていると、向こうからテルテォがやってきた。

 戦場でも見たことがないほど血相を変え、静かな場を忙しなく乱す。

「おい、騒がしいぞ。

 他の者の迷惑も考え――」

「い、いい所にっ。

 匿(かくま)え!」

「匿えって、お、おい?」

 某(それがし)の注意を聞こうともせず、テルテォは隣の部屋へ飛びこんでいた。

 呆然としていられたのは、閉ざされた戸が大人しくなるまでの一瞬だけ。

 前に現れた新たな騒がしさに、無理やり意識を向けさせられる。

「トラちゃん、いい所に」

「カミュ……?」

 そこには、オンカミヤムカイの姫君がいた。

 息を切らせ、羽を上下に揺らす様は、相変わらずのおてんば振りだ。

「テルテル見なかった?」

「テルテル?」

 ……ああ、テルテォのことか。

 そういえば少し前から、しばしばその呼び名を聞いていた気がする。

 それにしても、アルルゥといいカミュといい、武士(もののふ)に対する敬意というものはないのだろうか。

 あるいは、某(それがし)たちだけが見くびられているのか?

「前から思っていたのだが、

 そのトラちゃんという呼び方は

 どうにかならないか?

 某(それがし)にも、その、

 武士(もののふ)としての尊厳というものが――」

「知らないならいいや。

 じゃーねー」

 ……行ってしまった。

 片手をぷらぷらと振る様は、さながら野良犬をあしらうかのよう。

 ティティカ姉の矢でも、あそこまで見事には飛んでいかないのではなかろうか。

 溜息をつきながら、後ろの戸に話しかける。

「……行ったぞ」

 わずかに隙間が開き、止まる。

 様子をうかがっているらしい。

 日頃の豪胆さからは想像も出来ない繊細さだ。

 恐る恐る這い出てきたテルテォは、見たことがないほど疲れきっていた。

 戦の後でもここまで困憊(こんぱい)はしていなかったと思うが。

「ふう」

「なにをやらかしたんだ」

「俺はなにもしていない。

 あ奴が愚弄してくるだけだ」

「愚弄、ねぇ」

 確かにこのところ、カミュはテルテォを相手にしていることが多かった。

 悪戯の標的、と言ったほうが正しいが。

 テルテォならば怒鳴り散らして終わらせていそうなものだが、アルルゥが一緒にいると強くは出られないらしい。

 その流れからか、今ではカミュ一人が相手でもこのザマだ。

「まったく、なさけない」

「なんだと?

 貴様にだけは言われたくないわっ」

「なに?」

「やるか?」

 某(それがし)のつぶやきに応じ、勢いを取り戻したのも束の間のこと。

「あー、テルテル発見!」

 遠くからの高い声に、見る間に血の気が引いていった。

「し、しまっ――。

 タイガ、勝負は預けるぞ。

 いいか、預けるだけだからなっ」

「あ、こら、まてー」

 負け惜しみ、と呼べるのだろうか?

 判断の難しい言葉を残し、テルテォはすっ飛んで行った。

 その後をカミュが追いかけていく。

 テルテォとは逆に、こちらはこぼれんばかりの笑みを浮かべて。

「……仲、いいんじゃないか?」

 残された某(それがし)のつぶやきに、答えは返ってこなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。