うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第二幕・25~ ユズハの願い・彫刻

 

「ん?」

 通りかかった宿の一室で、少女たちが遊んでいた。

 木片と小刀を横に置いたユズカ殿が、アルルゥの顔に手を伸ばしている。

 頬に触れ、少し伸ばし、顔全体を撫で回すように。

「んー、むー、ふー」

「アルちゃん、少し我慢してください」

「むふー、くすぐったい」

 ユズカ殿の真剣なまなざしに、アルルゥはむずがゆりながらも、じっと動かずにいる。

 意味はよくわからないが、なんだか妙に楽しそうだ。

「なにをしているんだ?」

「あ、トラちゃん。

 あのね、ユズっちにお顔を彫ってもらってるんだ」

「顔を?」

 カミュの言葉に場をよく見れば、確かに傍らの木材は細かく削られ、人の顔を成している。

 今手元にあるのは、アルルゥのものか。

 完成間近なその形は、緻密に造詣を映していた。

「なるほど。

 しかし、顔を彫るのに

 触れて確かめるような手間が必要なのか?」

「ああすると人の心まで

 映せる気がするんだって」

「そういうものなのか」

「うん。

 ユズっちもああして彫ってたよ……」

 そう語るカミュの目はどこまでも優しく、懐かしさを映している。

 しばし時の流れを忘れ、静かな作業を黙って見ていた。

 ユズカ殿は、アルルゥの顔に触れた手で小刀を握り、少しずつ木を削っていった。

 手に覚えた温もりを、そのまま染みこませるように。

 周りも見えていないらしい真っ直ぐなまなざしは、声を掛けることすら躊躇わせる。

 だが、唐突に気がついた。

 その真剣さにこそ、某(それがし)は惹かれいるのだと。

 

 ユズカ殿の手がアルルゥの顔に向かなくなって、どれほどの時が経っただろう。

 今やその手は小刀も握ってはおらず、ただ木の像を撫でているばかり。

 ただ優しく、いとおしく。

 そして、少女はおもむろに息を吐いた。

 浮かんだ表情は星のような笑顔。

「できました。お疲れ様でした」

「ふむー」

「どれどれー。おおー。

 見てみてアルちゃん、そっくりだよ」

「おー」

「ふふふ」

 それまでの無言を取り戻すように、にぎやかなお喋りがはじまる。

 どちらの状態であっても、この三人は本当に楽しそうだ。

「ほらほらトラちゃん。凄いでしょー。

 カミュのもあるんだよ」

「あ、タイガ様……」

 手渡された二つの像に目を落とす。

 それは木の人型でしかないはずなのに、魂が宿っているのかと思うほど、温かかった。

「確かに、素晴らしい出来だ。

 これならば彫刻士としても十分やっていけます」

「そんな、私なんてまだまだ……」

「少し美人に作りすぎではありませんか?」

「トラちゃーん。

 それはどういう意味かなぁ?」

「い、いや、他意はない」

 にこやかなカミュの声が微妙に怖い。

 話を逸らそうと視線をさまよわせていると、横から控えめな声を掛けられた。

「あの、タイガ様も、

 彫らせていただけませんか?」

 それは、慎ましくも大きな期待のこめられた声。

「某(それがし)を?」

「はい。この出会いを、

 形に残しておきたいのです」

 小さな手を胸の前で組む。

 祈るような仕草には、心からの願いが込められていた。

 この世で最も無垢なる想いだ。

 それに触れられる名誉を前に、断る理由がなにかあろうか。

「……某(それがし)でよろしければ。

 お願いいたします」

「ありがとうございます。

 では、失礼しますね」

「え? あ、ぅ……」

 だが、その申し出を受けることの意味に、実行されるまで気づかなかった。

 ユズカ殿の小さな手が、某(それがし)の顔に触れるということに。

「あの、ちょっと――」

「少し、動かないで下さいね」

「……はい」

 間近に迫った声に動けなくなる。

 額にかかる微かな息に。

 頬に触れる小さな手は思ったよりも温かく、汗で汚さぬかと心配させた。

 黒髪より香る匂いは甘く、仄かでありながらもくらくらしてくる。

 それでも身じろぎはできない。

 ユズカ殿のまなざしは、刃にも似た鋭さを宿していた。

 だから、動けない。

「ずあっ!?」

 アルルゥに、左の二の腕を思いきり摘(つま)み上げられても。

「? どうかなさいましたか?」

「い、いえ、なんでも……

 ぢっ!?」

 答えている間に痛みが増えた。

 なぜか、カミュまでもが逆の腕をひねってくる。

「のっ、おま……!」

「あの……」

「だ、大丈夫ですので、

 どうぞ、続きを……」

 咎(とが)める視線を投げつけても、二人から返ってくるのは怒ったような顔ばかり。

 止めるつもりはまるでないようだ。

 かといって、ユズカ殿の作業を邪魔するわけにもいかず。

 結局日が落ちるまで、二つの痛みに耐え続けることとなり――

 

 出来上がった像の表情は、微妙な引きつりまで完璧に現していた。

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