うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・15~ 奇縁

 

 はじめに説明された通り、ヌルティオセは雇兵(アンクアム)に対して、まるで干渉してはこなかった。

 それどころか、ムルの残党に対してまでも、恐ろしくなおざりな対応しかしていない。

 正規兵の消耗を嫌うがため、金で問題を解決しようとでも思っているのだろうか

 まぁ、雇い主の真意がどのようなものであれ、雇兵(アンクアム)はその意向に従う事しかできない。

 某(それがし)たちは務めを果たすため、近隣の森へと足を踏みいれていた。

「んー、こっち」

 ムックルと共に先頭を進んでいくアルルゥの導きに従い歩く。

 祈り、見渡し、匂いを嗅ぎ、深い緑を掻き分けていく様は、さすが森の母(ヤーナ・マゥナ)といったところだ。

「迷いなく進んでいくねぇ。

 本当に大丈夫かい?」

「んー、たぶん」

「大丈夫だよ。

 アルちゃんが森で迷った事なんて一度もないもん。

 蜂の巣とるのだってすっごい上手だし、

 熊からだって簡単に逃げだせるんだから」

「それに付き合ってきたのか。

 まったく、お前は本当にオンカミヤムカイの姫君なのか?

 おてんば姫という渾名(あだな)は実に似合いなものだな」

 自慢げなカミュの言葉に、リネリォ殿が口端を上げた。

 日頃の冷静な顔のせいか、どこか冷たい笑みに見える。

 カミュは頬を膨らませていた。

「むー、リネリォ姉様のいじわる。

 なんでムティの言うことばっかり信じるのっ」

「リネリン、ムーちんとなかよし」

「へー。リネリォってば、

 そっちの方が好みだったんだ」

「何の話だ。

 ……なんだカミュ、その目は」

「むむむー、リネリォ姉様の後ろに

 子守の神様(ショロタ・コムカミ)が視える……」

「妙なものを勝手に見るな」

「照れるな照れるな。

 いい趣味じゃないか」

「あのな……」

 女性陣のかしましい言葉の数々を、男衆は後に続くまま聞いていた。

 殿(しんがり)を務める某(それがし)には、前を往く二人の様も、またやかましい。

「な、なんですか、テルテォ様。

 そんな怖い目で見ないでくださいよ」

「別になんと言うことはない……

 いいか、坊主。

 姉上の寛容な心に感謝しろよ」

「そ、それはもちろんですよ。

 リネリォ様はお優しいお方です。

 ええ、賢大僧正(オルヤンクル)にも負けないぐらい――」

「いいなっ、くれぐれも勘違いするんじゃないぞ!」

「は、はいっ?」

 テルテォは怒りもあらわに、ムティ殿の襟首を掴み上げていた。

 こいつには姉妹想いの神様(シェス・コムカミ)が憑いていそうだ。

 やれやれと溜息を漏らす。

 いかに当てのない行動とはいえ、あまりに緊張感がなさすぎはしないだろうか、と。

 それが杞憂だと思い知らされるのに、さほどの時は要しなかった。

『ヴオウ!』

 ムックルの叫びが響くより先に、皆が武器を構えていた。

 

 瞬間、射かけられた矢が空を斬る。

 

