うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・18~ ユズハの願い・散策

 

 広い敷地を有した美しい城。

 城下に広がるのは整えられた上の街。

 往来は華々しい活気に満ち、上等な身形の人々が楽しそうに行きかっている。

 豊かな国土を持つヌルティオセの情勢は、他の国にはない平和な光景を生み出していた。

 

 少なくとも、都の中心だけは。

 

 主の通りを離れた裏の道。

 きらびやかな都の暗部は、文字通りの栄華の絞りカスだった。

 打ち捨てられた下町の道に転がっているのは、瓦礫と汚物。

 腐りよどんだ空気の中に、みすぼらしい身形の人々が力なく座りこんでいる。

 朽ちた屋根に割れた戸板、崩れる壁を連ねる家屋からは、これ以上引き出せるものなど欠片も感じられない。

 それでも、税を取立てる兵は訪れるのだろう。

 某(それがし)の姿を前に、裏道の人々は一様に怯えの表情を見せていた。

 どれほど貧しい国だとて、ここほど悲惨な状況にはないだろう。

 情報を得るために街へと足を向けたのだが、その実情に、あやうく目的を忘れそうになる。

「……こんなのって、ひどい……」

「うー……」

 静かに怒りを示すカミュとアルルゥの声に、かろうじて冷静さを保つ。

 湧き上がる黒い感情を殺しながら、武士(もののふ)の心を自らに言い聞かせて。

「これが戦乱の世の現実というものだ。

 珍しい光景ではない。

 民の尊い犠牲があるからこそ、

 兵は力強く戦えるのだから」

「タイガ様は、お認めになられるのですか?

 この、地獄(ディネボクシリ)のような惨状を」

 つぶやくような某(それがし)の言葉に対し、問いかけの声は目線の下から。

 ユズカ殿の幼いまなざしには、深い哀しみが宿っている。

 ……それでも。

「……認めなければなりません。

 某(それがし)は、エヴェンクルガの

 武士(もののふ)なのですから……」

 他者を甘やかすことなく、己にはより厳しく。

 某(それがし)が自らに課した生き方だ。

 いかなる困難に置かれようとも、人は自分で道を切り拓かなければならない。

 同情や憐れみで救いの手を差し伸べるような偽善は、その信念を裏切る行為だ。

 ……そう、律してはいるのだが。

 いつの間にか某(それがし)の足元に、小さな子供が立っていた。

 頬はこけ、腕は枯れ枝のように細り、纏ったボロ布の下には骨が透けて見える子が。

 見上げる瞳には生気なく、今にも倒れ、そのまま動かなくなってしまいそうだ。

 突き放すことは容易い。

 それがこの子のためだ。

 今この場でわずかな救いを与えても、それが一体なんになる。

 この子の命はこの子のもの。

 生かすも殺すも、それを定めるのはこの子自身であるべきだ。

 ……と、わかっては、いるのに。

 音もなく腰を下ろし、懐から弁当を取り出すと、そっとその子の服の下に忍ばせていた。

 感謝も驚きも表すことなく去っていく子供を、某(それがし)も見送りはしない。

 ただ、情けなさに項垂(うなだ)れるのは堪えきれなかった。

 見上げくる少女のまなざしに、力なく答える。

「……いつまで経っても、

 未熟なままですが」

「よいのでは、ないでしょうか。

 その未熟さは、他の方にはない

 タイガ様の御心なのですから」

 だが、幼い瞳から哀しみの色は消えていた。

 儚さを感じさせる面立ちにも、小さくはあるが笑みが戻っている。

 それだけで、今の行いにも多少の意味はあったのだろう。

「ユズカ殿……」

 視線を交わし、微笑みあう。

 暗く沈んだ雰囲気の中、少しだけ和むことができた。

「……トラ。

 はやく調べにいく」

 低い声に急かされるまでの、ごく短い間だけだったが。

「あ、ああ。

 ちょ、おい、アルルゥ。勝手に先に行くな」

「はやくくる」

「な、なに怒ってるんだよ」

「べつに、おこってない」

 そう言いながらも、歩く早さを抑えようとはしない。

 先行くアルルゥの遠ざかる背を、慌てて追いかける。

「トラちゃんも大変だよねぇ」

「なに?」

「あは、なんでもなーい。

 アルちゃん、まってよー」

 後ろでは、戸惑うユズカ殿の手を引くカミュが、楽しげな笑い声をあげていた。

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