うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・16~ ユズハの願い・約束

 

 刃を交えた森の中から、さらに奥へ奥へと進み、辿りついた山の麓。

 木々が途切れ色とりどりの花が咲く、わずかに拓けたその場所に、神代の社はたたずんでいた。

 砦と称しても申し分のない広さの建物だが、支える木材は恐ろしく古い。

 この地に国が生まれるより前に建てられたのではないかとうかがわせるほどに。

 だが、叩けば崩れ落ちそうでありながら、その造りは思いのほか頑丈だった。

 働く数人の兵たちが修繕の腕を揮っているためでもあるのだろう。

 

 その二階に位置する一室、周囲を見渡せる開けた部屋で、某(それがし)たちはオボロ殿と対面していた。

 形式上にも捕虜ではなく、正式な客分としての扱いだ。

 アルルゥとカミュの存在は、オボロ殿にそうさせるだけの関係があるのだろう。

 もっとも、某(それがし)たちに向けられるまなざしは、相変わらず鋭いままだったが。

「あの二人とユズカに免じて

 この拠点を明かしたのだ。

 ヌルティオセの連中に語るようなら、

 貴様らは生かして帰さんぞ」

 上座に座したオボロ殿は、威嚇するような声で語りかけてくる。

 左右に控えた双子の弓兵が、時折なだめるように声を掛けていた。

 ドリィ、グラァと名乗ったこの二人、長い黒髪を後ろでまとめた穏やかな顔をしてはいるが、あの時射られた矢のすべては彼女たちが放ったものだと後で聞いた。

 弓の腕はティティカ姉に匹敵するという。

 本人の言であるから間違いはないのだろう。

 世の中は広いと改めて痛感する。

「それはもちろん、約束いたしましょう。

 アタシだって相手との力の差が

 見極められないほど無能じゃないつもりですからね」

 切れ味鋭い険のある言葉を、ティティカ姉はしなやかに受け流していた。

 相手の圧倒的な力を知り、その手中にありながら、それでも臆する様子はない。

 左右に控える某(それがし)とリネリォ殿の剣気のほうが、話し合いの妨げになっているのだろう。

 だが、わかっていても緊張は抑えられない。

 時おり向けられるオボロ殿の視線に唾を飲みながら、黙って会合の行方を見守っていた。

「しかし、貴様らは雇兵(アンクアム)だ。

 武士(もののふ)の誇りがあるのなら、

 簡単に雇い主に反するわけにもいくまい」

「それは、まあ。

 けど、これでもアタシたちは

 義に重きを置いてるんでね。

 判断は事と次第を聞いてからでも

 遅くはないだろう?」

 そう言って、ティティカ姉は某(それがし)をチラと見た。

 微妙に挑発的な笑みに、無論だと視線で答える。

 戦に近い場へ身をおく事が目的だったため、ヌルティオセに関する事情を調べられなかったのは確かに不手際であったが、己が戦う理由は常に自らが決める。

「……まあいいだろう。

 俺たちがムルに手を貸しているのは、

 彼の皇族に依頼されたからだ」

 某(それがし)たちの無言のやりとりをどのように受け取ったのか、オボロ殿は言葉を続けた。

 ――先皇が、忠臣と信じていた部下に暗殺されたこと。

 正統な後継者である皇太子を、傍系の皇子が討伐したこと。

 実権はその部下が、妖しげな術と薬をもちいて操っていること。

 その者が、ヌルティオセの実質的な支配者であること。

 その統治は武力の拡大に重きをおいた、民を顧みぬものであること。

 オボロ殿は皇太子の弟君に政権奪取の助力を頼まれたこと。

 ――などなど。

 話を聞きながら、しかし某(それがし)は大義と言うほどのものは感じなかった。

 事実であれば確かに褒められた手段ではないが、さりとて乱世の今ではそれほど珍しい話でもない。

 強き者が上に立ち、弱き者が滅ぼされるのは必定だ。

 互いに討ちあう身であれば、果たされることも覚悟の上であろう。

 見てみれば、オボロ殿の顔からも似たような想いが見て取れた。

 武士(もののふ)としては自然な道理だ。

「……とまぁ、らしくもなく

