うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
某(それがし)たちは数日振りに、ヌルティオセ東の森を進んでいた。
案内役はユズカ殿だ。
「タイガ様、こちらです」
「は、はい。
あまり急がないでください。
足元にお気をつけて」
「はい。ふふ」
そう声を掛けはしたが、ムックルの上にいる彼女には意味のない気遣いであったか。
それでも、ユズカ殿は何気ない会話にも楽しそうに答えてくれる。
常日頃、女性陣から受けている扱いに比べると、その優しさだけで癒される。
後ろからの視線に、若干の痛みを感じてもいたが。
「やー、トラちゃんに
ユズっちとられちゃったねー」
「うー」
「やっぱり手料理が効いたのかな?
あの無謀な食べっぷりは確かに凄かったもんね。
次の日一日動かなかったけど」
「むー」
「でもトラちゃんも
まんざらじゃなさそうだよね。
ほらほら、嬉しそうな顔しちゃってさ」
「ぶー……」
……なんだろう、凄く痛い。
いや、どうせ気にするだけ無駄だ。
矢のような視線に射抜かれながら、緑の森を進んでいく。
次第に、人の気配が強くなってきた。
「もう少しですね」
「ユズっち、ちょっと待つ」
あと一息で森を抜けるというそんな時、アルルゥがユズカ殿を止めた。
いつもの通り抑揚のない声で、意図はまるで計れない。
「なんでしょう、アルちゃん」
「ムックル、こっちくる」
『ヴォウ?』
首を傾げるユズカ殿をその場において、ムックルはアルルゥの元へと歩み寄る。
「ごろんする。ごろーん」
『ヴォヴォーウ』
「お、おい。アルルゥ?」
そして指図されるがまま、地面をごろりと転がり始めた。
小さな猫がするように、砂埃を舞い上げて楽しそうに。
なにをしたいのかまるでわからない。
「なにをしているんだ。
あーあ、そんなに汚して……
ユズカ殿を乗せられないじゃないか」
「トラ、おんぶ」
「は?
な、なに言いだすんだ、いきなり」
「ユズっち、おんぶする」
「あ、ああ。そういうことか。
それなら、まぁ」
唐突な物言いにドキリとしたが、そういうことならば異存はない。
いくら慣れているとはいえ、幼少の身で森の道は厳しいだろう。
しゃがみ、荷を置き、ユズカ殿に背を向ける。
「よろしいのですか?」
「はは。これしきのこと、
大したことではありません。
某(それがし)の背でよければ
いつでもお貸しいたします」
「タイガ様……
ありがとうございます」
最初こそ態度を控えていたが、促せば嬉しそうに某(それがし)の背におぶさってきた。
普段の荷に比べれば、温かな重みは心地よくすらある。
「それでは、しっかりと
掴まっていてください」
「はい」
ユズカ殿の息を耳元に感じながら、残りわずかな森の道を抜けた。
山の裾野に開けた場、花の彩りに飾られた地に、変わらぬ古い社の姿が見える。
静寂の似合うその光景が、一部、突然騒がしくなった。
向かってくる、人影の動きによって。
「な、なんだ?
誰だ、あれは」
「おじ様、でしょうか?」
近づき来る姿は、疑問を思う間もなくはっきりとしていた。
ユズカ殿が察したとおり、それは確かにオボロ殿の姿。
何事か叫びながら、見る間に距離を詰めてくる。
ただ、一つ気になることは、まとうただならぬ殺気だ。
最初は敵でもいるのかと思ったのだが、なにやら様子が尋常ではない。
……恐ろしく嫌な予感がする。
「……ズー……カー……!」
咆哮はより強く、放つ殺気もまた同様に。
不穏な気配は刻一刻と近づいてくる。
「あ、の……
オボロ、殿……?」
「……ユーー、ズーー、カーーーー!!」
抜き放たれたニ刀の輝きを見た時、嫌な予感は恐怖へと変わった。
「ちょ、まっ、ユ、ユズカ殿、
オボロ殿に説明を――」
「はーい、ユズっちは離れてようね、
危ないから」
「え、え?」
背へと求めた救いの手は、いつの間にかカミュに引きとられていた。
見れば、他の面々も同様に、被害に巻き込まれないよう離れている。
慌てて前へと戻した視線。
炎をまとったオボロ殿の姿は、まるきり禍日神(ヌグィソムカミ)のものだった。
ならば、人の言葉が通じないのも道理。
「オ、オボロ殿!
おちついて――」
「キいいいいサあああああマああああああ!!」
叫ぶ声は怒れる神に届く事もなく、あえなくニ刀に斬り裂かれ、
「だああああああああああ!?」
某(それがし)は吹き荒れる刃の嵐に、しばし晒されることとなった……
一騒動の後、オボロ殿はティティカ姉との会談に応じていた。
「……お前たちは街でヌルティオセの内情を探り、
俺たちはムルの皇族を調べる、と?」
「ええ。危険も少なく確実な策でしょう?」
「まだるっこしいがな」
「かもしれませんが、ユズカの提案ですので、
汲んでやろうかと」
「ユズカが、か……」
一瞬和んだまなざしが、瞬時に殺意の光を宿す。
ティティカ姉の隣でボロ雑巾のように転がっている某(それがし)を睨みつけることで。
「貴様……本当に、
ユズカになにもしてないんだろうな?」
「あ、当たり前では、ありませんか……
斯様な少女に、某(それがし)がいったいなにを……」
「それはまぁ……
いや、兄者のような前例もある。
思いこみは禁物か」
「どんな人ですか、それはっ」
「ティティカ、コイツの言葉に
間違いはないのだろうなっ?」
「いやぁ。団員の行動は
基本的に自由尊重だからねぇ。
アタシの口からは、なんとも」
「ティティカ姉!?」
射殺さんばかりの視線から逃れながら、ティティカ姉の目は明らかに笑いを堪えている。
非難をこめた抗議の声は、やはりオボロ殿には届かないようで、
「貴様、やはり!」
「そんなわけないでしょう!」
同じようなやりとりは、その後しばらく続く事となった。