うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「これはユナギナ。
葉っぱは熱冷まし、
茎はおひたしになる」
「へえ」
「こっちはコネリ。
実の中身は体にいい。
ちょっと苦い」
「ほう」
山を行き、日も暮れ始めた時刻になり、某(それがし)たちは夕餉の食材を探すため、森へと足を踏み入れていた。
目の前で、アルルゥが次々と山菜や野草を集めていく。
わざわざ解説つきなのは、つまり、調理しろということなのだろう。
「サンカトマの実は乾燥させてから粉にする。
ぴりっと辛いのが刺激的」
「なるほど」
正直見直した。
森へ入る前の祈りも、某(それがし)のように簡略なものではなく、古い言葉による格式高いものだった。
まるで巫(カムナギ)か医師のようだ。
某(それがし)も旅の心得として野草薬草に関する知識は多少もっているが、アルルゥのそれは比べ物にならない深さであった。
「くわしいな。どこで覚えたんだ?」
「おねーちゃんが教えてくれた」
「おねーちゃん……姉上がいるのか」
「ん。おねーちゃん、薬師。
おばーちゃんと同じぐらいえらい」
振り返ったアルルゥは、少しだけ嬉しそうだった。
「おねーちゃん、ゴハン作るの好き。
お洗濯も、お掃除も好き。
怒ると怖いけど、いつもは優しい」
語る声は楽しげで、表情もやわらかい。
気持ちはよくわかる。
良いところも悪いところも含め、兄弟姉妹という存在は特別なものだ。
「姉上のことを慕っているのだな」
「ん……だいすき。
おとーさんと同じぐらい、すき」
口調は変わらず、つぶやきも何気ない。
にも関わらず、その答えには計り知れない重さを感じた。
決して穢すことのできない、神聖な誓いにも似た想いだ。
さほど年の変わらない少女が、妙に大人びて見える……
茂みを掻き分け振り返ったアルルゥは、先までとなにも変わっていなかったが。
「あと、森も教えてくれた」
「森?」
「ん。ヤマユラのカカエラユラの森、
ムックルの森」
「ムックルの?
……そうか、森の主(ムティカパ)か」
古き森には、神の使いたる獣が棲み、その地を護っているという。
森の主(ムティカパ)と呼ばれる巨大な獣だ。
対峙したときに感じた威圧、力、存在感。
この目で見るのは初めてだが、言われてみれば納得だ。
思わず後ろを振り返る。
後についてくるムックルの不機嫌そうな青い目が、「こっちを見るな」と語っているように見えた。
「それじゃアルルゥは、
森の母(ヤーナマゥナ)なのか……」
森の母(ヤーナマゥナ)は、森の主(ムティカパ)の意思を代弁する者。
森の声を聞く、ということもあるのだろう。
「んー? アルルゥは
ムックルとガチャタラのおかーさん」
首を傾げるその仕草からは、とても自覚があるようには見えなかったが。
「そうか。ふむ、人は見かけによらないというが、
まさか森の母(ヤーナマゥナ)とは……」
「お。たいがー、足元」
「あのな、何度言ったらわかる。
某(それがし)の名はタイ、ガ!?」
考えながら歩いていた足元が、突然なくなった。
「サンカトマは森の水辺に生える。
たいてい底なし沼」
「そういうことは、先に言え!
うおわわわ。く、の」
沈みかける体を支えるため、振り回した手が触れた蔓を強く握った。
落ちかけた体が、かろうじて止まる。
「あ」
「な、なんだっ?」
「それ、テクノレクノ。
根っこが食べられる」
「今は、それどころじゃ――」
「でも、蔓はすごく臭い」
「ふぐぉ!」
力をこめて握り締めた途端、肥溜めに似た悪臭に襲われた。
頭を鉄槌で殴られたような衝撃に耐えながら、それでもなんとか姿勢を保つ。
「おー」
「み、見てないで、助けろお」
「えー、くさい」
「おいい!」
……けっきょく、落ちた。
テクノレクノの匂いを流し落とすまで、アルルゥが近づこうとしなかったことは、しっかり覚えておこうと思う。