 御託(ごたく)を並べてはみたが」

 不意に、オボロ殿はその場を立ち、右手に開かれた露台へと向かっていった。

 外から聞こえてくる、少女たちの声に引かれるように。

「……あの子が言いだしたんだ。

 戦火に巻きこまれた人々を見過ごせない、とな」

 穏やかなつぶやきとまなざしは、アルルゥとカミュに追われている、黒髪の少女に向けられていた。

 生まれた柔らかな雰囲気を壊すことなく、ティティカ姉が合いの手をいれる。

「ユズカ様、でしたか。

 大切なお方なのですね」

「ああ。

 妹と、兄者の忘れ形見だ。

 俺は、あの子の為に生きている」

 語る言葉は簡潔ながら、鋼に勝る意思を感じさせた。

 鍛え抜かれ、数多の修羅場を越えてきた、名刀の如き剛さを。

 窓の外では、三人の少女が咲き誇る花の園を駆けている。

 思いきり走り、思いきり跳び、思いきり生を味わって。

 汚れることも気にせずに、ただ自由に、無邪気に、子供のように。

 初めて会ったはずなのに、三人は昔からの友のようだった。

 それも、心から信じあっている親友だ。

 あふれるような命の躍動。

 心から楽しむ少女たちの姿に、なぜか感じる奇妙な想い。

 それは、果たされなかった約束、だろうか。

「……兄者にも、見せてやりたかった……」

 ポツリとこぼされたつぶやきに視線を戻す。

 鬼神のようだった男の目に、光るものが浮いていた。

「……話が逸れたな。

 俺としては――」

「せっかくですがオボロ様。

 お話はまた後で、ということにしては

 いただけませんか?」

 目端をこすり振り返ったオボロ殿の言葉を、ティティカ姉が遮った。

 いつもと同じ、柔らかな口調。

「なん、だと?」

「今のお話をうかがい、

 我々も思うところがありまして。

 できればしばし意見を

 まとめさせていただきたいと」

「ふざけるな!

 お前が団の頭だろう。

 お前の考えが団の意思として

 話に臨むのが筋というもの――」

「若様」

 熱くも正論を語るオボロ殿を、今度は右からの声が止める。

「なんだ、ドリィ」

「事を急きすぎです。

 事情もわからず結論を急がせても

 よい結果は生まれませんよ。

 ここは一度、互いに心を鎮めて

 場を改めましょう」

「お、俺は別に、そんな必要など」

「ティティカ様。

 皆様でおくつろぎいただける部屋を

 一つ用意いたします。

 そちらでしばしお仲間と

 ご意見をお交わしください」

 どもった隙に次は左から。

 双子の弓兵はにこやかな笑顔のまま、某(それがし)たちに退席を促した。

 計ったような間の良さで、ティティカ姉が立ち上がる。

「ありがと、そうさせてもらうよ。

 リネリォ、タイガ。行くよ」

「え、え? ティティカ姉?」

「……ふむ」

「お、おい、こら、グラァ。

 まだ話は終わっていないぞ。

 そいつらをどこに――」

「ほらほら若様も。

 少しここでお休みください」

「だから、そんな必要は――」

「「それではご案内してまいります」」

 有無を言わさぬ潔さ。

 双子の弓兵は退室する某(それがし)たちの後につき、すみやかに戸を閉ざしていた。

 直後に開く気配はない。

 某(それがし)はそのまま、追い立てられるように通路を歩かされていた。

「……えっと、一体なにが?

 オボロ殿の申されたとおり、

 某(それがし)たちはティティカ姉に

 判断を委ねておりますが」

「アンタもあの若様と同じかい?

 自分の心に素直になれないと不幸だよ」

「? それは、どういう……」

 問いの答えは、鈍い響きとして聞こえてきた。

「……っ、ユズハ……」

 強き男の、押し殺すような声として。

「……お前の生きた証はここに……確かに。

 ……兄者、俺は、俺はあああああああ!!」

 獣のような慟哭が、後にした場から聞こえてくる。

 遠ざかってなお響く、喜びとも悲しみともつかぬ声。

 そこに含まれる感情がいかなるものか、未熟な某(それがし)には推し量る術もなかった。

 

 

 

