うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・9~ カミュ襲来・訓練

 

 街外れの古びた広場。

 今、人気のないその場所で、二つの旋風がぶつかりあっていた。

「ぬおおおおお!!」

「ハあああああ!」

 咆哮は、裂帛の気合と息吹。

 振るわれる二本の槍が、互いの双刃を激しく打ちあう。

 火花を散らし、衝撃を残し、ウマ(ウォプタル)の動きに合わせて縦横に疾(はし)る。

 遠のき、近づき、絶え間なく力を撒き散らす様は、さながら地を這う竜巻だ。

 アレに巻きこまれたらと考えると、自然と唾を飲みこんでしまう。

 リネリォ殿とテルテォの手合わせは、訓練と呼ぶには激しすぎるものだった。

「うっひゃあ、すごいねー」

「うお?」

 いつの間にか見入っていたらしい。

 隣に人が来ていたことにも気づけないとは、未熟にもほどがある。

 心の中で自省しながら、声の主に問いかけた。

「カミュ。

 今は、勉学の時間ではなかったのか?」

「えへ、抜けだしてきちゃった」

 答えは、まあ、予想した通りだ。

 カミュは自らを小突きながら、小さく舌を覗かせた。

 愛らしい仕草ではあるのだが、見るたびにオンカミヤムカイの姫というのが疑わしくなる。

「ムティ殿がついていたはずだが……」

「うーん、あんまりしつこいから

 ティティカ姉様に預けてきちゃった」

 ……ムティ殿。貴方のことは忘れませぬ。

 ひそかに黙祷を捧げてから、再び前に目を戻す。

 騎兵の打ち合いはより速く、より激しさを増していた。

「リネリォ姉様は流石、

 見た目通りのかっこよさだねー。

 テルテルも、けっこうやるなぁ」

「ふん、あの程度、

 どうということはない」

「トラちゃんは訓練しないの?」

「某(それがし)は某で鍛錬している。

 無用な心配だ」

 ……もっとも、彼らの実戦に近い訓練に及ぶかどうかは怪しいが。

 某(それがし)の内心に渦巻く複雑な想いをまるで気にせず、カミュはただただ楽しそうだ。

「一緒にやればいいのに」

「そういう訳にもいかないだろう。

 互いに志すものに違いも、

 って、ちょ――?」

「いいからいいから。

 同じ雇兵団(アンクァウラ)の仲間なんだからさ」

 ひたすら明るい笑みのまま、カミュは某(それがし)の手を引いて、槍を振る二人に近づいた。

 当然それを察したのだろう。

 二騎の生みだす竜巻は徐々に勢いを失いゆき、某(それがし)たちが辿りつく頃には見下ろすまなざしを備えていた。

「こんにちわ。

 見学させてもらってもいい?」

「お前たちか。見学とは?」

「別に、そのようなつもりはない。

 某(それがし)は鍛錬のために来ただけだ」

「はン。

 モノは言いようだな」

「なに?」

「盗み見に来たと白状すればいいものを。

 正直はエヴェンクルガの美徳ではなかったか?」

「っ、相変わらずの減らず口を……

 あの程度の槍に盗み見るほどの価値があるかっ」

「なんだと?」

「なにを怒っている。

 言われた通りエヴェンクルガの美徳を

 見せてやったというのに」

「貴様っ」

「やるかっ」

 いつもと同じやりとりの果て、いつもと同じく睨みあう。

 一触即発の某(それがし)とテルテォを、残る二人はただ眺めていた。

「あはは。

 トラちゃんとテルテルは仲良しだね」

「そう、だな。

 まぁ、程度でいえばちょうどよい」

「ティティカ姉様も楽しい人だし、

 アルちゃんも昔のままで安心したよ。

 ねえ、リネリォ姉様はどうして

 『ティティカルオゥル』に入ったの?」

「私は……

 利用するためだ」

 和やかだった雰囲気に、その答えが歪みを生んだ。

 リネリォ殿の瞳には冷たい光が宿っている。

「利用?」

「雇兵(アンクアム)の情報網に

 ティティカの求心力と行動力。

 実に都合がいい。

 我らが仇を捜し出すためにはな」

 いつもと変わらぬ、冷たい光だ。

「仇……」

「そうだ。

 皇(オゥルォ)を裏切り、一族を裏切り、

 誇りをも裏切った怨敵を討つために

 我ら姉弟は生きている。

 奴に受けた辱めの数々を、

 その身に刻んでやるためにな」

 いつもは動かぬ表情が、語る今だけはわずかに異なっていた。

 口元を歪めた笑みにも似た表情に、背筋が凍るほどの戦慄を覚える。

 向けられたカミュに至っては、耐えきれるものではなかったのだろう。

「そんなの、ダメだよ……」

 応える声は哀れなほどに震えていた。

 それでも、懸命に想いを伝えんとする。

「敵討ちなんて、悲しいだけだよ。

 憎しみや恨み、悪しき心に従って、

 たとえその目的を果たしても、

 リネリォ姉様は、絶対に幸せになんかなれないよ。

 悲しみを忘れることはできないけど、

 それに捉われてはいけないって、お姉様も――」

「流石はオンカミヤリュー。

 絵に描いたような奇麗事を並べるものだ」

 だが、細くも確かなその意思も、歴戦の猛者にとってはそよぐ涼風のようなものなのか。

 リネリォ殿の眼光は微塵も揺るがず、カミュの視線を真っ向から受け止めていた。

「己の幸福など知ったことか。

 怨敵の滅殺は我が一族の悲願。

 たとえ地獄(ディネボクシリ)に堕ちようと、

 私はこの手で奴を殺す」

 返すまなざしは射殺さんばかり。

「必ず、な」

 最後に足されたつぶやきには、絶対の意思が込められていた。

「テルテォ、行くぞ」

「ハ、ハイ」

 成り行きに圧倒されていたテルテォが、呼びかけに応えて背を伸ばす。

 こちらを気にしながらも、姉の声にはやはり逆らえなかったらしい。

 そのまま立ち去る二人の背を、某(それがし)には止められなかった。

 人気のない古びた広場に、取り残されたのも、また二人。

「カミュ……」

「……うん。

 大丈夫だよ、大丈夫……」

 オンカミヤムカイの姫は黒い翼を震わせながらも、しっかりと地に立っていた。

「……大神(オンカミ)ウィツァルネミテアよ。

 汝の子らに祝福を……」

 祈りの言葉をつぶやきながら、

「……おじさま。

 カミュ、がんばるからね……」

 確かな意思を宿した瞳で、遠ざかる背を見続けていた。

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