うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
アルルゥの強い主張により、『ティティカルオゥル』では朝夕の食事を全員揃って食すことになっている。
曰(いわ)く、同じ釜の飯を食ってこそ本当の仲間になるのだと。
不満の声も多少あったが、女性陣に結託されてはまったく問題ともされなかった。
まぁ、食事は大勢でとった方が楽しいというのはわかる。
ほとんど無礼講な状況に礼節の重要さを説きたくもなるが、これが団の規約というのなら納得もしよう。
しかし――
「いやー。あいかわらず美味いねぇ、タイガのメシは」
「うむ、見事なものだ。戦においても重宝されるだろう」
「それはいい。コヤツには似合いの役目ですな」
「トラー、おかわりー」
「カミュもカミュもー」
「姫さま、お行儀悪いですよ」
……なぜ某(それがし)が食事番になっているのだろう?
当初は当番制のはずだったのに。
いや、理由は明白なのだ。
ティティカ姉は酒の肴しか作らないし、リネリォ殿とテルテォでは素材のまま。
皇族の姫であるカミュに料理ができるわけもなく、ムティ殿は野菜しか使おうとはしない。
アルルゥにいたっては、卓に並ぶのが料理なのか薬なのか、はたまた毒なのかも見当がつかない始末。
団と自身の安全のため、某(それがし)は泣く泣く包丁を握っているのである。
「文句言うわりに、料理してるときは楽しそうじゃないか。
いやぁ、勤勉で料理上手なエヴェンクルガ、
いい拾い物したねぇ、我ながら」
朝から盃を傾けながら、ティティカ姉は上機嫌だ。
時おり自分が団に誘われた理由を思いだせなくなる。
それを受けた理由もだ。
なにか、胸を熱くさせた覚えがあるのだが。
「トラちゃんたちと会ったのが最初なんだよね。
ティティカ姉様は、どうして雇兵団(アンクァウラ)を作ったの?」
カミュの問いに思い出す。
そう、その高き志(こころざし)を。
「……ティティカ姉は自分の国を興すおつもりなんだ。
この戦乱の世にあって、自らの力を信じ、路を拓く……
実に素晴らしい覚悟だ」
その強さに惹かれたからこそ、某(それがし)はティティカ姉と行動を共にしているのだ。
いつか、自身の主を見極める日のために。
照れくさそうに笑うティティカ姉に、カミュも尊敬のまなざしを向けていた。
「へえ、そっかぁ。ティティカ姉様の国かぁ。
うん、とっても楽しい国になりそうだよね」
「ふん、夢のあることだ。
この酔いどれに国の皇(オゥルォ)が務まるものか」
和やかな雰囲気に温められた空気を、冷たい言葉が切り裂いた。
「リネリォ殿?」
「政(まつりごと)と戦はまったく別物。
ティティカの才は認めるが、とても国をまとめる器とは思えん」
氷のような冷静さと、刃のような冷徹さを備えた言葉が。
「そ、そんなこと――」
「手厳しいねぇ。
でもまぁ、そうだろうね」
「ティティカ姉様?」
そんな言葉を向けられても、ティティカ姉の態度に変わりはなく、
「今から心配する事じゃないけどね。
確かに、政(まつりごと)なんてアタシのガラじゃないなぁ」
ただ盃を傾けながら、楽しそうに笑っているばかりだった。
「そ、そんなことでどうするんですか?」
「大丈夫だよ。
そういうガラの奴に役をやればいいんだから。
できないことを無理にやる必要はない。
騎兵には騎兵の、剣兵には剣兵の使いどころってモンがあるだろう?」
その考えは戦の前と同じもの。
いや、いつだってティティカ姉は変わらない。
「雇兵団(アンクァウラ)はその手始めでもあるんだよ。
人の使い方なら政(まつりごと)でも戦でも大差はないからね」
我らが団長はどこまでも泰然と、穏やかな笑みを浮かべていた。
「へー」
「ふん、ものは言いようか」
「な、なるほど。さすがティティカ姉。
そこまでの深慮がおありだったとは」
「んふふ。ま、それだけでもないんだけどね」
「他にも理由があるの?」
「ああ、今では一番の理由だね。
なんのためにアルルゥたちを……グフっ!」
なめらかだった口上が、突然の咳きこみに四散する。
ティティカ姉は胸の下を押さえながら、含んだ酒を吹き散らしていた。
「ティティカ姉様?」
「ゲホ、ゲホ、エホ……」
「なにをしているんだ、お前は」
「うー、鼻に酒が入っちまったよ」
「はっはっは。
慌てずとも肴なら給仕がいくらでも作ってきますぞ」
「誰が給仕だ、誰が」
「まぁまぁ」
洟(はな)をすする団長を中心に、和やかな雰囲気が戻る。
ただ一人、オンカミヤリューの姫を除いて。
「ティティカ、姉様……?」
「どしたの、カミュちー?」
「う、ううん。なにか、視えた気がしたんだけど……」
カミュは、首を傾げてティティカ姉を見ていた。
盃を傾け笑う軽い調子に、いつもと変わったところはない。
「ごめんね、気のせいだったみたい」
「んー……?」
平素の空気に戻った今では、その挙動の方が不可思議に見える。
「ホント、なんでもないから、ね。
あ、トラちゃん、モロロお代わりちょうだい」
「あ、ああ……」
集まる注目が気恥ずかしくなったのか、カミュは慌てて話題を変えた。
「おう、給仕。俺もだ。代わりをつげ」
「……誰が給仕だ誰が」
「お前以外に誰がいる」
「貴様ぁ!」
「おぅ、やるか?」
後に続くやりとりは、いつもと変わらぬ日々のもので、
ささやかな出来事もまた、日常の中に埋もれていった。