「ユズハ様は、若様の妹君です。

 ユズカ様のお母上で、

 ユズカ様がお生まれになられた時に……」

 案内された広い間で茶を啜(すす)りながら、某(それがし)たちはドリィ殿の話に耳を傾けていた。

 グラァ殿ともども、主のためを思い甲斐甲斐しく働く様は、まさに臣下の鑑(かがみ)と言える。

 注がれた茶は香りよく、女性らしい細やかさが感じらた。

「それじゃ、兄者というのは」

「はい。ユズカ様のお父上です。

 その以前から、若様はハクオロ様と

 兄弟の誓いを交わしておりました」

「ハクオロという方は、

 アルルゥの父上ではありませんでしたか?」

「はい。昔はお世話になりました」

「あの日々がなければ、

 今の若様も、僕たちもなかったでしょう」

 綻(ほころ)ぶほがらかな笑みの中に、浮かんだ想いは郷愁の念か。

 決して楽しい事ばかりではなかったのだろうに、そのすべてが大切なものだと感じさせる。

 とても一言では言い表せるものではないのだろう。

「なんだか複雑そうだね。

 ま、それは今の状況には関係ないだろう。

 追々聞いていくことにしようじゃないか」

「そう、ですね。

 今の某(それがし)たちの目的は、

 あくまで仮面の女ですから」

「「仮面の、女?」」

 某(それがし)に向けられた二対の瞳が、同時に右へと傾いた。

「はい。

 この地の争いに、その者がなんらかの

 関わりをもっていると聞き及び、

 某(それがし)たちはこの務めを引き受けたのです。

 アルルゥの話によれば、

 その顔を覆っているのは

 ハクオロ様の仮面であると」

「お前たちの話も十分複雑そうだな」

 言葉は部屋の横手から。

 声は再び険を孕み、視線は鋭さを取り戻していた。

「オボロ殿」

「……醜態を見せたな。

 心遣いには感謝する」

「いやいや。男は素直な方がかわいいよ」

 関わらず、ティティカ姉の態度はさらに砕けていた。

 人によってはおちょくられているとも思うだろう。

 それでもなぜか強くは出られなくなるところが人徳というものか。

「……ティティカ、か。

 お前のような奴はどうも好かん」

 苦虫を噛み潰したような表情を見せながらも、オボロ殿はそれ以上詰め寄ろうとはしなかった。

「褒め言葉として頂戴しておきましょう。

 それで、アタシたちの身柄は

 どうなさるおつもりで?」

「……好きにしろ。

 戻って俺たちの敵になるもよし、

 尻尾を巻いて国から出るもよし」

 連れてこられた当初に比べれば、格段に譲歩された答えだ。

 偶然に助けられたとはいえ、ティティカ姉が交渉を務めた成果である。

 文句などつけようもない。

 しかし、某(それがし)にも譲れぬ信念がある。

「そういうわけには参りません」

 たとえ、どれほどの脅威を前にしても。

「なんだ、エヴェンクルガ崩れ」

 向けられたオボロ殿の剣気は、リュウガ兄との対峙を思いだせるほどに強烈で、

 だからこそ、退くことはできなかった。

「ぅ……た、確かに未熟な身ではありますが、

 某(それがし)とて武士の端くれ。

 一度定めた目的を果たさずに

 逃れるつもりはありません」

「ほう。

 では、俺と切り結ぶか?」

「……お望みとあらば、目的を果たした後に」

「目的か」

「はい。

 まずは仮面の女を捉えます。

 決着ならば、その後で」

 いつの間にか剣を握っていた。

 彼我の実力差は明白なれど、懸命に勝利への道を探しながら。

 全身の血が流れ落ちていくような脱力感を覚えつつ、それでも手は離さない。

 ……強くなると、決めたのだ。

「なるほど、融通が利かないところは

 流石はエヴェンクルガだな」

 そんな某(それがし)に向けられたのは、確かな殺意とわずかな懐古。

 オボロ殿はゆっくり目を閉ざすと、しばし耳を澄ませていた。

 過ぎ去った時を聞くように。

 再び開いたまなざしには、今までとは異なる光が宿っていた。

「あの声に免じて今は見逃してやる。

 目的を果たすまでにせいぜい足掻いてみせろ」

 そして立ち去る足取りは、妙に身軽なものだった。

 遠ざかる後姿に、膝が勝手に崩れ落ちる。

「お、わ……」

「やれやれ。アンタも懲りないねぇ」

「は、はは。まったくです……」

 恐怖から逃れた渇いた笑みも、今ならなんとか受け入れられる。

 呆然とする某(それがし)の耳にも、遠くに響く少女たちの声がはっきりと聞こえていた。

 

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