 某(それがし)たちが一歩引いた場を、的確に打ち抜いていた。

「囲まれているぞ。かなりの数だ」

「しかたないね、散りなっ」

 言われなくてもすでに動いている。

 絶えぬ鏃(やじり)の雨により、『ティティカルオゥル』は前と後ろに分かたれていた。

 それが狙いかと思い至るが、咄嗟の動きは止められない。

「姉上!」

「姫さま!」

 二人の声に続き彼女たちの身を案じる余裕を、しかし某(それがし)はもち得なかった。

 殿(しんがり)として、背後から現れた敵と対峙していたからだ。

 相手は、森の影に溶けこむような黒い外套をまとった二刀の士。

 いかにして気配を殺していたのだろう。

 その鮮烈な剣気と殺気は、知った今ではなぜ気づけなかったのかがわからない。

 知らぬ間に剣を抜いていた。敵を討つためというより、ただ怯えの想いから。

 応じ、敵も構えをとる。突き出された直刃二刀(すぐはにとう)が輝きを増した。

「ヌルティオセの手の者だな。

 大人しく去れ。

 はした金で命を落としたくはあるまい」

 脅威は刃にからではなく、その眼光からこそ伝わってくる。

 視線だけで首を斬り落とされそうな錯覚に、自然と汗が流れ落ちた。

 だが、武士(もののふ)たる者がその程度の脅しに屈するわけにはいかない。

 機を探っていた某(それがし)より先に、テルテォが飛び出していた。

「たわけけたことを抜かす、なっ――!?」

 ウマ(ウォプタル)の疾駆をもち、唸りを上げる双刃の槍。

 だが、その一撃よりなお速く、外套(アペリュ)の男は動いていた。

 雷光めいた踏みこみで敵騎の真横に潜りこみ、伸び上げた剣の柄を腹にメリこませる。

 自身の勢いをそのまま返され、テルテォはウマ(ウォプタル)から転がり落ちた。

 それ以上動く気配はない。

「き、貴様っ」

 機を探るもなにもない。

 相手が次の動きを示すより先に、某(それがし)も踏みだしていた。

 渾身最速の一撃を、彼の首めがけて抜き放つ。

 気を練り放った必殺の刃は、

 しかし、

 その残像を断つことしかできなかった。

「遅い」

「っ!」

 身近に聞こえたつぶやきに、慌てて振った刃を戻す。

 それを狙ったように、ニ刃が突き出されていた。

 払い、体勢を整えるより速く、さらなる攻撃が浴びせられる。

 縦に横にと構える剣を、狙い落とすような斬撃だ。

 防戦にすらなりはしない。

 ここまで一方的な有様では、大人と子どもと形容されてもまだ足りないだろう。

 そんな想いが頭を過ぎった瞬間、外套(アペリュ)の男は距離をとっていた。

 屈辱に歪む某(それがし)の心を察したように。 

「き、貴様……」

「己の未熟を痛感しただろう。大人しく退け」

「ふ、ふざけるな!

 敵を前に逃げるなど、

 エヴェンクルガにはありえん!」

「……まったく、

 エヴェンクルガってヤツは

 今も昔も頭が固い連中ばかりのようだな」

 荒く息つく某(それがし)を見下していたまなざしが、一瞬呆れの色を宿した。

 束の間の想いはすぐに消え、落ち着いた声が返される。

「その一族の名を口にする大義を、

 お前は奴等に見出したのか?

 今一度、その未熟な眼で見極めてくることだ」

「黙れっ。

 確かに某(それがし)は修行中の身だが、

 騙し討ちをするような輩(やから)に

 大義を語られる筋合いはないっ」

「なんだと?」

「誇りを忘れた落人(おちうど)の言葉など

 聞くつもりはないということだ」

「ほう……」

 落ち着いていた男のまなざしが、再び鋭さを取り戻す。

 刃を思わせる意思は、その実、燃え滾(たぎ)る灼熱であったようだ。

 触れただけで消し炭にされそうな熱気が、先に倍する剣気と共に伝わってくる。

 頬を流れていく、熱く冷たい汗。

 その不快を思う間もなく、聞こえてきたのは死の宣告。

「俺が誇りを忘れているか、その身をもって確かめるがい――」

「おじ様!」

「のわ!?」

 だがそれは、さらに後ろからの声に遮られていた。

 甲高い、子供の声に。

「脅すだけだと言ったではありませんかっ。

 おじ様はどうしてそう好戦的なのですかっ」

「い、いや、違うんだ。

 これはだな、こいつが俺にひどい罵倒を向けてきたから、

 少し懲らしめてやろうと思っただけで……」

 呆気にとられる某(それがし)をよそに、横手から現れた少女は、外套(アペリュ)の男を叱りつけていた。

 年の頃は、六か七か。

 長く美しい黒髪に、儚くも強い命を感じさせる面立ち。

 幼くも利発そうな少女は、あれほどの手練(てだれ)を相手にまるで臆する様子もなく、むしろ圧倒すらしていた。

 その様はどこか、ムックルを叱るアルルゥを思わせる。

 考えた途端、その当人が前方から歩みよってきた。

 気がつけば、矢の雨もいつの間にか止まっている。

「やれやれ。

 タイガ、無事かい?」

「びっくりしたー。

 なんだったの?

 いきなり撃たれたかと思ったらいきなり止んで――?」

「あ……」

 現れたカミュが、なぜか息を飲んでいた。

 アルルゥもまた同様に、驚きに目を見開いている。

 二人の視線が見ているものは、頭を下げる黒い長髪の少女の姿。

「ドリさんグラさんも威嚇だと言ったのに。

 みなさん、驚かれたでしょう。

 申し訳ございません。

 ですが、私たちも目的があってのこと。

 無用な殺生は好む所ではありません。

 戦う意思をお持ちでなければ、

 このままこの国から立ち去っていただけますよう

 お願いしたく――」

「あなた、は……」

「ユズっち?」

「え?」

 アルルゥたちの問いかけに、降伏を勧告する言葉が止まった。

 語る口調は丁寧なまま、少女の顔に小さな驚きが浮かぶ。

「あの、私はユズカと申しますが、

 あなた方は、わたしをご存知なのですか?」

「ユズ、カ?」

「ユズっちじゃ、ない?」

「お前ら……

 アルルゥに、カミュか」

 少女たちの会話を遮り、外套(アペリュ)の男が口を開いた。

 装いを脱ぎ払い、姿を晒す。

 ざんぱらな黒髪に鋭い目。

 無駄な肉のない絞りこまれた躯は、さながら完成された武器のよう。

 その姿を前にして、アルルゥたちが上げた驚きの声に、

「ボロボロ兄ちゃん」

「ボロボロ兄様」

「オボロだ!」

 男は、絶叫で答えていた。

 

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